15話 名前の知らない、同級生女子の選択
まだ一度もきちんと会話したことのない同級生女子が、大量のノートを抱えて廊下をふらふらしていた。
抱えたノートの高さで視界が完全にふさがっている。
時々ノートの山の脇から顔を覗かせて前方確認しているが、なにかアクシデントが起きれば、数十人分のノートを廊下にぶちまけるまで、時間の問題だろう。
このノートの山の正体は、古典の西尾の嫌がらせまがいの宿題だ。
あの退職再就職の高齢者は、ノートを過剰に消費させたい病にかかっており、どうせお前らは意味など解ろうとしないのだから漢文の書き写し提出しろという古臭く意味の薄い、懲罰的な宿題を大量に出して生徒からヘイトを買いまくっているのだ。
クラスは違うが、同じような被害を受けている同級生として同情は禁じ得ない。
うむ。声をかけても必然だよね。
「持とうか」
大量のノートを抱えている初対面の同級生女子の顔が、一瞬だけ輝く。
「マジっ!? あんがとー……。えとやっぱ大丈夫っす」
そして俺の顔を認識したあと、急降下にテンションを落とす。話しかけておいて、テンションがた落ちされるような容姿と性格はしていないつもりなので、強気を固持しよう。この程度でくじけるメンタルではない。
「遠慮しないでいいよ、大変っしょ」
「あの、ほんとに、だいじょぶなんで」
山のようなノートを抱えたまま彼女はそそくさと、俺の脇を抜けていく。俺はアジリティを生かしてそんな同級生女子の脇をすっと抜けて、行く手をふさぐ。
「本当に遠慮しないでいいよ?」
「マジであの、人呼びます。学校でナンパは止めたほうがいいっすよ、ガチで」
完全に不審者扱いのようだ。
完全なる初対面の男子生徒から、いきなりこんなふうに声をかけてしまえば、警戒度も常時マックスにもなるか。
「警戒しないで大丈夫だよ?」
「いやほんとあの、いいんで、ガチですみません、関わらないで」
「もうすぐ君とはお別れだろ」
「え」
「だから少し話したかっただけ。転生とかの。大向井から聞いているだろ?」
同級生女子の顔色が、ようやく変化した。
それからふぅっーっと大きな息が吐かれた。一気に緊張感が抜けていく。顔がくしゃっとゆがんだあと、すぐに微笑みに変わっていく。
「わざとですねっ!?」
「ん?」
「転生。大向井。そのワード、最初から言ってくれませんっ!?」
「可愛い女の子には、意地悪せよってよくいわれない? 本当すみません」
同級生女子は甲高い声をあげながら、大量のノートを押し付けてきた。素直に受け取る。
「職員室に運ぶまでのあいだぐらいなら、お話相手になってあげてもいいですよ?」
・
同級生女子は、身軽になったのか、軽快な足取りで俺の目の前を後ろ歩きしている。はた目からは危なげないが指摘はしない。
「君も、転生する感じなんだ?」
同級生女子が楽し気に問うてきた。
勇者云々の子細までは伝えられていないのだろう。
彼女にとっては、俺も彼女同様に、転生してくる12人の肉体として、別世界へ転生しないといけない運の悪い1人、ということなのだろう。
話をややこしくしたくないので、素直に肯定する。
「君の次に転生する予定だ。だから聞きたくて。その、異世界に行くことでさ、今の身体がなくなるかもしれないじゃん。それってどうかなって」
「そねー。私は、正直、この話持ち掛けられたとき、素直に、ああ、わかりましたってなったかな」
「適応力高すぎぃっ」
とりあえずおどけてみる。
「ふふ。転生とか、異世界とか、信じる信じないフェーズも当然あったけどさ。でもそれはあなたにも大向井が馬鹿みたいなことしたんでしょ? 手品とか仕掛けとか考える余地は、あれで綺麗になくなったかな」
確かに、と同意していく。
なにをやらかしたのかはわからないが、大向井のことなので、素手で虎でも殴り倒したのだろう。
「だから考えたよ。このまま実質死んじゃうか。転生するか、でしょ? でも全部やることなすこと、なんもかもうまくいけば、転生したあとでも帰れるんだよね? だったら消去法でとりあえず転生かなーって感じ」
「だよね」
そうだ、普通そうだ、悩むことなんてない。
そして俺だけは、転生してくる奴らと状況が違う。
俺の帰るべき、この肉体は、確実に消滅する。勇者の魂と俺の肉体を分離させる方法はなく、そもそも検討すらされていない。
だから。
だったら。
なおさら悩む必要なんてないのに。
「でもまぁ、正直、このまま消えちゃう選択肢も、ありっちゃあり」
「ガチぃ?」
少しだけ心臓が高鳴っていることを意識する。
「君は多分、毎日楽しく過ごしている系だよね。たぶん、見た目からして。名前は知らないけど、廊下とかで女子と仲良くいちゃついているのをみたことあるような」
「…かもね」
「でもじつは私もだよ。自分でいうのもなんだけど。イジメもないし、いじりもなし。居心地も悪くない。男子は従僕だし、女子はメスガキだし。でもね。正直このまま積極的に生きたいかっていわれて。死にたくはないって気はするけど。でも生きていたいかってなったとき、悩んだよね。まあ結局生きること選ぶけどさ。でも本当にそれは自分の意思かなって思うことはある。惰性のような。消極的な選択って気がする。はっ!? 語ってしまったっ!!」
「いいんじゃない。それ聞きたくて、声かけたし」
従僕とかメスガキとかの単語は、スルーしておこう。彼女のプライベートまで突っ込む必要はない。
「そ。で、君は? いや君はもしかして悩んでいるから、私に声、かけた?」
「名探偵だね」
「でも君は多分幸せだよ? きちんと悩んでいる。誰かの意見を聞きにいきたいほど迷っている。考えている。私はなんとなく生きるほうを選んだふしが強いし。死ぬって選択肢が怖いっていうか、生きていく方を選ぶのが普通じゃん? だからそうしているだけって気がする。君は多分、もっと悩んでいる。立派だよ。そんな風に考えているのは」
慰められているようだ。
職員室はもう目の前だった。
「着いたね。ありがと」
大量のノートを、彼女へ手渡す。
職員室の扉を軽くノックしてから、引き戸をひく。
「ありがと。話してくれて」
「いいんよ。でもじゃあ一つお願いきいて?」
「なに?」
「君の名前は」
「加々見。かがみんって呼ばれているよ」
嘘ではない。
「そ。覚えた」
「君は?」
「ん? 教えないけど?」
「おいおい」
「異世界に転生してきたら。そのとき、改めて自己紹介しましょう、かがみん。じゃあ、サヨナラ? 違うか。バイバイっ!」
名前も教えてくれなかった同級生女子は、そういって、大量のノートと共に、職員室へ消えていった。
追いかけてもよかった。待っていてもよかった。
でも俺はそのいずれもしないで、その場から離れていった。
答えはまだ出ていない。
でも。
自分のやっていること、考えていること、そんなに愚かではないと信じたい。
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