10話 片道切符の異世界転生

 大向井の淡々とつむぐ言葉を思い出す。

 いつもの授業中に板書した問いを解かせるときと同じように粛々と、生徒らに解答を迫る口調だった。


「勇者を消滅させる作戦が、15年前から進行中です。あなたの肉体に寄生した、勇者を、です。ゆえにあなたには選んでもらいます。勇者の魂と共にこの世界から完全消滅するか。作戦決行日直前に、あなたの精神を異世界転生させ、別世界でウハウハで愉快な日常を謳歌するか。申し訳ないと思います。でも加々見君。あなたが選んでください」


 俺は疲れ切って、月明りに染まっていた廊下に座り込んだままだった。

 レオーネもやっぱり動けないようで廊下に寝そべったまま、俺を見つめている。さきほどまでのどこか喧嘩腰で勝気そうな瞳ではなく、年相応のそれになっていた。


 バケモノを退けた興奮も落ち着かないうちに、いつも存在が小うるさい教師が異世界から転生してきた超絶魔術師で、同級生の最近仲良いと思っていた女子は別人格に成り代わっていて。


 今の今まで生きている、この世界から、俺は消滅しないといけないらしい。

 家族とも、ママともお別れで。クラスメイトとも、救出された堂上らとも。他の友達とも。


 この世界ともお別れ。

 なんやかんやしんどいことも大変なことも結構あるけど、俺はこの世界が好きだ。

 だから。

 俺は幸せ者なんだと思う。


 少なくとも、悩んでしまった。

 この世界から転生させてあげる、といわれ、即答できなかった。

 幸せ者だと思う。


 大向井も、即答する必要はない、といった。

 明日以降、勇者の詳細や、今後の流れについて説明会をひらく、とのことだ。参加者は俺一名とのこと。レオーネは同伴してくれそうな雰囲気だった。言動はやんちゃだが、実は優しい系女子だ。

 ふわふわした気持ちのまま、少し心を吐露して、レオーネに団地の玄関前まで見送られ、一瞬で眠りに落ちていた。


 これだけのことがあったにしては、俺はベッドに倒れ込んだ2秒後に就寝していた。

 我ながら神経が図太い。

 もしくはそれだけの疲労を、わずかな時間で溜めてしまったのかもしれない。堂上らは夜遊び中にやらかして入院ということに記憶改変されているそうだ。頭の中までいじくりまわされるらしい。こわ。見舞いにいってやろう。


 ママはすでにお仕事行って、帰宅してソファ寝の人になっていた。父のことを少し聞きたくなった。

 ママが何かを知っているか、知らないか、判らないけど。

 なんとなく察してしまう。なにも気付いていないわけがない、と。


 心がざわついていた

 サボってしまってもよかったかもしれない。無駄に真面目に高校生やっているので、出席日数などは完全に足りている。というか半年後に肉体消滅するなら、出席日数に気を遣う必要はない。

 でも登校した。

 ママからの馬鹿なことはやるなよ、という呪いのせいだろうか。

 尤も昨日の今日で学校行かないなんてことをしたら、敵前逃亡とみなされて大向井に追手を差し向けられるかもしれない。そしてその追手役は多分レオーネだ。

 だから登校した。


 そんな賀川さんを、レオーネを探した。

 想像通りレオーネは、賀川さんとして普通に登校していた。

 というより、普通に正面玄関ですれ違った。朝練後の恰好だった。額に汗が光っている。右手にゆるふわキャラ物タオル。


「おは。顔色はいいな。昨日は死体レベルだったぞ」

「お、おう」

「反応が未経験男子のそれになっているぞ、色男? もっともっともっと気張れ。さもなきゃ死ぬからな?」


 俺に対しての言動はともかくとして。

 言動を軽く調査する限り、賀川さんとしての日常に変化はなさそうだった。昨日までおしとやかだった図書委員が、いきなり教師の胸倉を掴んで凄む、などのキャラ変している様子はなし。


 そういえばレオーネは数か月前から賀川さんに接触していたらしく、すでに何度か身体の意識を切り替えをしているようだ。

 登校や授業も受けており、予習済みということらしい。

 俺とも何度か会話済だったらしい。知りたくなかった情報だった。


 それでも意外だった。

 レオーネはきちんと賀川さんとしての学校生活を歩むようだ。

 役目である勇者消滅を終わらせたあとは、こっちの肉体のことなんて知ったこっちゃないと放り出すものと想像していた。

 そんなことを指摘すると、レオーネは当たり前のように衝撃発言で返してきた。


「場合によっては、この身体は彼女に返す。だから日常をきちんと守るのは当然だ」


 異世界転生したあとに、異世界帰還できてしまうのか。片道切符ではない?

「あたしらだって15年かけているが転生組だぞ? やること全部やったら故郷に帰るんだよ。そりゃ多少の肉体的な負担はあるが、こっちのほうの奴らだって帰れるだろうそりゃ」

「なるほど」

「故郷には、賀川含めた12人の転生用の肉体、というか、義肢人形が用意されている。故郷はこっちよりも、魔法が自由に使用可能だから、色々やれる。駆動系は常時魔力垂れ流しているからほとんど人間としての動作が可能だ。とはいえ、賀川が元の世界への帰還を望む場合は、その意思を尊重するということだ。もちろんこっちでこの肉体が死んでしまったときは、それもダメになるが。それも含めて賀川は承諾している。すべて綺麗にまるっと上手くいった際の選択肢は、きちんとあるんだよ」

「じゃあ賀川さんは」

「昨日の賀川の答えを間接的だが、教えることになったな。そういうことだ。ちなみにお前の場合は肉体事の消滅が確定だから、この措置は使えない。忘れるなよっ?」


 少しだけだが。

 少しだけ、肩の荷が下りたような気持になった。


 いつか賀川さんがこの世界に帰ってこられるなら。

 もしかしらどこか別の世界かもしれないけど。

 もしかしたら、もう一度会えるのなら。


 少しだけ前向きにやれるような気がした。

 少しだけではあるが。

 まぎれもなく一歩前進できた。よか。

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