勇者逃亡
小柳さん
0章 勇者が魔王を殺害してしまった結果
0話 勇者逃亡
「一体、何考えているんだよっ」
領主の城の一室だった。
客間にしては、豪奢な一室のベッドに、大の男が寝そべっている。
ベッドは、ベッドに寝そべっている男が領主にお願いという名の命令を下した結果、持ち込まれた品だ。
男は鎧一式を着こんだまま、ベッドに寝そべっている。
土地付き戸建と交換可能だ、と領主に感嘆された、一般の商人豪商では調達不可能な鎧や盾だ。
両刃の剣は、部屋に入ると同時に床に放り投げられた。
防具や盾のように金銭としての価値がつく品ではない。
大陸全土で聖剣として数世代に渡り、美術品だったり骨董品だったりしながら崇められ納められていた両刃の聖剣だった。手入れをしてくれた王宮お抱えの鍛冶屋にこの惨状が露呈したら、卒倒されるか、仕事道具の金槌を振りかぶって追いかけまわされる。
私の叱責に、ベッドに寝そべったままである、それらの国宝級と呼んで差し支えない装備の所有者である、勇者が面倒くさそうにあくびを返す。
「うっせぇな。勇者が魔王殺してなに悪いの?」
勇者はのっそり起き上がると、魔王の首を切り落とした聖剣の上に、高級鎧一式を脱ぎ捨てた。稀代の武具を軽く傷物にする。
勇者は再び着の身着のままになると、ベッドに倒れ込んだ。これでやることはすべておしまいだ、と言わんばかりだ。
勇者が魔王を殺害した瞬間から、勇者魔王の単純戦争は終わりをつげ、別次元の地獄へ突入している。なのにそれらを呼び込んだ張本人がすでにやることやった感だして、だらだらしている。
激昂して巨大魔術連発しない私を、誰か褒めてほしい。
これでやることはもうすべておしまい?
とんでもなかった。
大陸中が大騒動になるまで、もはや秒読みであり、すでに被害報告も多数されている。
さきほどから客間の外では、大忙しに伝令やら報告やら出兵やらで、人の出入りの物音や叫び声が響いている。
街中ならまだしも、ここらの近隣の村街を統括する領主の城内である。
城門は開かれているし、比較的牧歌的な雰囲気ある城ではあるが、気軽に誰彼もが出入りできる場所ではない。少なくとも挨拶がてら出入りできるところではない。正装が最低限の常識的な対応としてみなされる場所だ。
そんな城内で、メイドや執事が廊下を走り回り、雇われ冒険者が怒声をあげながら駆け回る音が、鳴りやまない。
勇者様にはそういう市井の人々の労働音は聞こえていないようだ。聞こえていたとしても、自らとは関係ないとうそぶいてしまう。
私は重々しく首を振る。
「すでに9件報告が上がっている。領地内だけで、だ。暴走した魔物が村や町に侵入している。統制がされていたはずの魔物まで、正気を失って暴走している。お前が魔王を殺したことが、直接の原因だ」
「いやいやいや、わかんないでしょ? たまたま今の今まで魔物サマが大人しくしていて、今日から人類全滅するために動き出しただけかもしれないでしょ」
「魔王の断末魔が響いた瞬間、弱りきって捕えていた魔物まで狂暴化した報告がある。1件2件じゃない。研究対象だった魔物も手に負えないということで、即座に処分されている。そもそも国お抱えの学者から、現状の魔物生息率で、魔王のみを討伐する危険性については、国王から貧民街の幼子にまで周知されている常識的な事実だ。お前はそれを破って魔王を殺した。こんなところで寝ている暇はないっ!!」
領主の管理下にある周辺村々や町だけで、このありさまだ。
大陸全土がどういった悲惨な状況になっているか、想像したくもない。報告を聞きたくもない。野蛮な賊風情までが伝達役として雇われているのだ。使える人材を立場や身分、関係なく走らせる様は、まさしく戦時下の様相だ。
もはやひと時の平時は終わってしまったのだ。
ベッドの上の勇者が首だけ起き上がる。
「なにすれって」
「今すぐ、早急に、大急ぎで、暴走している魔物らを撃退してくれ。お前にはそういう暴力的なことしかできないんだろっ! 即座に処分が下りないだけありがたくおもえっ!」
「うっさ。声がうっさい。わかったよ。喋るなよ、クソ真面目」
「お前と貴重な議論している時間も惜しい、理解しろ。今、このときも、大陸の村街は、魔物に襲われているんだよっ!」
「わかったよ、うっさいな。行けばいいんだろ」
「責任を果たせっ、といっているだけだっ」
ダルそうにしながら、勇者はそうして軽装のまま、城から出ていった。
渋々ながら、勇者が部屋を出ていった。
そんな姿に、ホっとしていた私がいたことは、否定できない。
私は正直、油断していたのだ。
家屋と交換可能な防具や、王国に代々納められていた剣が、床に投げっぱなしになったままだった。
素手でも並以上の魔物なら腕一本で倒せてしまう戦力がある奴だから、格別気にしていなかった。
戦闘能力という点においては、文字通りの規格外。何でもあり。大陸無双。だからこそ、勇者が素直に出ていったことで、私は、すっかり、と安堵していた。
もうこれでとりあえず、一安心だ、と。
ほんと、甘い。
・
領主を飛び越えて、国王から現状に対しての処置状況をまとめることを求められた。
さっさと勇者を魔物討伐へ向かわせるように、と指示という名の罵声を浴びていた。
被害報告の状況、暴走魔物に対しての今後の兵士傭兵、冒険者の再配置、事務処理から実務処理までやるべきことが腐るほどあった。古くからの勇者の仲間として参謀役を兼ねていた私以外には、出来ない業務ではあった。
勇者も自己中心的な人物ながら、ここまでひどい状況下にあっては、なにもしないだなんて想像しなかった。
きちんとお願いした魔物討伐に出てくれていると、妄想していた。願っていた。
目の前で襲われそうになっている人々を、見て見ぬふりをして通り過ぎることなんて、しないと信じていた。
いや、正直そこまで何もしないだなんて、想像すらしていなかった。どんなに我好きな性格であれ、百年以上誰も得られなかった勇者という古の称号を与えられた、力なき人々を守る存在なんだと、心のどこかで信じていた。信じたかった。
だからこそ、独りで向かわせた。独りで、数百数千の魔物を相手できる存在だから。
このときようやく、私や国王や国民は、思い知らされた。
彼にあったのは、勇者としての、勇ましき者としての資質ではない。
勇ましき者と呼んでしまうほどの、戦闘能力の高さだけだった。
それを、私も、国王も、国民も。
気付けなかった。気付きたくなかった。
見えてはいた。そういう人物かもしれない、と。見えてはいた。
察してしまう言動はいくらでもあった。
でも見ないふりを続けてしまった。そんなもの見たくないから。信じたくないから。
勇者が、現状から逃げ出すような人物だなんて、想像していなかった。
想像したくなかっただけだった。
・
勇者が魔物に襲撃されている村や町へ向かうことはなかった。
魔物に蹂躙されて、破棄されてしまった村の宿屋にいた。
粗末なベッドに眠ったまま目覚めなくなった。
王国御用達の魔術師らによると、肉体は昏睡状態。この身体にはすでに、魂と精神は存在しないそうだ。
魔王城にあった秘宝魔術本が開きっぱなしで残されていた。異世界転生・転移の儀式の詳細が書かれていた書物だ。
その光景をみて、私は普通に膝から崩れ落ちていた。力感がなくなって、立っていることすらつらくなると、そのとき初めて実感した。
勇者は。
逃げ出したのだ。
肉体を現世界に昏睡のまま、魂と記憶のみを別世界へ転生する術を実行したのだ。
転生先で、転生当時の肉体年齢に達すると、魂と記憶が復活。
それまでは、転生先で赤子として生まれ、肉体も心も、そのまま育っていく。
そしてある日、記憶と精神が蘇り、無事に転生体として復活。転生前の世界へ帰還は可能。転生先で死亡した場合は、魂と記憶は元の肉体へ還るとのこと。肉体のまま転移する術もあるが、それの帰還方法は記されていない。
勇者は逃亡したその日のうちに、魔王城から接収した、この異世界転生・転移の秘術書を参照し、肉体を眠らせたまま、精神と記憶のみの異世界転生を成功させていた。
一発勝負である。
書物を読み込み、そこに書かれている内容を理解し、即座に実行できてしまう。
単純な戦闘面のみではなく、技術者としても有能だった。本当になんでも自分独りでできてしまう。
そこに人並の人間性が皆無なだけだ。ゆえに彼は有能であり、天才なのかもしれない。だからこそ、判りあえないのかもしれない。
どうあれ、事実は一つだ。
勇者は逃げ出したのだ。
自ら招いたこの絶望的な状況下から。
魔王が殺害され、数多の魔物が正気を失ってひたすらに人類を襲い続けるこの世界から。
独り早々に、転生して、逃げていったのだ。
勇者逃亡後。
私は、勇者の側近、仲間として、勇者の残した状況に対しての後始末を、国王から直接命じられた。
多大で過大な任務ではあった。
それでも毎日のように魔物に襲われている国民を見捨てる度量もなかった。
私の人格は時に冷徹とみられるが、根本はどこまでも人間的でもあった。
被害に遭っている人々を無視できるほど、非情にはなれなかった。首都を中心とした街道などは比較的安全に移動できる手段ではあったが、そんな道などもはや無意味になっていた。物流は滞り、セカイは本格的に停滞へ向かっている。
堅牢な領主の城を根城にして、方策を練る日々は、ある種安全を保障された日々だった。当然、それの見返りは要求されることになる。
私は国王のいうがまま、勇者討伐隊の任命、スカウトにも協力した。小都市は壊滅の様相をみせていたが、大都市圏は、門を閉じることにより、魔物の一方的な侵入は防いでいた。人流物流にも大きく影響はでたが、当面は安定の兆しをみせていた。
同時に事態を招いた、収束させられない領主や王への批判や批判が火種になっていた。
国王は狡猾だ。政治家である。過大な権力と人脈をつかって、すでに手を打っていた。
勇者討伐隊の募集である。
異世界へ転生してまで逃げてしまった輩への、である。
それは生贄であった。形を変えた終身刑とも揶揄された。
だがしかし、そういう生贄まがいにしたい対象を抱える人々が、多い世界でもあった。地方貴族の能力がないと判断された三男坊などが筆頭だ。戦闘能力はあるが、少年刑務所で悪童だった存在も当然のように接収された。能力はあっても、目上のものを論破してしまう長女も厄介払いとして選ばれた。
勇者が精神転生した行先を、王宮魔術師が総出で特定。何人かが意識不明の重体として運ばれていったが、それでも成果はでた。
勇者は、別世界で新しく生を受けていた。
文字通り転生だ。赤子の肉体にその記憶と精神をねじ込み、元の肉体の年齢に達する頃、記憶と精神が覚醒するという構成とのことだった。
「誰かが、転生先へ向かい、勇者を殺すしかあるまい」
王は大義名分を説く。私は黙ってうなずくしかなかった。
「戦力は割けん。魔物への防衛もある。ただ原因に対して何も手を打たんと、国民は納得せん」
国王は転生術の書物を熟読していた。
最終決定権がありつつ、判断を他者に丸投げはせず、自ら吟味するだけの能力と知識がある。そうであるがゆえ、時に非情な政策を打って出ることがあると評判の長だった。ゆえに常に敵を抱えている生涯であるが、国民人気はすこぶる高い。人を治める立場にある者である。
「国民から選抜しよう。栄誉だ。もちろん報奨金は出す。勇者討伐隊を結成。帰還手段もある。時間はかかる。おおよそ勇者の転生時同様。15年だ。転生し、勇者討伐を成してもらう。もし、成せなければ、当然の処罰をほどこす。肉体はこちらに残っている。お前は、監督役スカウト役、報告役すべてこなせ。勇者の仲間であった貴様の責任であろう。果たせ」
断るつもりは、なかった。もとより責任は果たすつもりである。
私は口ごもっていた。
「12人も、異世界転生させろ、と」
「勇者は神に近い存在だ。これによると、転生先でも勇者としての能力は段階的に覚醒するだろう。時間はかかるが、それゆえ確実性も高い。お前だけでは不安だ。国民から、自主的に勇者討伐の任に赴く、という名目があれば、士気高揚にもなろう。目くらましとしてもよい。地方貴族共にとっても、厄介払いできる親族は多い。使えるだけの人材は集める。無論大陸中からも集めよう。犯罪者でもよい。恩赦になる。とにかく一度すべての候補者を集め、貴様にたくそう」
同時に同じような転生術を行使することが、国王の独断で即座に決まった。
対象者は自薦他薦問わず、全国民が対象と、されている。
非人道的な、大衆に対しての抑制を促す生贄に近い所業であった。
それは討伐隊と尤もらしく大義名分をこしらえ、それは勇者という大陸共通の敵に対して、王国がきちんと仕事していますよという取り繕いに近かった。同時に貴族連中の口減らしであり、厄介者払いであった。
あくまで挙手性という形をとったが、年齢15歳前後の彼ら彼女らからの積極的な挙手があったわけがない。
私はそれら自ら挙手したとされる、厄介者12人と3か月を共にした。
志を共通にするため、目的達成のための手段獲得のため。
直接聞いていないから、本当に挙手したのか、挙手したことにさせられたのか、わからない。
涙と、怒声と、悲鳴と、うつむいたまま上がらない顔、すべてを諦めたように天井を見つめる表情、どうせもう死ぬんだからと性交を誘ってくる態度。そんな思春期と呼ばれている彼ら彼女らと、時間を共にした。
一から鍛え上げた。文字通り心身ともに。それだけが、彼ら彼女らの生きる可能性を向上させたから。
彼ら彼女らの師として、教師として。時に叱り、時に泣いた。まれに笑った。
信頼と教育。そして12人が転生する日まで見届けた。
それから私は。
勇者が転生した世界。
地球・日本へ。
私は、異世界へ。
転移した。
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