第3話 人間は欲望の機械
7年ともに過ごしてきた彼氏が3股野郎で、しかも開き直った挙句にさんざ罵倒されたからだ。
まったく、業の深い人間もいたものである。
かくして彼女は自殺を決めた訳であるが、しかし、彼女はその根っからの臆病さもあって何度も尻込みしては、首に巻いた縄を解き、風呂に溜めた湯を栓を抜いて流してきた。
ただ、今日の彼女はいつになく気合が入っ?ていた。たまたま大量の睡眠薬を得る機会に恵まれたからだ。
オーバードーズならビビりの自分にも出来る筈。
そう考えると、奈々谷はマイナス向きの決意が並々ならぬほど迫り上がってきたのだ。
家を出て、どこか死に場所を探してふらふらと彷徨う。そうして見つけた。爛々と夜との境界線となった眩い人の居ないコインランドリーを。
それは何とも偶然にも、山本コインランドリーであった。
店内に入り、薬を入れた元マーマレードジャム用の瓶を鞄から出す。
「や…やるぞ………だ、大丈夫、これならアタシにも出来る。そう出来る、出来る。大丈夫だよ、アタシ。出来る。うん、出来る。」
決意を漲らせ、瓶の蓋に力を込める。
しかし、彼女は元来よりのドジでもあったのだ。
蓋を開けるのに必要以上に力んだ彼女は、勢いよく蓋をとったために瓶を傾けてしまい、中身ごと瓶を落としてしまった。
「ああ、ひ、拾わないと。ぎゃっ!?ぐえっ!」
拾おうとして少しかがんだところ、使えないことを示した貼り紙と透明なドアの隙間から金髪の女の顔が見え、目線があった。
幽霊。そう思った瞬間、鳥肌が立ち、彼女は慄いて後退りする。
これが良くなかった。後ろを見ていなかったために転がっていた瓶を踏んで転倒。
そのまま、彼女は宙を舞い、頭と肘を洗濯機の一台にぶつけた。
脳震盪を起こし、気絶する彼女。
一方、頭と肘の鉄槌をお見舞いされ、扉が凹んだ洗濯機はビービーと異常を知らせるアラートを鳴らす。
それに驚いたドバトがパニックになってギャアギャア喚く。
それを合図にしたかのように、ドバトが無意味にかけていた洗濯機が終了して、扉の施錠が開いた。
場はカオスを極めていた。誰が予想しただろうか。
気張りすぎるのは時には危ういことである。人生とはそういうものだ。
エリート証券マンの
それは、彼が重度の性犯罪者ということである。
彼には綺麗なものを汚すこと、とりわけ洗濯機の中へと精子をかけることにこの上ない興奮を抱くという変わった
小学生の頃に車の跳ねた泥で汚れた女子高生の姿に絵も言われぬ劣情を感じたのが、このサガの萌芽の時であった。
そして、悲しいかな、このサガは彼の高い理性の上に平然とムカデの足で乗り上がってきてしまう、相当に強いものなのだ。
今日と今日とて、仕事の疲れを発散すべく、己の欲望を解放しに来た湯浅は山本コインランドリーに目を付け、1時頃より無人になる機会を何度も伺っていたが、一向に目を通す際には人がいる。
しかし、2時半にもなると彼の煩悩はコップから溢れかけていた。限界だった。
もう諦めようかと帰路につきかけた時、やけに喚くドバトが飛んできた。
彼にはコレがサインに思えた。自らの性を曝け出せという導きに思えた。そんな訳がないのに。
一目散にコインランドリーの前に駆けてゆく。
そして現れた彼の目には、洗浄が完了して扉が少し開いた状態の洗濯機が並んでいる。
彼にとっての眩い快楽の園が広がっていた。
そこに意識を失って倒れる髪の長い女も、五月蝿いアラームも何も関係ない。
心の中で、彼は美術館に立って絵画を見ている様な気になり、その感動とともにどこか眩暈を起こす。
湯浅には今、疑似的なスタンダール効果が表れていた。
奇特な男である。
使用禁止と書かれた紙の貼られたものを除く、1段目の洗濯機の扉全てを開け放つ。
さぁ、これからパーティタイムだ。
そう思ってジーンズのチャックを壊れんばかりに勢いよく下げた瞬間、後ろからコートの襟を掴まれた。
何だこんな時にと、彼は憤りをもって振り返る。
そこには顔を
「テメェか、このモヤシ野郎!!」
湯浅の顔に拳が飛んだ。
人間、周りを見るのを怠ってはいけない。
人生とはそういうものである。
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