第4話 気づかぬ嫉妬
「将臣、おはよ」
「ん~、んむぅ~……もう朝か……ふわぁ~」
杏の声で起きたオレは、居間の片隅に敷かれた布団から起き、ぐぐっと伸びをする。
ふとテーブルに目をやると、いつも通り朝食の用意がしてあった。
「おっ、今日はスクランブルエッグとトーストか。こう言うのも良いな」
「良かった。ずっと和食で作ってたけど……たまには洋食も良いかなって」
杏はニコッと笑って、台所にパタパタと走って行く。
杏がここに来て丁度1週間が経った。
いつの間にか朝食は必ず杏が作る事になり、毎朝起きると食事の用意が出来ている。
「何だか新婚さんみたいじゃーん」と茶化したら、顔を真赤にしながらグーパンをしてくる位に元気になったので、まぁオレとしてもホッとしている。
部屋の掃除もしつつ、たまに店に降りて来て店内の掃除やら店先の掃除もしてくれるので周りからは、「えっ?どうしたのこの子?
その度に「預かってる子だよ」と言い訳するが……まぁ概ね評判は悪くないので放って置く事にした。
「今日はお昼前にお買い物へ行って来ようと思うの。色々冷蔵庫の中の食材も無くなってきたし」
「おうおう、ありがとうな。一緒に行かなくて大丈夫か?」
「うん。他にも幾つか買いたい物もあるし大丈夫だよ」
「そっか。ならお願いしよっかな……あっそうだ」
オレは後ろにある棚から封筒を2通取り出す。
「はい、こっちはお買い物用のお金が入ってるからお会計はここから使って」
「うん」
「で、こっちがバイト代。大して入ってないけど、まぁ何かの足しにして」
そう言って2通の封筒を杏に差し出す。
「えっ……だって、私、居候させて貰ってるのに……それに最初の約束で食事と掃除はするって決めていたし……」
「最初の約束は部屋の掃除だけだろ?お店の掃除やら外の掃除は別料金だ。ま、さっき言った通り、バイト代だと思っておけ。大した金額は入ってないから期待するなよ?」
「……でも……」
「杏。これは杏がきちんと働いた分の対価だ。受け取るべき物だ」
オレは少し真面目な口調で杏をじっと見つめる。
「……うん……ありがとう……大切に……使うね」
杏は2通の封筒をしっかりと受け取る。
「おう。ま、スイーツとか美味しい物でも食べて来い。大体、杏達の年代は痩せ過ぎなんだよ。もっと食え」
「……デブ専」
「デブ専言うな」
「ふふっ」
「さて、それじゃオレは店を開けてくるわ」
「行ってらっしゃい。私は後片付けをしちゃうね」
「よろしく頼むわ。さて、今日も仕事しますかー!」
そう言ってオレは首をコキコキ鳴らしながら1階へと降りて行った。
「カランカラン」とドアが開く音がする。
「いらっしゃ……何だよ、誰かと思ったら……珍しいじゃんか」
「久しぶり。将臣」
「……久しぶりだなぁ、
オレは目の前に立つ女性……昔の恋人であった椿を見つめる。
スラッとした体型で、パッチリとした大きな目にスッと通った鼻筋、こちらを見る笑顔もまー美しい事。
「相変わらず、美人な事で」
「あら、逃した魚は大きかった?ヨリを戻す?」
「ははっ。お前とは住む世界が違うよ。オレはここで地味に生きて行くのがお似合いさ」
そう言ってオレは肩を
「ふふっ。相変わらず自己評価が低いのね……私は逃した魚は大きかったと思っているのに」
椿はこちらをじっと見つめる。
「よせよせ。終わった事だ。ってか、いつ日本に戻ってきたんだ?」
「一昨日くらいね」
「ほーん。相変わらず色々忙しそうだな。で、今日はどうした?風邪でも引いたか?」
「忘れ物を取りに」
「ん?実家に?」
「いいえ、
「
「そう……あなたを取りに」
「……何の冗談だ?」
「冗談じゃないわ」
変わらぬ笑顔でこちらを見つめてくるが、その目は一切笑っていない。
相変わらず……意志の強さは変わらんなぁとオレは心の中で苦笑する。
「……さっきも言ったけど、終わった話だ。オレはこの店から動くつもりはない」
「そう?……確かに昔はそう言われて諦めたけど……今回は首に輪っかを付けてでも連れて行くつもりよ?」
「とんだ女王様だな」
「あら?夜はあなたがご主人様だったけれどもね?」
オレは深い溜息を付く。
ほんっと昔からこいつは……強い女だ。
そう苦笑いをしていると2階から杏が降りて来る音がする。
「あ、いらっしゃいませ……将臣、私そろそろお買い物に行ってくるね?」
「あら、こんにちは……ふふっ、将臣。大分趣味が変わったようね?」
「よせよ。この子はそう言うんじゃ無いよ。期間限定で預かっているだけだ」
「あら、そう」
「あっ、それじゃ私、行ってきます……」
そう言って杏はパタパタと走って店の外に出て行った。
「期間限定で預かっているって……一緒に住んでいるの?」
「ん?今の所はな」
「ふ~ん……理由は知らないけど、相変わらず……人が良いわね。将臣は」
「ほっとけ」
「ふふっ。……ただ、あの子……随分と影があるわね」
「あれでも大分マシになったんだぞ?……まぁ色々あるんだよ。人それぞれ、みんな色々とな」
オレは杏が出て行った扉をじっと見つめる。
「ま、さっきの話だが、何度も言うがオレはここを動くつもりは無い。悪いな、椿」
「ええ。わかったわ。でも今回はそんな簡単に諦めるつもりは無いの」
椿はオレを見てニッコリと笑う
「
そう言って椿はクルッと背を向け、店の外に出て行った。
「全く……やれやれだ」
オレは大きな溜息を付き、首をコキコキと鳴らした。
私はお店が見えなくなる所まで走った後、立ち止まり下を向いて肩で息をする。
心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしているのは、走ってお店から出たからであろうか。それとも……将臣とあの女性の会話を聞いてしまったからであろうか……
1階で話し声がしたので簡単に挨拶をしてお買い物に行こうとしたら……将臣とあの椿と呼ばれていた女性の話が耳に入ってしまい、思わず盗み聞きをしてしまった。
……将臣だって大人の男性である。付き合っていた人がいたって不思議では無い。
ただ……将臣の昔の彼女さん……椿さん……物凄く綺麗だった……
それにヨリを戻したいって言っていた……将臣は乗り気じゃなさそうではあったけれど……
私は将臣の事を男の人としては見ていなかった筈なのに……私は男の人が苦手な筈なのに……胸がチクチクして……ザワザワして……いても立ってもいられなくて、走って出てきてしまった。
「将臣……」
朝食の嬉しかった時の気持ちなんて吹き飛んでしまい、私はとぼとぼと下を向きながら買い物に向かった。
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