2章 悪役令嬢としての君は、あるいはお嬢様と呼ぶべきかもしれない件について

11話 流行と、過ぎ去りし時と、お嬢様。

 学校椅子に縛り付けられた女子生徒と、向かい合って座っていた。

 深夜の教室。毎日けなげに勉学に励んでいる3階の教室だ。


 例のごとく通報装置などは大向井が処理している。

 深夜の教室は、人が近づかない、深夜の港に並べられた倉庫群と同じ様相をみせている。

 けっして犯罪行為の真っ最中ではない。絵面は完全にやってしまった感があるが。

 話は早朝までさかのぼる。


 登校中のことだ。

 隣にはあくび中のレオーネ。

 当たり前のように一緒に登校中だ。

 限定空間においての危機的状況を共有した結果、俺のことを好きになってしまったのか、と期待したが、どうやら護衛のようだ。基本的に道路側を歩いているし、自転車が背後から追い抜いてくるとき等、異様に警戒している。

 俺は基本的にお姫様であり、ピーチなお姫様扱いのようだ。


 そんなレオーネが少し困ったように、ため息をついていた。

 どこか陰りを帯びた笑顔で、だ。

 困っているようだ。レオーネのような精神性を保有している女子を困らせることは、かなりの困難だ。


「なにか、悩む事ありそう?」

 レオーネは困り顔の笑顔のままだった。喋りたいようだ。

「ここに来てからは、悩んでないことの方が、遥かに多いだろ?」

「なるほど。で、話してみたら? ボッチで一生悩むより、言葉にしてしまう方が、少しは考えまとまるかも」

「なるほど」

 レオーネは困り顔のまま、うんうん、とうなづいている。


 レオーネは、たいていの問題を暴力的な言動で解決できてしまう。

 実行するための技術はもとより、人を殴る攻撃するという本来過度なストレスや緊張感からためらってしまうことも、彼女は簡単に乗り越える。


 万が一、暴力的手段を封じられていたとしても、論戦で戦えるだけの知識があり、口もよく回る。

 そしてそもそもが彼女に喧嘩を売るような人物がいない。


 だから彼女のお悩みの要因が、異世界の頃の知り合いであろうと、レオーネという人物を形成したのは、むしろその異世界での15年であり背景であるのだから、むしろ同郷の相手なんておそるにたらず、と勝手に思っていた。


「次に転生してくる予定の子。友達だったんだけどさ。子供の頃から親同志付き合いあって、昔から仲良くしていて。だからさ。討伐隊に追放されたときさ。顔見知りはその子だけで。だからあたしは最初結構安心してたんだけどさ。でもなんかあまり話してくれなくなって。そんで最後転生する日に、殺されそうになったんだ。なんとか逃げたけど。だから少し、怖いかな」


 なるほど、と思った。想像より数倍重たい話だった。

 彼女の内面に土足で踏み込める間柄であり、彼女以上の狂気をはらんだ友人という存在がいるならば、確かになかなかになかなかである。


 ちょっと俺には重たい話だったので、思わず大人に暴露してしまった。

「せんせ。次に転生してくる子のことしりたい。なんか昔レオーネ殺されかけたらしいよ」


 放課後開催されている異世界情勢についての授業中だった大向井がいつもの難しそうな表情のまま、観客としてきていたレオーネに視線をやっている。腕と足を組んで教室後ろの席を陣取っているレオーネからは現在進行形で、なんでいうんだよゴミ野郎がっ! と言わんばかりの睨みが飛んでいる。

 だから悩み事は共有したほうが、いい考えがまとまると思ったんですよ、と瞳に込めてみる。


「王国周辺の地元名士で、立場的にはレオーネの家と、同レベルの貴族です。彼女も長女でしたね。レオーネが太陽なら、彼女は月。お互い自分が持っていないものを、相手に求めているような関係性だと私は認識しておりました」

「本人いる前で、そういう言い方しないで。あと、加々見てめぇ。トイレ来いっ」

「彼女の行動の詳細については聞き及んでおりません。きちんと報告してください。そしてそれは、勇者消滅に関しての作戦行動を阻害してしまう行為です。よって、多少彼女からは尋問して、事情を問いただす必要があります。お任せしてもよろしいですか」


 大向井と目が合っていた。

 俺に言っているようだ。

 戦闘訓練も、初級魔法も使えない人物に任せるにしては、ずいぶん大仕事ではないだろうか。ついでに初仕事では?


「そんなことありません。彼女の身体に関してはこちらで拘束します。暴力も魔法も必要ありません。身動きひとつできない女子生徒から、必要な情報を聞き出すだけの器量があればよいだけです。できなかったとしても特にマイナス要因になることはありません。ただ単に今のあなたにお任せできる最大値の任務が、たった今、これになったということです」

 どちらにせよ、高いハードルのお仕事であることに変わりはないようだ。

「何度もお伝えしておりますが、我々には限りられた時しかありません。まったくもって適正ゼロの使えない存在を育成している期間はありません。そういう意味ではレオーネという戦力がいたとしても、初戦の実戦で機転をきかせて受肉したスライム撃退に尽力してくれた君に、私はとても期待しています。今回も成果をお願いいたします」


 そうこう経緯があって、学校椅子に縛り付けられた女子生徒と、俺は向かい合っていた。

 犯罪行為の真っ最中ではない。けっして、だ。

 椅子に縛り付けた女子生徒。スカートから伸びる太もも。黒ストッキング着用。今日何度目かわからない生唾を飲み込む。視線はあまり下げないことにした。蠱惑的過ぎる光景だ。

 覚醒日はまだ数週間先ではあるが、本日、一時的に肉体の主導権が目覚める日のようだ。

 ちなみに今回肉体となってしまった同級生は、別のクラスの女子生徒だった。

 同級生ではあるが、名前は知らない子。

 廊下ですれ違ったことはあるかもしれないが、それ以上でも以下でもない。

 それは少しだけ安心した。

 毎回毎回、顔を知っている名前を知っている友達が、別人物になってしまう。

 異世界転生するか、セカイから消滅しているか、決断をおこなっている。

 聞かされるだけの立場とはいえ、そのストレスは、けして軽くない。


 名前を知らない女子生徒が瞼をひらく。表情からして、すでに同性代の女子である雰囲気は微塵もない。

「あら。初めましてですわね。どちらの殿方ですか?」

「あの」

「言わなくてもよろしいですよ? 社交辞令です。本当は男性なんかに興味はありません。なにゆえ縛り付けておりますの? 趣味ですの? 滓でございますねぇ」

 語尾高めの口調で、丁寧に心を折りにくるようだ。

 そしてレオーネより、はるかにお嬢様っぽいな、と思った。ぽいだけではあるが。

 同時に彼女の性癖について、なんとなく一瞬で察してしまう俺がいた。

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