第2話 ドバトのチャペック

このドバトは己をチャペックと呼ぶ。チャペックはSF作家カレル・チャペックのことで、この人物の小説を読んでいたサラリーマンの姿を眺めていたなか、ふと初めて、読めた言葉であるからだ。


チャペックは知己を測ろうとする。

彼(人では無いがこの人称を使わせてもらうことにする。)は日本語が読める。そのレベルは一社会人と同等である。


チャペックはそのことが人間にとって異常なことを理解している。己が『コウモリであるとはどのようなことか』の問いに答えられる稀有な存在であるのだと、自らを特別なものであるのだと誇っている。


だから、彼は知己を測ろうとする。

己の稀有さを確認し、優越感に浸るため。




今日の彼の獲物はコインランドリーだった。

以前より、昼夜問わず異様に眩しいあそこが気になっていた。ハトはコインランドリーを使えるのか。彼は知ることに飢えていた。


時折、周りを遠目からコインランドリーの中の様子を伺う、コート姿の痩せ細った長身の男が電柱のそばから居なくなったのを確認し、集めていた100円玉をドアの隙間から足で中に入れ、自らも中に入る。



結論から言えば、洗濯機は簡単に動かすことができた。

彼はこれに気を良くし、幾つもの洗濯機を回してゆく。


その時、誰か入ってくる気配を感じた。

先程の男だろうか。とにかく天井の見えづらい位置に移動する。


しかし、入ってきたの中肉中背の男だった。

随分焦っているようで、同じところを何度も開けようとして失敗する。

そもそも、そこに中身は無い。

男もそれに気付いたのか、あたりをキョロキョロとする。


「なんで別のとこに入ってんだ!?おいおい、バレてないよな……あー、くそ!くそ!」


視線を止めると、今度は苛つきを露わにして何か言葉を吐いて出ていった。


チャペックは嵐が過ぎ去ったかと思い、飛び出そうとするも、少し待ってからの方がいいと考えて足を止めていると、また人の気配を感じた。


自らの判断が賢明であったと、チャペックはまた己の知恵の高さを誇って、心で笑みを浮かべる。


人語を解し、自己陶酔するドバト、彼の存在なんてものは学者からすれば垂涎ものだろう。しかし、彼のことを知る事はできない。意思疎通は一方通行だからである。無情だが仕方あるまい。人生とはそういうものだ。

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