14話 それは二人だけの、ナイショの話

 お昼のご飯の時間である。

 レオーネは少しいびつなサンドウィッチ。

 タッパーにぱんぱんに詰まっている。手作りとのことだ。本人曰く、ハムマシマシ、キャベツ少なめ、マヨネーズ多め、ブラックペッパー気持ち三倍。ちなみに一口すらくれなかった。

「賀川の肉体になってから、ほんといくらでも食べられるんだよね。代謝がいいんだよ。肉は乳にいくし。最高だねっ!」

 次から視線のやり場に困るから、そういうことはいわんでほしいわっ。


 本日のお題はお昼のメニュー紹介でも、乳の件についてでもない。

「で、だ。ネージュはレオーネとの関係修復を望んでいる」

「殺そうとしておいて?」

「善意で殺そうとしただけで、すでにその善意の意味は消失したから、今は勇者消滅に力を尽くすそうだ」

「本気でそう思う?」

 肉系マシマシになったサンドウィッチを食べる手が止まっている。

 俺は首を振る。

「ネージュについての人物評なら、俺よりレオーネらの方が正確では? 俺に対しては初対面で警戒していたし、純情を暴いたあとは動揺していたし」もしくは動揺していると思われたかった。「要は、俺からみたイメージは、普通に呼吸するように嘘を吐けるタイプかな、ぐらいしかわからない」

「初対面でその印象はだいぶ、ね」

「レオーネを殺そうとしていたという事前情報を知らされていた分、、多少バイアスかかっているかもしれない」

「そ。でも概ねその感想は当たりだと思う。あの子は、純粋であり、それゆえ自らの欲求に素直であり第一。口先だけではなく、本当に自分の欲求が最優先。だからそれのためなら平気で嘘つくし、平気で人を刺す。彼女の欲求対象が私だった、とは気づかなかったけど」

 レオーネは天然女たらし系だね、と思っておく。あの態度なら気付いてしかるべきだ。「なーほね」

「…なんか今失礼なこと考えてない」

 勘が良すぎて思考探知の魔法でもあるのかな、と邪推してしまう。

「考えておりません。で、どうする? 会う?」

 肉マシマシのサンドウィッチをほとんど一気に平らげると、レオーネはふぅっと一息ついた。

「どのみち会うしかない。勇者消滅作戦を続ける以上、来週には完全に転生もなる。会うよ」



 来週頭にもネージュの覚醒日ということだ。

 大向井からの提案で、レオーネとの面会日が設けられることになった。

 今後の勇者消滅作戦への影響を考慮して、しがらみや問題があるのなら、早い段階でそれを認識解消しておきたいとのことだ。レオーネとしても自ら提案するよりは気軽な状況のようだ。俺と大向井も同伴だ。


 例のごとく、深夜の3階教室での邂逅となる。

 机椅子は教室奥へ寄せられ、広がった何もないスペースに、学校椅子が2脚、向かい合っている。

 ネージュの肉体である同級生女子は、学校椅子に座ったままうとうと。

 今日は縄で縛り付けていない。

「私がいますので。縄できちんと縛ることも、案外重労働でした」


 レオーネは同級生女子の向かいの学校椅子に座っている。腕を組み、足も組んで、瞼を閉じている。

 集中しているようだ。少なくとも心をひらいて同胞を迎え入れる態度ではない。

 飲み込まれないように。襲われないように。

 意識を強く集中しているような気がした。


 健康志向の大向井がiPhonewatchに目を落とす。


「来ますよ。レオーネ」

「おk」


 レオーネが刮目した。

 固い意思が伺える。決戦にむかおうとしている瞳だった。彼女にとって、ネージュはやはりそういう存在なのだ。

「間違ってもレオーネから攻撃はしないでください。やるべきときは、私の方からやりますから」

「任せるよ」

 どう考えても今後一緒に活動していく仲間を迎える会話ではない。失った信用信頼を得ることの難しさを実感する。


 同級生女子が一瞬頭をガクンと、落とす。

 そして、顔があがる。

 両目はすでにギンギンに見開いていた。口元に喜びが浮かんでいる。

 お出でになさったようだ。


「レオーネ。会いたかったです、ずっと」

「あたしは別にそんなに遭いたくはなかったよ」


 ネージュは目の前のレオーネから一切視線を動かさない。周囲にいる俺や大向井は眼中にないようだ。それはそれでどうなん。

「あら? ずいぶん容赦ない言い方」

「両刃のナイフで追いかけられたら、少しは警戒するだろ」

 初出の情報だ。両刃のナイフで追走。どんな事情があろうと、それだけで十二分に殺意を証明できそうだ。黙って聞いている大向井もかなり険しい顔になっている。


「今日までに何度か目覚めていました。そのたびにあなたに会えることを期待していました。実際何度か会いにきた先生に要求しました。でもあなたは直前まで来てくれなかった」

「あたしも最近だから、覚醒したの」

「でも覚醒したあと、機会はありました。でも来てくれなかった。来たのは勇者の肉でした。あなたじゃない」

 すんげえ酷い言われようされている気がしたけど、あまり悪意がなさそうだったので聞き流す。悪意がなさそうなことに気付いたあと、より傷ついたけど、気にしないことにした。

「あたしも忙しい身だから、こうみえても。いちいち面会してられない。でもこうして来てあげたでしょ、満足した?」

「レオーネ。いいえですわ。まったく足りません。もっといちゃいちゃしましょう」

 ネージュはどうやらすでに恋愛的に好き好きであるオーラを隠す気がないようだ。バラされるぐらいなら、ということで開き直ったのだろうか。もっともレオーネも大して動揺しているそぶりはないから、異世界でもこういうやりとりをしていたのだろう。


 レオーネは腕と足を組んだまま、辛辣な表情を崩さない。

「あんたとあたしの仕事は、勇者消滅作戦の遂行。それ以上でもそれ以下でもない」

「わかります。そして仕事におけるリラックスする瞬間、オンオフはとても大事だと思いませんか?」

「あんたの心身をリラックスできたとして、あたしの心身がストレス過多になってしまったら、意味ないでしょっ」

 どこかせっかちなレオーネ。どこか余裕綽々のネージュ。

「簡単な提案をします。それで解決できます」

「聞きたくない」

「わたくしに心身をゆだねてください。文字通り気持ちよくします。あ、もちろん心の方も、です」

 センシティブ警報。

 こいつに好き勝手喋らせ続けているとあっという間にR指定になってしまう気がした。

 眉間にしわを寄せて、露骨に嫌だアピールの顔になったレオーネが腕を組んだまま、首を振る。もしかしたらレオーネはただ腕を組んでいるわけではなく、自分の身体を守るように、抱きすくめているだけかもしれない。


「あたしは、無駄話がしたいわけじゃない。確認よ。勇者消滅作戦に協力する? しない?」

 ネージュは終始、どこか心にゆとりがありそうな表情のままだった。

「無論、勇者消滅が、わたくしらの最終目的。それを成すことが、わたくしとレオーネの将来的な幸せに直結します。なので、当然協力します」

 レオーネが勢いよく席を立つ。顔はいつの間にか真っ赤だった。

「ということ。先生っ。これでご満足?」

「レオーネ。わたくし、まだ満足できておりませんよ? あと6時間ぐらいぶっ通しでお話しましょう」

「加々見。あとよろ」

 教室から出ていこうとするレオーネ。

 逃げ出していこうとする背中に、気品ある声がかかる。


「レオーネ。もう一つだけよろしい?」


 レオーネが足を止める。振り返ることはない。

「なんだよ」

「当時とお気持ちは一切変わらなくて?」

「変わっていると一瞬で思えるお前が本当に幸せだな」

 振り返ることもなく、レオーネは教室を出ていった。

 ネージュはそんなレオーネの背中を、じっと見送っていた。


 二人だけが通じる会話。相席している俺や大向井に伝わらないような言い回し。

 やはり何か隠し事、言いたくないことがあるようだ。

 ネージュに。

 そしてレオーネにも。

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