3話 校内侵入日和
出歩いていたら高校生でも普通に補導されそうな時間帯を過ぎると、スマホから全員へ連絡する。
リスケされることは無いだろうが、確認は大事だ。ホウレンソウ。
堂上なんかは推しのゲリラ配信が始まったりしたら、一瞬で約束を反故する可能性があったが、杞憂だった。
堂上からは一秒で既読となった。うむ。楽しみにしているようだ。賀川さんからの了解にゃー(猫)スタンプを確認後、さほど気をかけない雑な格好に着替える。私服が適当でも許される関係性は、とても良き。
固い三人掛けのソファに寝そべりながら、スマホ片手に、ロックのスコッチを飲んでいたママが、着替えを済ませた俺に微笑んだ。息子が夜な夜な出かけることは喜ばしいことらしい。ただし馬鹿が露呈したら殺されるのだ。案配が難しい。
「夜遊びー? 感心だねー。どこいくの」と口足らずなママ。
「学校ー」
「夜な夜な勉強するんだねー最近はぁ」
「肝試し的な、ことが目的かな」
「古風ね。そういうの好きよ。リアルでの肌感覚って、なかなか体験できない摩訶不思議があるもんよ。でも人の敷地内に勝手に侵入することの意味も忘れるなよ。バレるなよ」
「心得ておりますとも」
父の遺影にバイバイと手を振ったあと、オシャンなリュックを背負って、履き古したコンバースを履き、加々見と玄関ドアにかかっている表札が少しずれていたので、それを直し、俺は急ぎ足で向かった。
・
「おっちー、行こうか」「おっす」「おすおす」「皆、及第点以下の装いだけど、夜であんま見えないから許すね?」
深夜という時間帯のせいか、私服ゆえか、堂上ですらなんだかまともな格好にみえていた。スズモト、ヨシダも以下同文。これこそ思い出補正だろうか。
近場のコンビニで合流し、未成年では買えない飲み水を購入しようと試みたが、賀川さんが睨んできたので購入せずに、適当にダベりながら校舎前に到着した。
多少の非日常な時間帯に、日常的なメンバーと合流し、いつもと違う感覚に自然とテンションもあがっていた。
気分は高揚していた。
なのに、校舎へ近づくにつれ、なんだか、違和感が増していく。
夜の学校なんだから、そりゃ普通の雰囲気ではない。
通いなれた学校の夜の姿という情景が、数百万千万かけた大規模遊園地のお化け屋敷よりも、恐ろ恐ろしい空気を放っていてもおかしくはない。
でもなんだか、それだけではないような。
本能的な、直感的な、動物的な不安感、不快感。
ここには入ってはいけない。
それを俺は感じてしまった。
俺は、俺の第六感的な感覚を結構信じている。
危機察知の能力とでもいうべきか。呼び名や言い方はなんでもいい。
ただ自分自身が感じてしまう、肌感覚のようなものを、じつはかなりこっそり信じている勢だ。
クラスメイトはもとよりひとり親として毎日毎夜働いているママにだって言ったことはない。
偶然だと常に言い聞かせているが、それを信じて、命拾いしたこともある。
思い出すたびに9割偶然だと言い聞かせているが、自分の感覚を信じて命が助かってしまった事実は変わらない。
なーんか嫌な感じがするな、という雑な感覚以外何物でもない感覚ではある。
ただこの雑な感覚を、俺は実はかなりガチで信じて生きてきた。従ってきたといってもよい。
でも今日は俺独りではない。
常に青少年の顔をしている、同世代であるが実質ほぼ児童の堂上とか、それに感化されてテンション高すぎな二人の同級生とか、子守りの顔をしてヤレヤレ顔の、気持ち薄着のキャミソール姿でブラ紐がちらちらしていてなんか少しえっちになってしまった賀川さんをみていると、やっぱ帰ろうとはいえなかった。
俺には勇気が足りないようだ。
言うべきだったのだ。
・
巡回やら警備員などがいないことは確認済。平成初期までは宿直室に週当番で寝泊まりする教員が在住している等の制度もあったらしく、その名残でいまだその宿直室自体は残っているが、時代の遍歴ということらしく、使用されている様子はない。
正面玄関脇の出入口には、教員勢が出入りに使用しているカード式の電子ロックがかかっている。それはあくまで正面玄関脇の教員の出入り時間を管理する機能しかないそうだ。
そこから数メートルしか離れていない、廊下窓からですら、鍵さえ開いていれば、出入りは可能だった。
大手防犯会社のステッカーがこれ見よがしに張ってあるが、張子の虎であることはスズモトが校内PCからセキュリティーの深部領域まで侵入して確認済。
カード式の電子ロックを無理やりこじ開ければ自動的に通報されるそうだが、それ以外の場所から侵入しても、警報は鳴らないそうだ。教頭か校長と懇意にしている会社らしく、苦情はこない、とのことだ。
念のためのダブルチェックとして、口先が軽薄であると評判の学年主任に校内セキュリティについて解説と説明を求めたところ、やはりあまり十全ではないというニュアンスの回答をもらっている。
「心配だよねー、だから俺は大切なものは学校に絶対置かない主義なんだよ、でさー次のPS5の抽選だけど、君らにも協力」以下略。なので大丈夫だろう。少なくとも24時間稼働する監視カメラを導入する予算がないことは確かだ。
最終的なトリプルチェックとして、まずは堂上に侵入してもらうことになった。
こいつは100メートル12秒台出すし、1500メートルでも学年上位だから、大丈夫だろう。仮に捕まっても堂上か!? んー、しょうがないな!! と思われる可能性だってあるかもしれない。うん。無いか。くさ。
堂上は軽く壁を蹴るように勢いをつけて、窓の枠を掴むと、開けておいた窓を雑に開け放ち、バタバタわちゃわちゃしながら騒がしく力任せに、昇っていった。静かに行動するという意識がない奴なのだ。最終チェックなので、まあ良し。
俺らは堂上侵入から数秒待機。
「大丈夫かな」
「警報は鳴らないね」
「もうちょい待つか」
「君ら地味に鬼畜だよね」
「はやくーこいー?? どしたー!! 怖いかー」
俺ら比較的大人な高校生が小声でやり取りしているなか、我先に不法侵入していった堂上は普通に大声だった。一緒に銀行強盗はやりたくない奴である。深夜の高校侵入がギリギリ許容範囲。
大丈夫そうなので、スズモトらも侵入していく。それに俺が続く。
最後に賀川さんの手を掴んでやって、引っ張り上げる。
女子と身体接触する機会が皆無な友人らに任せようかとチラっとうかがったが、チラっと目くばせだけで、それはお前に任せると返ってきた。彼らとはとても良い友人関係を築けている。ゆえに彼らに女っ気がない理由も分かってしまうことは少し切ないね。あくまで少しであるが。
「ありがと」
「どういたしまして」
校内は当たり前に暗かった。ただし廊下に等間隔に設置されている窓から月明りが差し込んでおり、視界はあるほうだった。
ドキドキするーなどと本当に心からの素直な感想を口から吐き出す堂上。幸せ者め、俺も幸せになるよ。
特に回るコースは決めていない。
とりあえず自分らの教室がある三階東校舎を目指す。スマホのライトなどはあったが、外から発見される可能性を考慮して、明かりは一切使用しないことにした。
堂上を先頭にして、俺らは歩き出した。なぜか無言で賀川さんが俺のシャツの裾をつまんでいた。無言だったので俺も無言で進むことにした。エチケットである。
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