13話 嘘と本当と、本音と嘘と
椅子に縛り付けられたままの彼女は、どこかはかなげだった。
「レオーネは、いまだにわたくしのことを、恐怖の対象としてみているのですね?」
別れの瞬間に殺されそうになった以上、それはしょうがなくない?
「詳細はわからないが、昔馴染みがいきなり殺そうとしてくれば、多少なりとも警戒するほうが、普通の感覚では?」
「いえ、わたくしのことをよく知るレオーネであるなら、わたくしならレオーネを殺そうとするぐらいのことはやりかねない、と思われていると想像しておりました」
「想像できたとしても、恐怖するしない、警戒するしない、は別問題だろっ!?」
「あなた様の話を聞いていると思うところがあります。そもそも今日の今まで、一度もレオーネが顔を見せてくれないことも、よく考えると疑問でした。もしかして、もはや関係修復は不可能でしょうか? わたくしとしては以前同様にてぇてぇな関係を続けていきたいんですっ」
顔は真剣だった。本音なのか、本音と思われたい感情なのか。
俺にはわからない。
首を振る。
「それは俺が決めることではないけど。印象としては、恐怖もあれど、疑問の方が大きいかと。きちんと説明すれば納得されるかも」
「誠実であれ、ということですね?」
「信用を得たいなら、ね」
「ちなみにどうせもうすぐ死ぬなら、どうせセカイが終わるなら、その前に一発ヤッてしまおうという短絡的な結論だったとして。まあこれは仮にですけど。素直に伝えるべきでしょうか?」
笑うべき場面かもしれない。実際俺は失笑を返して、この話は終わった。
おそらくだが。
彼女の発言、感情、そのすべてが嘘偽りではない。
レオーネに恋愛感情をもって接していたこと。その結果、転生拒否して二人で死のうとしたこと。
起こっているいくつかの事実は、まぎれもなく彼女の真摯な感情からきているはずだ。
そうでないのなら、彼女はただのサイコパスである。そうであるなら彼女は暴力的手段でしか止められないし、考えるだけ無意味だ。
だからとりあえず、ただのサイコパスではない、と判断して接する。
快楽と絶望に身をゆだねることに、ためらいはない。
ただどうしても、俺には疑問だった。
彼女の語る口調、態度、雰囲気。
ただの勘でしかない。
俺の勘は、割と高確率だ。だから思うのだ。
すべてを語っていない、と。なにか急所になりえる何かを秘匿している、と。
そこに至れないと、結局駄目な気がする、破綻してしまう予感がする。
彼女の表面をなぞることはできたが、心根まではみえていない。
今はまだ、そこに至っていない。交友を、コミュを進めよう。
・
「事情は把握しました。ネージュ・フルール嬢。あなたを許しましょう。今後の活躍を期待します」
そんな言葉と共に、教室の隅辺りから、大向井が現れやがった。
彼女と二人っきりにしますから安心してなんでもお話ください、等といっておきながら、当たり前のようにすぐ近くで会話を聴いていたようだ。普通に性格悪い。能力は稀代の魔術師かもしれないが性根が残念すぎる。
ネージュに驚いている様子はなかった。こういうことをナチュラルにやる奴なのだろう。学ぼう。
お久しぶりです等の挨拶をそつなくこなしている。
ぬるっとお名前も判明。
ビックリマークが頭上に出現しているかもしれない俺に、ネージュが微笑みかける。声を発さない限りにおいては、まぎれもなくお嬢様の空気をまとっている。気品があるし、表情筋ひとつとっても優雅だ。言葉が吐き出されるたびに、そういう衣は剥がれていくが。
「お気軽にネージュ様、と呼ぶことを赦しますよ?」
「ありがとネージュ。よろしくな」
・
「彼女の言動について、どこまで信じるに足りると思いますか?」
放課後の進路指導室で、大向井と初級魔法の概要について講義の予定であった。
きっちり5分前に到着して、新品のノート筆記用具を用意して、やる気満々をアピールしていた。
開口一番、これだった。
いつも見守りに来てくれているレオーネは「毎日毎日サボっていたら部長にキスされそうだから」とのことで、部活中だ。モテるようだ。
あまりレオーネがいる場面では話したくない話題のようだ。
俺は鞄に筆記用具類をしまうと、考えをめぐらす。
「ある程度の本音は含まれている、と感じました。レオーネに対しての恋愛感情はガチだと信じたい。ですが、すべてを語っていると信じるのは、あまりに人が良すぎると思います」
「同意見です。転生以前から、彼女は健闘を称えあい笑いあった数秒後に、笑いあった相手を殴るような子でした」
「想像通りですね」
「レオーネもそうですが、勇者討伐隊に『任命』された子たちは、家庭の事情もですが、多かれ少なかれ、個人としての資質に、社会生活から逸脱してしまう性質があります。レオーネは勝気が過ぎる性質性格ゆえ、両親や専門教師らに、強めの正しい意見をしがちであり、他の貴族からひんしゅくを浴びることが多かった。行動力ゆえに同世代からの支持は圧倒的でしたが、彼女を直接の下に従える立場からは、生意気だ、とみられる存在でした。それゆえ彼女は両親からもそうみられており、勇者討伐隊に来ることになった」
「悲壮っすね」
「ネージュについても、同様の性質あり、と考えます。レオーネのために、転生する前に殺してあげる。転生してしまった後は諦めて帰る方法に真っ当する、と素直にとらえる事は危険だと思います」
「ネージュは、いまだにレオーネ殺害を諦めていない、先生はそう考えている?」
「断言はできませんが、ニュアンスは近しい。彼女の目的を考えると、その可能性は捨てきれない。ただ疑問もあります。仮に転生した彼女らがこの世界で肉体的に死んでしまった場合、その精神は、元の肉体へ帰るとされてます。現状帰還予定日はまだ当分先です。帰還したのも二人となると、二人は勇者討伐に失敗したとされて故郷送還となります。その場合、二人に待っているのは、圧倒的な迫害、場合によっては難癖付けられての死刑か私刑です。本当にレオーネのことを心から想っているのなら、確かに転生してしまった以上は勇者消滅以外の道は、とらないと考えます。しかし素直に協力してくれるとはどうしても、怪しいです」
「彼女がレオーネを心から想っている。これだけはまぎれもない事実だと信じます。情報を集めましょう」
「手間をかけます。では、今日の講義始めましょうか」
「え? 今日は…あの、調べる日では」
「加々見君。講義が終わってからすればいいでしょう? 時間は有限です。睡眠時間は大事です。きちんと寝てください。遊びに使う時間をなくしてください。体調よりも効率を優先させるべき瞬間は、人生にいくつかあります。君にとっては今です。始めます。ちなみに拒否権はありません。始めます」
今日の講習が終わった頃には、8時を過ぎていた。すっかりお月様が頭上へ昇っている。一度モチベーションがなくなってから数時間の勉強は心身に染み入る。
「終了です。早々にご帰宅してください」
大向井は書類を片すと、すぐに準備を進めている。
俺が机に突っ伏していると、大向井は帰宅準備を終えていた。
「帰ります。ちなみにこれからまだ明日の予習準備があるので、私は送れません。走ってご帰宅してください」
「先生は、かなりガチでドエスって陰口叩かれていませんか?」
「陰口であるなら私がそれを理解することはありません。ただ影で私がクソ真面目の権化と呼ばれていることは、把握しております」
「つらくないっすか」
「私の使命は勇者消滅です。それ以上でも以下でもありません。陰口叩かれる程度のことで、私の意思が砕けることはありません」
つえぇなぁ、と思った。帰り支度をすませながら思った。
こういう強さを俺も欲しいな、と。
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