1章 勇者転生の身体として15年生きてきた彼
1話 色褪せぬ輝かしき青き春の日々
子供の頃から、定期的に、同じような夢を見る。
夢を見ているときは同じ夢と、気付けない。
目が覚めると、また同じ夢をみてしまったと、すぐに気付く。
数分絶たずにそんな何度も観ている鮮明な夢の認識もきっちり薄れていく。そういう仕様なのだろう。明晰夢とも違うような気がする。自分で意図的に夢を操作している感覚はない。
物語を、記憶をみている感覚だ。
頭の中に残っている残滓を整理するかのように。これがもしかしたら前世の記憶かも、なんてひそかに思っている。浪漫がある。
夢の内容は、異世界ファンタジーだろうか。平成初期からあるような、勇者魔王もの。
叱責されている勇者っぽい男。叱責している真面目な魔術師。これも男。
どうやら勇者がやらかして、魔術師が叱り役のようだ。
場面はいつも唐突に切り替わる。登場人物はあまり変わらない。
勇者のような奴がチートして、酒を飲みまくって、悪徳なことをして。
魔術師みたいな奴も同じぐらいチートして、王様と密談して、大変そうだ。
細部は判らないけど、とにかく勇者は終始ダルそうにして、魔術師は終始オコ。そんな冒険談を俺は見ているだけなので、自分で動くとか意識できない。第三者視点で、こんな夢を子供の頃から時々観ている気がする。
そしてモーニングルーティンの最中に忘れていく。
目覚めたときはかなりハッキリ覚えているのに、どんどん夢の内容が消えていく。
これも目覚めの前に観る夢の作用なのだろう。
なので、この夢の細部ももうすぐ薄れていくのだろう。はぁ。よし。トイレ。小。勢いよし。水のみで顔洗う。鏡にはそこそこイケメン風の十五歳が写っている。見慣れた顔だ。面白いところがない平均顔。髪はいつも短髪。寝癖直しが必要ないからだ。毛先が拡がっている100均の歯ブラシで歯を入念に磨く。歯医者代など無駄でしかない。ぐちゅぐちゅぺっ。がらがらぺっ。うむ。だいたい忘れた。見慣れた夢を観ていたという感覚はあまり薄れないが、内容はほぼほぼ完全に消失してしまう。そういうものだと思っている。
ママが今日もお気に入りの、背丈の低いソファですやすやしている。
某ポケットなモンスターのイラストが描かれた毛布をかけてやる。水ポケが好きらしい。台所には律義にいびつな形の鮭お握りと、500円玉が置いてある。放置性と母性を両立させることを、ママは日々の業務としているのだ。有難く両方制服のポケットに入れる。
ママはよく、勉強はしてもしなくてもいいけど、馬鹿になったらぶち殺すと宣告してくる。ママのいう馬鹿とは、たぶん、コンビニの冷凍庫に無理やり入るとか、腹を空かせた野良犬を蹴とばすなどの意味合いなのだけど、結局俺はそこそこ真面目に学びはおこなっている。そっちの方が簡単だからだ。
なので馬鹿にならずに悪いことは、ままやる。
首をボキボキ鳴らす。最近ボキラー気味だ。YouTubeの検索履歴が整体系で溢れている。疲労かストレスだろうか。アクアクララで水分補給。
リビングのそこらへんに投げ捨てられた洗濯物、主にママの下着や派手な衣服を洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤も投入。洗剤はまだ大丈夫。詰め替えもあり。俺の下着類は昨日のうちに洗濯機の中で鎮座中。お疲れ下着君。帰宅時間に乾燥終了するように起動予約。今日は木曜日なので缶瓶ペットボトルの捨て日。前日に玄関にまとめてある。透明ビニール確認。空き缶は意外とない。最近ウイスキー派に移行したらしく、あまり溜まっていない。現在飲んでいる瓶はママが抱きしめている。捨てるのは来週でよし。高いウイスキーの空瓶や期間限定の空缶を溜めたがる傾向にあるが、容赦なく破棄している。ゴミ屋敷を精製する素養があるのだ、ママは。
昨日の洗濯物はまだ微妙に乾いていないので、帰宅してから取り込もう。景観警察という名の自治体からの通告で、外干しが禁止だ。洗濯物が乾きにくくて困る。像のマークがついた炊飯器を確認。昨日の3合炊いたお米がまあまあ残っている。よし。
父の写真に軽く手を合わせる。黒縁の写真立ての中で、少し力なく父が笑っている。俺にあんま似てないそうだ。ニコニコ。いってきます!
今日も学校へいきまっしょう。
・
「おはよー」「おはようございます」「おは」「おはようございます」「オハヨウございます…」「おはようございます」
校門前で超真面目系教師と週当番の風紀委員数名が、登校中の生徒らに挨拶している。
4月も半ばを過ぎて、挨拶月間とのことらしい。
という名目を建前にした、無視できない校則違反をしている不定生徒への特定と警告だと、俺らは理解している。
ご時世なのか、俺の通っている地域に限ったことではないかもしれないが、初見であからさまに規律破っている系生徒は、ほぼいない。
限りなく0に近い。
パッと見ですぐにわかるようなリーゼントやら、盛髪巻き巻きエクステなどなどだ。校則破ってますが何か? と言わんばかりの蒼い主張をする生徒はいない。膝丸出しスカートなどなども皆無だ。残念だ。
誰もが基本は、人に迷惑をかけないような、平均的な高校生としてのパッケージを崩さない。
それでも一見したところは、平穏な学校生活を営んでいる様子にみえても、みえないところで悪い装いをしていたり、持ち込み禁止物を鞄に潜んでいたり、色々やっている奴はやっている。
それらの持ち込み物が、ゴミとして、校内のところどころに破棄される。
ポイ捨てされている。
見えにくいところで、きちんと風紀は乱れているのだ。
それゆえ、こういう持ち込みもの調査月間などというものがなくならない。
隠匿するなら暴くしかない、ということだ。
ほんと、悪いことはバレないようにやってほしい。
ほんとやるなら、静かにやってほしい。
すぅっーと、無言で校門脇を抜けようとしたが、どんな感性しているのか、やはり気付かれた。
「加々見さん、おはようございます。今日も不誠実な態度ですね」
担任教師でもある。俺の方を一瞥すらくれていない。それでも存在を認知されてしまう。狩猟系ハンターかもしれない。
担任教師の大向井(おおむかい)は、真面目を絵にかいたような存在だ。
髪型から顔つきから身なりまで、構成パーツすべてから生真面目さにあふれている。見えていないけど、靴下や下着まで、生真面目に見繕っているのだろう。怖い教員だ。敵に回したくない。当番でも、風紀委員担当でもないのにいつもいるとの噂だ。どМか?
俺は校則違反を詰めに詰め込まれた、学校鞄を背中に背負いなおし、首をかしげる。
これもご時世なのか、鞄を開けろ、と強要されることはない。
君たちのことを信じていますから何か違反物あるから自ら開示しろというスタンスのようだ。なので、学校鞄にはそういった不定な品物が溢れるのだ。しょうがないね。
大向井はジト目で、俺の鞄に目をやる。
「あなたの鞄を改めれば、没収しないといけないものが出てくることはわかっています」
「開けようか。割ときちんとしている振りはしていると思うけど?」
「うわべだけ見せられても意味はありません。君ぐらい頭が回ると、我々大人など、不順かつ愚かに映るのかもしれません」
「いや尊敬している、普通に。だって俺らみたいな脳味噌猿で体も猿相手に、月給あれだけで仕事ってあり得ないから」
「それです。大人に対してわかってくれる姿勢。それを大人は舐められていると判断します」
話が長くなりそうなので、軽く手を振って退散。大向井の話は長いが、別に説教しているわけではない。ただ話好きなのだ。性質が少し陰キャなだけである。
・
正面玄関へ吸い込まれていくように登校していく生徒らからの流れから外れて、俺は校舎脇をそそくさと早足になる。
最近は弓道部が独占している道場へ寄ることが日課だ。
友達になりたい女子がいるのだ。恋ではないはずだ。好奇心ゆえだ。
もしこれが恋なら俺は365日中300日は恋しながら学校生活を送っていることになる。それはそれで素敵か?
良し悪しの判断はつかないけど、俺には男女問わずコミュニケーションを取る能力はあるらしい。
顔作りも並以上に整ってはいるようだ。
女子と会話するだけで赤面発汗する昭和漫画メンタルでもない。
俺の友達にはそういう輩が多いが。なぜだろうか。実質的に俺もそういうメンタリティを保有しているからかもしれない。
道場へ入る。上履きを脱いで、スリッパ装着。
射場に上がると、高校生の練習施設らしく、ホワイトボードに教師からのメッセや練習日程が書き込まれている。壁には校内予定やら部活日程に関するプリントも張られている。100均に売ってそうな収納箱にもろもろ練習用小道具も積まれており、生活感に溢れている。
目当ての女子生徒は、それらを背景に、袴に着替え、朝練中だった。
袴に胸ガード。右手に手袋みたいなの装着。りりしさと美しさのある。
賀川(かがわ)さんがちょうど弦を引き切っているところだった。狙いを定めて停止している。
こんな時間にいるのは彼女だけだ。
同級生であり弓道部のエース兼アイドル兼おかん。遥か向こうに小さくなっている的の中央辺りには、数本の矢が刺さっている。
「また来たんだ、加々見くん、いい加減入部すれば?」
賀川さんの視線は的から外れない。唇だけ動いている。集中しているのだ。
「賀川ちゃんに会いに来ているだけだから」
「朝から気持ちがいいぐらいにキモいね?」
「辛辣すぎて不登校になるかもしれない」
「ならんでしょ、あんたは」
無表情でこんなセリフのやりとりをしていたら、辛辣すぎて本当にショック死してしまうが、賀川さんは終始笑顔だ。視線は的から一切外れていない。俺との会話程度では雑念は混じらないのだ。こういうコミュ関係なので、むしろ挨拶に近い。
「みてて楽しい?」
「バズった世界びっくり映像みたいなのってあるじゃん。KOされているシーンでもいいけど。それをみているモチベに近い」
「そ。素直ね」
俺と雑談を交わしながらも、賀川さんは弦を引ききった姿勢のまま、停止していた。
狙いを定めている。
一瞬途切れた会話。
そして矢が放たれていた。風を切り裂く音がした瞬間、的の中央に新たな矢が生えていた。恐ろしい精度だ。
「弓道って実践で応用できたりするの? 例えば人相手に射るときとかに」
「それ禁句に近いから。体感としては無理ね。動いていない的を、じっくり狙い定めているだけだから。あなたの好きなスポーツと同じ。バスケのフリースローと実際の試合で打つシュートは、似て非なるものでしょ。それに近いかも」
言葉を交わしながら、賀川さんは次の矢をいる所作に入った。
「なぁーほーね」
「技術的には実戦で応用できる術ではないわね。でも一瞬の集中力とか、的という対象の急所を射抜く意識の練習にはなるから。無駄になることなんてない。無駄にするつもりがないならね」
「人を射るつもりもある、と」
「そね。朝練の邪魔をしてくるキモい男子生徒なんかは、二回ぐらいなら射抜いてみたいかも」
意識高すぎて困ってしまう。俺は雑談らしくへぇとか興味薄く返事しながら、お握りを頬張る。うま。しょっぱいけど。
「集中しているの。よくみていなさい。専門家ぶった意見は結構だから。素人のあなたからみた、ド素人臭い意見を、お願いね」
真面目過ぎて言い回しが、好戦的だが、俺は比較的よくできた陽キャを気取っているので、笑ってすます。
「では、お手並みを、拝見しますか」
「座ってみていなさい」
丁寧な所作のまま、右手を軽いグーのまま親指辺りで弦と矢をつまんでいる。
ほんと美しいな、と思う。
朝ご飯も食べ終わり、楽しい朝のひと時を終え、俺は教室へ小走りした。
・
明日は肝試しをすることになっている。
当然バレないように悪いことをするのだ。アオハルの記録もとい、春の想い出作りの一環である。
仲の良い男子グループで、バレないように非行して、絆を高めようというイベントだ。
提案者は最近親友気味な付き合い多めの堂上(どのうえ)。
現在、女子を誘おうと四苦八苦している。堂上は男子人気は高いが、女子人気は実はかなり低い。
キモがられているわけではないが、ありていにいえばウザいのだろう。男子勢からはそういうウザさが、ぎりぎり受け入れられるが、性別が違えば、嫌悪感に対しての耐性も違う。
やってみると案外楽しいが、やる前は自分自身の保身や、大人になりきれないメンタリティゆえに否定してしまうようなイベント事も、堂上みたいな奴がいるとスムーズに進む。言い出しっぺ有難うということだ。
堂上はTHE日向の者なので、話しかけた女子全員に断られてもビクともしない。ドМなのだろう。もしくは一般15歳よりも現状認識能力がまあまあ低いのだ。でもそれはそれで男子連中からすれば、良い奴なので良き。根明の信条なのだろうか。
俺らが固まっている席へ帰ってきた堂上は、心底残念そうに唇をすぼめていた。かわ。
「かがみんー、駄目だったー、残念ー。全員予定あるって」
「今日は女子全員13人が出席している。運悪く、全員明日の夜の予定が埋まっているんだな」
「残念ー。埋まっているんだよー、ついてないよねー」
スズモトとヨシダが優しく笑顔。俺もそれに倣う。無論、堂上が女子13人全員に声をかけているシーンを遠目から観ていたので、堂上が嘘をついていないことは判っている。そもそも嘘をつけない奴だし、嘘なら秒で露呈する。
特攻組としてひたすらに前進していく此奴のことが、愛らしく助かりまくりであることが、共通認識だ。
堂上を利用しているなんて陰口叩かれることはしょっちゅうあるが、堂上がそうやって生きていくことを肯定しているのだから、親友勢としての俺らがこういう顔で、堂上を出迎えることに、いささかのためらいもない。
堂上の精神年齢が小学校低学年から成長する日まで、いつまでも一緒にいてやろう会を結成しているのだ実質。
他のクラスの女子にまで声をかけていこうとする勇ましき者を、スズモトとヨシダに任せて、俺は当てをめぐることにした。
男子4人に女子1人の構成になっても、あまり艶々悶々ムンムンとしたイメージにならない女子がよい。
図書館のお団子ヘアーなエルフ嬢や、家庭科室を根城にする女子の顔が浮かんだが、二人とも妖精タイプと、ロリっ子タイプなので却下。ラクロス部の先輩が何人か乗ってくれそうな人がいたが、ちょっと性的にイヤらしい雰囲気になる可能性あるから、これも却下。
「ちょっとした雑談付き合ってくれる相手ならいくらでもいるんだけどなー」
思わず声に出てしまう。
比較的あくどいことをするとなると、意外なほど候補が出てこない。
責任を取れないということかもしれない。男子勢に関してはどうなっても気にならないのだが。俺もしょせんは子供だよな、なんて大人な思考をしてしまう。
「珍しいね。あんたが困っているのは」
朝練終わりの賀川さんだった。長弓が収まった薄い桃色のケースを肩にかけ、使い古した胸ブロックは右手にぶら下げている。袴姿から、制服姿にジョブチェンジ。いやそれは失礼か。
俺は指を鳴らしていた。古い映画でやるような、ジャスチャー。ないすたいみんぐっ!
「なにキモイけど?」
「明日夜暇? 男4人だけど、一緒に遊ばない?」
「なにそれキモイけど」
「校内で肝試し大会するの」
「びっくりするぐらいキモイね。自分の年齢計算したことある? あと普通に犯罪くさいね」
「もともとは男4人でやるつもりでさ」
「キモ。笑っているけど普通に引いているからね、あと軽蔑もしているからね」
「でもこういうイベント事で女子いないって、やっぱ駄目じゃんっ!! 大丈夫何もしないからっ!! あいつらにそんな勇気ないから」
「キモイねー。あいつらにはないけど、あんたにはありそうだね」
「ダイジョブ、俺はそういうの今はあんま興味ないっす。要は間に合っているしっ」
「クソキモ。余裕がキモイね。でも少し興味出てきたかも」
「この流れで興味でてくれる賀川のことがガチで好きだよ。付き合って?」
「肝試しには付き合うね。あんたはキモイから無理。心臓発作起こして。あとちなみに今何回キモっていったか分かる?」
「? 今ので9回目だろ? それがなに」
「ほんとあんたってさ。いやいいや。詳細はLINEしてくださいな、変態さん」
よくわからないが、女子勢ゲットだぜっ。
教室へ戻ると、他クラスへ侵入しようとしている堂上の背中を全力で引っ張っている親友二人がみえていた。
なんとなく笑いながらも、即座に全力ダッシュで加勢したことは、いうまでもない。
俺、結構この人生好きだなー、となんとなく思ってしまった。
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