12話 その感情の名前は、花の名前ゆえ

 さっそく本題から切り出すことにした。

 魔術的措置によって安全圏になっているとはいえ、深夜の校舎内に、椅子に縛り付けた同級生の女子と二人っきりという状況はあまりに刺激が強い。

 できはしないとわかっているが、あまりにやりようがある状況下ゆえ、魔が差したくなる。


「レオーネのことで、話がある」


 良いところのお嬢様と言われても納得だった気品溢れる雰囲気に満ちていた表情に、一瞬般若が宿る。

 両目に狂気。唇がゆがむ。怖い。獅子に睨まれる羊の気持ちを味わってしまう。


「慎重に言葉を紡ぐことをお勧めしますわ? 今、あなたの首の皮は、薄皮一枚でつながっていますわよ?」


 両の手首の辺りを背中に回してクロスして縛り上げ、その状態で腕と胴体をひっつける形で微動だにできない程に、きっつきつに縛っている。

 実際に縛った大向井が「仮にあなたが彼女を激昂させても、彼女は何の反抗もできない状態にしてあります」といっていたことから、魔術的措置も組み込まれていると判断して大丈夫だろう。


 なので一切身動きがとれない、反撃されない状態に縛り付けている、と確信している。

 確信しているが、肉体からの緊張感がぬぐえない。

 じんわり額に汗が浮かんでいる。いやに喉が渇く。彼女から目をそらしたくてたまらない。

 

 声音にあまりに強烈な圧があった。

 まったく身動き取れない、椅子に縛りつけられた同級生の女子を相手にして、俺は普通にビビっているようだ。日よっているようだ。

 言葉に魔力でも込めているのか、本当に殺されるかもしれない、という迫力を感じる。


 あまり回り道していると、本当に椅子に縛り付けたまま飛び掛かってきそうなので、本題を続ける。


「君はあまりに執着が強い。レオーネに対してだ」

 より一層、彼女からのプレッシャーが強くなる。目をそむけたくなるが、ここで、そんなことをしていたら、交渉なんて負け確だ。

「あまり気安く彼女の名前を出さないでもらえますか? 不敬ですよ?」

 俺は恐怖に煽られていた。

 それでも、すでに確信がある。

 彼女の、レオーネに対しての感情の正体。


 あまりに強い執着の理由。

 それが確信レベルで分かっているから、なんとかギリギリ顔を背けずにいられた。

 ただそれでも怖い。口にすることが。


 伝えることが怖い。まったく見当違いかもしれない、とは思っていないが、どこまでの成果をあげられるか、はわからない。

 でも伝えるしかない。


 俺にできることは魔法的な措置ではない。

 俺の今までの人生で歩んできた環境勉強文化しかない。

 そしてそれは、彼女らに一定の効果をみせている。


 今日も、いけるはずだ。

 必要なのは。

 勇気だ。


 的外れなことを口にしてしまうかもしれない、なんていう些細な心の動揺を無視できるだけの、勇気だ。


 ふぅっーと息を吐く。深呼吸。これが意外と安心する。

 力感が入って、前のめりになっていた肩を引く。大丈夫。いけるよ、俺。


「君らの世界で、この感情がどういう風に処理されているかわからないが」

 反応をうかがう。

 椅子に縛り付けられたままでも、今すぐ襲ってきそうな好戦的な瞳のままだった。

 彼女は俺に弱点を知られていることを、まったく考慮していない。

 バレているかもしれない、という考えにすらいたっていない。

 彼女だけの秘密の感情だったからだ。誰にも相談なんかもしていない。

 それはしかし、俺らの世界では、わかりやすい文化として消費されている。

 彼女はその感情を、あまりにわかりやすく吐露してしまっている。


「君の想いは、俺らの世界では、比較的わかりやすい文化として定着されているよ」

 彼女の顔に、少しだけ怪訝の色が差す。

「さっきから何が言いたいんですの?」

 必要なのは、勇気だ。

 小さく息を吐く。さあ。言えっ俺っ!


「君は、レオーネが好きなんだね。異性関係なく。友達ではなく恋愛感情として、だ」


 どうだろうか。

 今の今まで我慢していたのに、口にした瞬間思わず、一瞬目を背けていた。

 そしてすぐに真正面の彼女をみる。


 思わず、ふぅっ鼻で笑っていた。


 撃沈のようだ。

 真正面の俺から、顔を全力で背けている彼女の耳たぶは、真っ赤っかだった。

「なにゆえぇ。この気持ちはわかられることはなかたのに」

 声も震えている。言葉も崩れている。

 やはり異世界の方では、百合文化が一般社会に浸透はされていないようだ。


「文化の違いだね。君の世界では同性同士の付き合いは、少なくとも推奨はされていないんだろう。というより認知されていない? 異端異常、禁忌禁断のみたいな雰囲気があるんじゃないのか? こっちの世界では、まあ秘事の領域ではあるが、ある部門から派生したジャンルとして比較的一般的に誰もが知りうることのできるジャンルだ。地方の書店にも当たり前のようにそれを専門に扱った売り場がある程度に」

「怖い世界ですね、ここはやはり。ところでレオーネに伝えますか」

「……なにを?」

 俺は唇を笑わせる。

 すっとぼけてみたくなる瞬間であった。

 椅子に縛られたままの美少女系同級生の瞳は少し潤んでた。アワアワしている雰囲気もだしていた。うん。癖にならないように気を付けよう。

「性格悪いとよく言われませんこと?」

「最近はいわれないかなー」



「分かりました。あなたに全面的に従います。命令に対しては即断します。有能な手足として全力で行動しますわ。なので、このことについてはあなた様の胸の内に秘めておいてください。無論一生。あなたの呼吸が止まる、その瞬間まで」

 俺は脱力する。姿勢を崩す。

「別に俺は君に強要をしにきたわけではないよ? ただ単に君が勇者消滅作戦に対しての背徳行為の疑いがあり、それに関して事情を聞き出すように上司から命令されているだけ」

「背徳行為? 聞き捨てなりませんね。わたくし、忠誠心については常に最大値あると自負しております。この作戦に関しても、自主的に挙手した、数少ない勇敢な一人だと自負しております」

「レオーネが、転生直前に殺されかけた、と証言している」

 瞬間、また顔が背けられた。

 口から誠実な言葉がぽんぽん出てくるくせに、きっちりやっていることはやっているようだ。こいつは確信犯だ。真性の嘘つきだ。

 涙ながらに命を賭けると宣言しながらも、小さな嘘をためらいなくつけるタイプ。

「……反論あるなら、聞くけど」

「見解の相違ですわね。レオーネの転生には反対でした。反対派として、それに相応しい行動をとっていただけです。そしてそれは転生してしまう以前の話。あの子が転生してしまった以上、彼女を救う道は、勇者消滅という作戦を成すしかありません。ゆえにわたくしが、すでに進行中である勇者消滅作戦を邪魔だてすることはありえません」

「転生前に関しては、それが彼女を救うことになった、と?」

「そういう考え方もあったということです。現状のこの地球の日本というセカイよりも、わたくしらの故郷は少しだけ命の価値が違います。それは魔物という理不尽な死が常に隣り合わせ故、という事情もありますが。存在として、疎まれ妬まれ、邪険に扱われて生きてきたという側面も、大いにありますね」

「理不尽な生や、死を押し付ける身内に対しての反抗という側面、ということかな」

 思春期的衝動により、レオーネの死を肯定したかった、ということだろうか。

「理不尽な生よりも、崇高な死に美しさを見出す年代であったということです。別世界で生かされるより、あの世界に留まったまま二人で消えてしまうことに魅力を感じることも、ありえないことではないと思います。ただ」

「うん?」

「こうして転生はなりました。勇者消滅さえなせれば、きっとわたくしらは、あの世界でも一定以上の畏敬を集める立ち位置になります。周囲が、そういうふうに扱わないといけない立ち位置になります。生まれの残念な家の輩など、向こうがわたくしらの機嫌を常にとらないといけないレベルになります。それしかないのなら、もはやそれを肯定します。現状わたくしがやるべきことは、勇者消滅以外、ありません。ところで、さきほどから気になっておりましたが、あなた様? 勇者の器、ですか? 殺していいですか?」

 長々立ち位置の解説をされたあと。

 今日一の殺気が。

 目の前から出現。

 唾を飲む。

「事情があって、勇者消滅作戦に、協力している。非常にっ。微力ながらっ」

 彼女の殺気は消えていなかった。笑ってはいるが。

「先生らしい判断です。使えるモノは、勇者の器であろうと利用する。じつに先生らしい残忍な合理的判断。この場であなたの喉をかみ切ることに一ミリの意味もない、のですね。むしろ勇者の魂が暴走する可能性が大いにある。勇者消滅作戦の失敗を意味します。わかります。それはわかります。そしてそんなあなたと、そんなことを思案してしまうわたくしを二人っきりにさせてしまう先生の狂気に恐怖ですね」

「同意するよ」

 二人で静かに笑った。共感を覚えることで少しだけ余裕が出てきた気がした。

 彼女の殺意の理由は判明した。お仕事完了と考えていいだろうか。案外、俺、有能では?

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