第5話 偽りの仲間




 とぼとぼと下を向きながらディスカウントショップに向かう途中、突然肩を掴まれて私はギョッとしてしまう。


「えっ!」


 慌てて振り向くとそこには広場で仲良くなった女の子……夕美ゆうみちゃんが居た。


「杏ちゃんじゃん!久しぶり!!」


「あっ……久しぶり……」


「この前は勧めた咳止め買いに行ってから帰ってこなかったからさぁ!補導でもされちゃったのかと思ったよ!!大丈夫だった?」


「……うん……大丈夫だった……よ」


「あの日は帰ってこなかったけど、どうしたのさ?」


「うん……結局街外れのお店でも買えなかったから……一度、家に帰ったよ……」


 将臣との事は……何となく話したくなかったので、私は咄嗟に嘘を付く。


「えっ!???大丈夫だったの?」


「大丈夫……だったよ」


「そっかー。でもあんな糞家、早く出てきちゃいなよ!」


「う……ん」


 将臣の家で洗い流された穢れの様な物が、再びどんどん自分に纏わり付いて身体の中に入ってくる感覚に襲われる。


「そうだ!今、皆でファミレスに集まってるみたいで、私もこれから行くんだけどさっ。杏ちゃんも行こっ!」


「あっ、でも私、買うものがあって……」


「お買い物なんて後でで良いよ!また家から出てきたんでしょ?だったら時間なんてたっぷりあるし!さっ、行こっ!」


 私は夕美ちゃんの誘いを断る事が出来ず、手を引っ張られながら広場の方へ向かって行った。





「ぎゃははははは!マジウケる!!!!!」


「でっしょー!?あのクソおじ、ほんとウザいわ。終わったらさっさと金置いて帰れって!!」


 ファミレスに入ると、広場の人達が10人くらい集まっていて、大きな声を出して笑っていた。


「やっほー」


 夕美ちゃんがファミレスの入り口で集団に向かって手を振る。


「おっ、夕美じゃーん!こっちこっちー!」


 こちらに気がついた男の子が大きく手を振る。


「行こっ、杏ちゃん」


「う……ん」


 そう言って手を引っ張られてその集団の元へと向かう。


「あれ、その子」


 集団の中の一人が私に気が付き声を掛ける。


「そそっ、杏ちゃん!さっきたまたま会ったから連れてきちゃった!!」


「おー、可愛い女の子なら大歓迎!!!」


 そう言って一人の男の子が横にずれて座る場所を作り、ポンポンとソファーを叩く。


「出たっ!たかしは目をつけるのが早いからな~。杏ちゃん、こいつ超ヤリチンだから気をつけな?」


 別の男の子がニヤけながら私に話しかける。


「ばっか!!!ヤリチンはヤリチンでもオレには愛があるからな!!!」


「どこがだよ!!!」


 そんな下品な会話をしながらみんな手を叩いて笑ってる。


「夕美ちゃん……やっぱり私……帰ろうかな」


 小さい声でそう伝えると、夕美ちゃんは驚いた表情を浮かべる。


「えっ、そうなの??この後、暇じゃないの??」


「お買い物があって……」


「それはさっき聞いたよ。別にファミレスを出てからでも良いじゃん。時間はいっぱいあるんだし。それとも、あるの?」


『帰る場所』と言われてグッと詰まってしまう。

 真っ先に将臣を……ひいらぎ薬舗を思い出したけれど……椿の事が頭に浮かんでしまう。

 私は……邪魔なのではないだろうか……

 そんな暗い気持ちが……ドロドロとした黒い物が私の心を覆って行く。


「帰る場所は……特に……無い」


「じゃあ、楽しも?良いんだよ別に面倒くさい事は考えなくて。今が良ければ!!」


 そう言って夕美ちゃんは私の背中を押し、隆と呼ばれた男の子の横に座らせる。


 心地良い将臣の匂いとは違う、キツい香水の匂いを感じ、ただただ私は暗闇に包まれていった。




「あー、楽しかった!!!」


 ファミレスの外に出た夕美ちゃんがぐぐっと伸びをする。

 辺りはすっかりと暗くなっていた。

 広場の仲間内では皆でお金を出し合う、と言うのが慣例になっていて私は将臣から貰ったバイト代――封筒の中に入っていた一万円札――を差し出した。


「お、諭吉さん!あざっす!!」と隆君が言って、私の人生で初めて貰ったバイト代は皆のご飯代に消えて行った。


 正直、ファミレスで会話した事は何も覚えていない。

 ひたすらに苦痛で……こんな時間は早く終わって欲しいと心の底から思っていた。

 只々それだけだった。


「ねぇねぇ杏ちゃん、この後どうするの?」


「えっ?」


「お買い物があるって言ってたじゃん」


「……うん……」


 そうだ。私は、将臣の為に食材を買いに……そして初めて貰ったバイト代で将臣に何かお礼の物を買って行こうと思っていたのだ……なのに……何を……やっているんだろう。


「んとね?もしお買い物に行かないんだったら……何かね、隆が杏ちゃんの事を気に入ったみたいで、この後2人きりになれないかなって言ってたよ?」


「……」


 私は黒くてドロドロな物に満たされた頭で夕美ちゃんの話を聞く。


「確かに、隆は女癖悪いけど結構上手いし……ふふっ、杏ちゃんも意外とハマるかもよ?」


 夕美ちゃんは嫌な笑みをこちらに向ける。


 どうして……どうしてみんなそう言う事を私に強制するんだろう……

 それが普通の事なのだろうか……いっその事、穢れてしまえば私にも分かるのだろうか……

 私も夕美ちゃんみたいになるのだろうか……


「……うん……行く……よ」


「あっ、ほんと?隆、喜ぶよきっと」


 夕美ちゃんは屈託のない笑顔を浮かべる。

 その夕美ちゃんの笑顔を見て……何故か私には悪魔が笑っている風に見えてしまった。






「いやー、嬉しいな!!杏ちゃんがオレのお誘いに乗ってくれて!!」


 そう言いながら、隆君は私の肩を抱き繁華街を歩く。

 目的地は少し外れにあるホテル街だ。

 私は下を向きながら何も考えられず、まるで底なし沼に嵌った様な重い足をただただ引きずる。


「あれ、杏ちゃん緊張しちゃってるかな?だいじょーぶ!!!オレ結構上手いから!!!」


 薄っぺらい笑みを浮かべながらヘラヘラと笑う隆君に……この男にこれから抱かれるのかと思うと、心の奥底にある僅かな理性が全力でそれを拒否をするが、それすらも黒い物で覆われてしまう。


「さっ、着いた着いた。ここ、安くても結構長居できて良いホテルんだなよ」


 そう言って隆君が私の手を引っ張るが……私の足が……私の身体がそれを拒否する。


「あれ、どうしたの?杏ちゃん?」


 下を向いて立ち止まった私の顔を覗き込み、相変わらずの軽薄な笑みを浮かべる。


「ん?余り経験ないからビビっちゃったかな?大丈夫大丈夫、やっちゃえば大した事ないって」


 隆君はぐいっと私の手を引っ張って強引に中へ連れて行く。

 そしてホテルの門をくぐる寸前、ふと後ろから聞き慣れた声がした。



「なーにやってるんだ、お前」



 私はその聞き慣れた声を耳にした瞬間、両目から大粒の涙をこぼしてゆっくりと振り返る。

 そこには、いつも着ている丈の長い白衣を纏ったまま……やれやれと言った表情で、将臣が私を見つめていた。






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