第12話 対決


 ふと目を覚ますと、オレの布団の中では杏がスースーと気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 昨夜、お風呂を出てから居間に布団を敷こうとしたら杏から「今日は一緒に寝たい」と言われ、寝室で布団を共にした。

 オレは杏を起こさない様にゆっくりと布団から出て居間に向かう。

 居間の窓を開けると昨日の雨が嘘のように上がって、陽の光と気持ちの良い風が室内に流れ込んで来た。


「さてと……どうすっかな」


 窓から晴れ渡った空を見上げていると、1階でリンリンと電話が鳴る音がする。

 時計を見るとまだ8時、開店までは1時間程ある。

 オレはゆっくりと下に降りて行き受話器を持ち上げる。


「はい、ひいらぎ薬舗です」


「……もしもし。つかぬ事を伺いますが、そちらに宮ヶ瀬みやがせ杏はお邪魔しておりますか?」


 しっかりとした、低い声の男がオレに問いかける。


「……藪から棒に。どちら様?」


「失礼。私、国新党で区議会議員やっている宮ヶ瀬と申します。実は昨夜、私の娘……宮ケ瀬杏が外出したのですが行き先が分かりませんでな……妻が娘の財布を調べていたらお宅宛の領収書が出てきまして。もしかしたらお邪魔していないかと思いインターネットでお店を調べ、連絡をさせて貰いました」


「で?私の娘はお宅に?」


 随分と高圧的な物言いである。加えて区議会議員である事や所属政党を名乗る辺り……地位で圧力を掛けたい事が見え見えである。典型的な『議員様』だな、と苦笑する。


「ええ。預かっています」


「そうですか。では午後に迎えに行きます。それまではそちらに居る様、留めておいて下さい」


「失礼ですが、お宅の娘さんがこのお店に居る理由はご存知で?」


「私達家族の事は私達自身で解決します。家庭の事情に踏み込んでいただきたくは無いですな」


 お前のバカ息子が原因でこーなってるんだろうが!!と怒鳴りそうになったがグッと我慢をする。


「そうですか、分かりました。ただこちらにも言い分があります。今現在の状況では娘さんをあなた達に返す事は出来ません」


「……返していただけないと?」


「私が娘さんを引き留めている訳ではありません。家に帰りたくないと言う娘さんの気持ちを尊重しているだけです。問題があるから娘さんは……杏は家を出たのでしょう?あなた達はまず、その問題を解決する義務があります」


「……そうですか。余り大事にはしたくないのですが……


「……くくっ。それは脅しているつもりですか?随分チンケな脅し文句ですね?……そうですね、その質問にはこう答えましょう」





「……そうですか……それでは13時頃に娘を引き取りに行きます」


 そう言ってぷつっと電話は切れた。


「返さないって言ってるのに……日本語が分からないのかな?」


 受話器を置いてやれやれと溜息を付く。

 それにしても、まさか日本の最大政党である国新党とは……。


「全く……


 首をコキコキと鳴らしながら、オレは置いた受話器を再び持ち上げた。




「……おはよ……将臣……寝しゅぎた……」


 杏が目を擦りながら居間にやって来た。


「おう、杏おはよう!朝飯出来てるぞ?」


 オレは茶碗にご飯をよそって杏に手渡す。


「うにゅ……ありがとう」


 杏は微笑みながらテーブルの前に座り、茶碗を受け取る。


「……あっ、そうそう。さっきな、電話があった。区議会議員の宮ケ瀬って男から」


「えっっっ!」


 驚いた杏は茶碗を持ったまま固まってしまう。


「お継父さんが……でも……どうして……ここが……」


「ん?何か、お前の財布の中に領収証が入っていたとか。うち宛の。ほれ、この前色々お店の備品の買い出しを頼んだだろ?多分それだろ」


「……将臣……ごめん……」


「ん?何が?」


「将臣に迷惑を……掛けちゃう……」


「だいじょーぶだいじょーぶ。区議会議員の一人や二人でビビる程、肝っ玉は小さくないぞ?」


「でも……きっとお継父さんの事だから……何をしてくるか……」


「心配すんなって。ほれ、冷める前に飯を食え」


「うん……」


 そう返事はするものの、杏は固まったまま茶碗をじっと見つめる。


「なぁ杏」


「ん?」


「お前の兄貴の件な」


「……うん……」


「杏の口から言うのが無理ならば……オレから両親に伝えても良い。ただもし……出来る事ならば、お前の口から真実を伝えろ」


「えっ……」


「きっとオレの口から言ってもあの親父は認めないだろうし、認めたとしても何だかんだ理由をつけてなぁなぁに収めるだろう」


「私に……出来……るかな」


「お前はこれまで一人で戦ってきた……でも今日は違う。お前の横にはオレがいる。オレが……守ってやる」


「……う……ん。私……やってみる……将臣がいてくれるなら……やってみる!!!」


 杏は顔を上げてオレをじっと見つめる。


「良い顔だ」


 オレはニヤリと笑う。


「さ、じゃとりあえず飯を食え。腹一杯にならないと元気にはならないからな?」


 そう言ってオレはお茶をぐいっと飲み干した。






「どうだいおばちゃん、最近身体の調子の方は?」


「悪くないわね。将ちゃんのお薬のお陰かしらね?」


「そりゃ良かった。……時におばちゃん……今日はまた……一段と派手な格好で」


 おばちゃんの頭のてっぺんから爪先まで眺め、思わず苦笑する。


「あら、そう?この帽子、知り合いから貰ったのよ?素敵だと思わない?」


「いやー……おばちゃんのイメージカラーが赤だからって……上下赤い服に赤い靴、おまけに真っ赤な色の羽根付き帽子は……かなり目立つなぁ」


「あら、嬉しい。私が居るのは目立ってなんぼの世界ですからね」


「あっはっは。まぁ、確かにね」


 カウンターに立ってそんな世間話をしていると、カランカランとドアが開き背の高い男と、ずんぐりとした体型の男、それに中年の女性と……最後に軽薄そうな……嫌な笑みを浮かべた若い男が店内に入って来た。


 時計をちらっと見ると丁度13時を指している。

 やれやれ、おいでなすったか……と、オレはふぅと一息吐き、団体に声を掛ける。


「いらっしゃい。随分と人が多いけど……誰が病人で誰が付き添い?」


「宮ヶ瀬です」


 背の高い男が良く通る声で名乗り、真っ直ぐにこちらを見つめる。


「あぁ、今朝の電話ではどーも。で、そっちの人達は?」


「こちらは私の妻で……杏の母親の桜です」


 桜と呼ばれた女性はオレを見てペコリと頭を下げる。


「こちらの方は南野町の警察署で生活安全課の課長をされている山下さん」


「山下です」


 小太りの男がニヤけながら頭を下げる。


「後ろに居るのは私の息子で、杏の兄の龍二です」


「どーも」


 龍二はこちらを見ずダルそうにしながら適当に挨拶をする。


「随分とまぁ大所帯で来ましたねぇ宮ケ瀬さん……ところで何故、南野町の……隣区の生活安全課の課長さんが同伴しているのですか?ひいらぎ薬舗ここは管轄外ですよ?」


「山下さんは私的な知り合いでしてな。ひいらぎ薬舗さんの事を話したら是非同席したいと申されましてね」


「そりゃ、交友関係が広い事で」


 オレは肩を竦める。


「将ちゃん将ちゃん」


「ん?何だいおばちゃん?」


「私、ちょっと席を外すわね?」


「あぁ、悪いね」


「すみません、私ちょっと席を外しますね?」


 そう言っておばちゃんは宮ヶ瀬達に頭を下げながら外に出て行った。




「さて、部外者がいなくなった所で……早速だが杏を返していただきたい」


 宮ヶ瀬がオレを睨みながら圧を掛けてくる。


「返すも何も……本人が帰りたくないと言ってるだけでオレは別に監禁している訳でもなんでもないのだが?」


「杏はまだ18歳だ。成人年齢が引き下げられたとは言えまだまだ世間知らずの子供だ。良く無い輩にたぶらかされる事だってあるだろう」


「ん?その言い方だと、オレが杏を誑かしているように聞こえるなぁ」


「違うのか?」


「違うね」


 オレは宮ヶ瀬を睨み返す。


「そもそもお前等は杏が家を出た本当の理由を知っているのか?」


「あなたは……柊さんは知っているんですか?娘が……杏が……ああなってしまった理由を」


 母親の桜が口を挟む。

 宮ヶ瀬がお前は黙っていろと桜をたしなめるが、それを無視してオレの方に詰め寄ってくる。


「オレの口からは……言えないな。どうせオレが伝えた所でお前等はそれを信じないんだろう?」


「どーせ知らないんだろ?お前みたいな奴はさっさと捕まれば良いのにな」


 龍二が薄っぺらい笑みを浮かべ、バカにしたように吐き捨てる。


「龍二……お前も黙ってろ」


「へいへい」


 龍二は父親に注意をされぷいっとそっぽを向く。


「柊さん。電話でも伝えた通り、私達家族の事は私達で解決する。部外者のあなたには入り込んでいただきたくない。それでも首を突っ込むと言うならば……こちらにも考えがある」


「どうすると?」


「今日は、挨拶も兼ねていたのでとりあえず生活安全課を連れてきたが……次回は刑事課の知り合いを連れてくる」


「脅しかい?」


「どう取って貰っても構わない」


 オレと宮ヶ瀬が睨み合っていると、2階からトントントンと階段を降りてくる音がする。

 ふいっと後ろを向くと、手をギュッと握って前を真っ直ぐ見つめる杏が姿を見せる。



「お継父さん……お願い……もうやめて!」



 10坪程の狭いこの場所で、杏の最後の戦いが始まった。





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