第14話 『将臣』
オレは桜と杏が横で抱き合って泣いてるのを静かに見つめる。
「良くやったな……杏」
誰にも聞こえない小さな声で、オレは静かに呟く。
「いや、そんなん知らねーよ!!……ってか、違うよ!!!あいつから誘ってきたんだよ。別にオレから手を出したんじゃ無くて、あいつが手を出させるような態度を取ったのが悪いんだよ!!!!」
店の奥では宮ヶ瀬に問い詰められている龍二が、見苦しい言い訳を繰り返している。
さて……と。ここからは……オレの好きな様に……させて貰おう。
オレの心の底に……どす黒い物が……ずっと心の奥に閉じ込めていた物が少しずつ溢れ出してくる。
オレはゆっくりと首をコキコキと鳴らし、宮ヶ瀬と龍二を睨みつけた。
「カランカラン」
店のドアが開き、電話を持って外に出ていた山下が入ってくる。
「宮ケ瀬さん、失礼しました」
店に入ってきた山下が宮ヶ瀬にペコリと頭を下げる。
「あぁ……大丈夫ですよ山下さん……あの……山下さん、申し訳無いのですが今回の件は、」
バツが悪そうな顔で宮ヶ瀬が話しかけると、山下はそれを無視して宮ケ瀬の言葉を遮る。
「宮ケ瀬さん、すみません。今回の件について私は何も出来ません」
「えっ」
「申し訳ございません……先程の電話、うちの署長からの電話でして……管轄外の事に首を突っ込むな、と釘を刺されました。それと……ひいらぎ薬舗様には……その……今後関わるな、と」
先程までのヘラヘラした表情が消え、神妙な面持ちでそう伝える山下の態度に宮ヶ瀬が動揺する。
「山下さん……あの、それは……どういう意味で……」
「……宮ケ瀬さんに仔細をお伝えする訳にはいきませんが……先程の電話、署長からでしたが、その署長に今回の件を伝えた方がいらっしゃいます……」
「それは一体……どなたで?」
「私の口からは言えませんが……いずれすぐに分かるかと……」
そう言って山下は店のドアに手をかける。
「それでは私はここで失礼いたします。それと宮ケ瀬さん……今後、私とあなたは一市民と一警察官、と言う間柄になります……よろしくお願いいたします」
山下は軽く宮ヶ瀬に頭を下げ、店を出て行く。
そして開けたドアが閉まる寸前に、山下とオレの目が合う。
山下は90度に深々と頭を下げ、やがてパタンとドアが閉まった。
「……柊さん……あなた……何かしましたか?」
こちらに振り向いてそう問いかける宮ヶ瀬を、オレは無表情で見つめる。
「柊さん……あなた……一体……」
ここに来て初めて動揺を見せた宮ケ瀬の後ろで「カランカラン」と再びドアが開く。
宮ヶ瀬が再び後ろを振り返ると、真っ赤な羽根付き帽子を被ったおばちゃんが帰って来た。
「ただいま、将ちゃん……あら、先程いらっしゃった小太りのお巡りさんはどこへ?」
オレはふっと鼻を鳴らして笑う。
「何か、お偉いさんから電話があったみたいで、すっ飛んで帰って行ったよ」
「あら、そう?色々言いたい事があったのに。せっかちさんねぇ。何かあったのかしら」
そう言っておばちゃんは、はて?と小首をかしげる。
「はっはー。良く言うよ。
オレは態度を豹変させた山下を思い出して、やれやれと笑みを浮かべる。
おばちゃんとオレの会話を聞いた宮ヶ瀬が、びっくりした表情を浮かべておばちゃんを見つめる。
「ほら、宮ヶ瀬さんもびっくりしているみたいだぞ?何をやったんだよ、おばちゃん」
「えっ、大した事はしていないわよ?私の街の親切な薬屋さんに、管轄外であるお宅の署員が言いがかりを付けに来てるけど、どう言う事?って署長さんに電話をして聞いただけよ?」
「くっくっく。そりゃびっくりしただろうなぁ……
オレの言葉を聞いて、宮ヶ瀬の顔が青ざめる。
「……柳……ユリ……先生……?」
「あら、今頃気がついたの?」
おばちゃんが赤い羽根付き帽子をスッと脱ぐ。
「将ちゃんから詳しくは聞いていないけど……あなた区議会議員なのに随分と乱暴な電話を掛けてくれたみたいね。ずっと昔からこの街の人達……私も色々お世話になっているひいらぎ薬舗さんに」
おばちゃんは笑顔で宮ヶ瀬を見つめる。
「いや……決してそう言う訳では……」
「今朝、将ちゃんから電話があってねぇ。うちの党に所属している区議会議員にいちゃもんを付けられているんだけど、どうしたもんかねぇって。あらまぁそれは大変って心配になって来てみたらあなた、全然関係ない警察関係の人も来ているじゃない。私、びっくりしちゃってね。思わず秘書に調べさせて署長さんに電話を掛けちゃったわ!」
「でもこの様子じゃ、署長さんも分かってくれたみたいだし……色々な揉め事も解決したのかしらね?」
おばちゃんは抱き合ってる桜と杏を見て、にっこりと笑う。
「と、言う事で、宮ケ瀬……さんでしたっけ?今後はひいらぎ薬舗さんに……
そう言って
「……承知いたしました……」
宮ヶ瀬は叔母ちゃんに頭を深く下げる。
「良かったわね、将ちゃん。全部解決したみたいで」
その叔母ちゃんの言葉を聞いてオレはゆっくりとカウンターから出て行く。
「全部解決?してないよ?」
オレは一歩ずつ、ゆっくりゆっくりと店の奥へと歩を進める。
歩く度に、心の奥に閉じ込めていた闇が溢れ出て来るのが分かる。
オレの顔からは感情が消え、目には黒い渦が広がって行く。
そんなオレを見た叔母ちゃんの顔から笑みが消え、目がスッと冷たくなる。
「……
「……
そう言って叔母ちゃんの横を通り過ぎ、オレは宮ヶ瀬と……龍二の下へ向かう。
宮ヶ瀬はオレの顔を見た瞬間息を飲み、無意識に2,3歩
龍二は……オレの顔を見て全身を硬直させる。
どうした龍二……オレが怖いか?……そうだよなぁ、オレはお前の事を簡単に壊せる。お前が杏を壊しかけたのとは訳が違う……完全に、ぐちゃぐちゃにオレはお前を壊せる。そうだな、ひいらぎ薬舗の地下には祖父ちゃんより前の……『ひいらぎ薬舗』を名乗る前から残されている薬が寝ている。知ってるか?現在の薬機法にも引っかからない薬なのに、お前はそれを飲んだらあっと言う間に廃人になるんだぞ?……あぁダメだ……こいつにはもっと多くの苦痛を与えなければ……地獄の苦痛を長く長く味わって貰わないと。
顔が触れる距離で、オレの闇に染まった目が龍二の目を覗き込んでいると、「カランカラン」とドアが開く。
「おい、将臣~、隣の区の警察が来たんだって?お前一体、何をやったんだよ~」
そう言って笑顔で入ってきた勇次の顔が固まる。
「おい……将臣……」
勇次から笑顔が消え、身体を低く構える。
「将臣……やめろ……お前は昔の『将臣』では無い。『ひいらぎ薬舗店主』だ」
そんな勇次の声が一応耳には入るが、オレの脳には届かない。
あぁ……でもいちいち薬を飲ますなんて面倒くさい。
じっくりと苦痛を与えても良いが、こいつがいる限り杏の心に平穏は訪れないだろう。
そうだ……こいつはこの場で壊しちゃおう。
こいつは長い間、杏から光を奪った。
ならば当然の報いとして、オレもこいつから光を……
そうだそれが良い。
オレは薄い笑みを浮かべて、手をコキコキと鳴らしながら白衣に突っ込んでいた手を取り出そうとする。
「将臣っ!!!」
勇次が腰の警棒に手を乗せる。
その時オレの背後で……桜とギュッと抱きしめ合っていた杏が声を発する。
「将臣……将臣っ!私は……私はもう大丈夫……大丈夫!!!もう負けない!!!だからっ……将臣……大丈夫だから……ありがとう!!!将臣っ!!!!!」
今までとは違う、力強い杏の声を聞いてゆっくりと……少しずつオレの目から闇が消えて行く。
心の底から漏れ出ていた闇が少しずつ晴れて行く。
オレは涙を流してガクガクと震えている龍二からゆっくりと離れ、宮ヶ瀬の方に振り返る。
「
そう言ってオレは普段の表情を取り戻し、ゆっくりとカウンターの横に居る2人の下へ歩いて行った。
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