第8話 杏の想い
「それじゃおやすみー。ゆっくり休めよ?」
「うん。ありがとう将臣。おやすみなさい」
そう言って、やや長めの風呂から出た杏は寝室に歩いて行った。
オレは杏の後ろ姿を見送った後、居間の電気を消し布団に潜り込む。
何にしても杏が無事で良かった、と布団の中でうとうとしていると寝ている後ろで足音がした。
気のせいかな?と思い振り向こうとすると、ガサガサと音がして布団に『何か』が潜り込んできた。
『何か』と言っても……この家にはオレと杏しかいないのだが。
布団に入ったまま身体の向きを変え、掛け布団を
「……何やってんの、杏」
「……」
「かくれんぼか?」
「……」
「……将臣っ」
小さい声でオレの名前を呼び、杏がギュッと抱きついて来る。
「んー?……どうした、怖い夢でも見たか?」
オレは抱きついて来た杏の頭を撫でてやる。
杏の身体が一瞬ビクッと固くなるが、暫くすると身体の力が抜けオレの胸に顔を埋める。
「将臣……私……将臣の事が……好き」
「……そりゃどーも」
そう言ってオレは杏の頭を撫で続ける。
「将臣にだったら……私……良い……よ?」
オレに抱き付く力が一層ギュッと強くなり、絞り出すような声で杏はオレに想いを伝える。
杏なりに精一杯の想いを伝えてくれたのだろう。それはとても光栄で有り難い事だ。
だが、オレは杏を抱く訳には行かない。
杏はたまたまここで雨宿りをしているだけだ。この後ちゃんと雨が止めばまた明るい世界に向かって歩き出して行くべきだ。
その邪魔をする存在になるべきでは無い。
「……杏?さっきも話しただろ?オレはお前にそう言う見返りを」
「違うの!!……見返りとかそう言うんじゃないの!!私は……私の意志で、将臣の物に……なりたいの……」
「杏……お前はまだ若い。それに今は様々な事がお前に降りかかり、勘違いしやすい状態だ。オレはお前に好かれるような……杏の純潔を貰えるような人間では無い」
「そんな勘違いなんかじゃっ……ううん、勘違いでも良い!私は将臣が好き!!」
オレを抱きしめる杏の力が更に強くなる。
杏の身体からは……オレと同じシャンプー、同じ石鹸を使っているにも関わらず、杏自身から発せられるとても心地良い……そして官能的な匂いが立ち上がり、オレの脳を満たして行く。
オレを強く抱きしめる杏の身体は想像以上にふくよかで否が応でも劣情を刺激する。
(杏……まだ蕾とは言え、お前は自分が思っているよりも素敵な子なんだぞ?オレだってこんな状態で理性を保つなんて結構難しいんだぞ?)と心の中で苦笑しつつ、オレは杏に優しく話しかける。
「分かったよ杏。お前の気持ちは受け取った。でもな、きっとお前にはまだオレにも話していない……話せていない事があるだろ?家出の原因となった……何かが。や、それを無理やり話せと言うんじゃない。話したくない事は話さなくても良い。ただそれを乗り越えて……杏を覆っている影を跳ね除けて、新しい道に歩みだそうとした時にそれでもまだオレの事を好いていてくれたのなら……杏の気持ちに対して答えを出すよ。今は……しっかり心も身体も休ませて……その時の為に力を蓄えておけ」
「……」
「もし、心配事や悩みで潰されそうになったら……また布団に潜り込んで来い。たまになら……こうやって抱きしめてやるから」
「……うぅ……ぐすっ」
杏はオレの胸の中で静かに涙を流す。
「……将臣……大好き……」
「……あぁ、ありがとう。杏のみたいな子にそう言って貰えて……光栄だよ」
そう言ってオレも、杏をキュッと優しく抱きしめる。
暫くそうやって抱き合っていると、杏の泣き声が止み、やがてスースーと気持ち良さげな寝息へと変わる。
椿もそうだが……女の子の真っ直ぐな気持ちと言うのは強いもんだな、と改めて思う。
……や、違うか……オレが……臆病者なだけか……
オレは何となく情けない苦笑いを浮かべ、ゆっくりと眠りに落ちていった。
夜が開けきらぬ早朝、ふと遠くで聞き慣れた音がして目が覚めた私は、将臣を起こさない様にそっと布団から出て寝息を立てている将臣を見つめる。
「将臣……大好き」
小さくそう呟いた後、私はゆっくりと居間を出て寝室に向かう。
寝室の畳の上には充電コードに繋がれたスマートフォンが置いてあり、画面が明るくなっていた。
私はスマートフォンを手に取り画面を見つめる。
そこには通信アプリに着信があったお知らせが表示されていた。
震える手で通信アプリを開くとそこには……お母さんからのメッセージが届いていた。
『もう待てません。帰ってきなさい。帰ってこなければ、警察に捜索願を出します』
私は無意識に小さい声で『いやっ』と呟き、ぎゅうううっと手を握りしめた。
「ふわぁ~」
大きく伸びをして布団から上半身を起こすと、いつもの様にテーブルの上には朝食の用意がしてあった。
「おはよっ、将臣」
「おう、おあよー杏」
むにゃむにゃと目を擦りながらテーブルの前に座る。
「ねぇ、将臣?私ね、一度家に戻ろうと思うの」
茶碗にご飯をよそいながら杏はこちらを見ずにそう告げる。
「んん~?……何かあったか?杏」
「……お母さんが帰って来いって。スマートフォンにメッセージが来た。帰って来ないなら捜索願を出すって」
「成程、ね」
とうとう来たか、とオレは溜息を付く。
母親の気持ちも分からなくはない。杏がここに来て大分経つが、幾ら『安全な所にいるから』と連絡を入れさせたとは言え、親であれば気が気でないだろう。
普通だったら、オレも早く家に帰って親を安心させてやれ……と言う。
だがしかし……杏には
それが何かは分からない。
無理に聞きだそうとしても、杏の傷を抉るだけだろう。
自然と杏の口から伝えて来るのを待っていたがどうやら時間切れの様である。
「将臣には迷惑を掛けられないし……」
「な~に言ってんだよ。迷惑な訳ないだろ?捜索願の1つや2つで日和る程、オレの肝っ玉は小さくないぞ?」
「ふふっ……ありがと」
実際に、捜索願が出されて家に警察が来たとしても問題ない。
ただ問題は、事が大きくなって杏が隠したがっている本当の家出の理由が大っぴらになった場合だ。
場合によっては杏の心を大きく傷つけてしまうかもしれない。
それは絶対に避けたい事だ……
「……将臣……私……頑張ってお母さんとお話してくるね」
「……おう。何かあったらいつでも連絡して来い。すっ飛んで行ってやるから」
「ふふふっ。うん。頼りにしてる」
そう言って杏は目に一杯の涙を溜めながら、食事を進めて行く。
そして、その日のお昼過ぎ。
杏は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます