「suicide 私が死んでも、世界は1ミリも変わらない ━短編小説━」

織田 由紀夫

私が死んでも、世界は一ミリも変わらない

     1



「おいっ、高橋。聞いてるのか?」


「は、はい」


「だから、何回も聞いているだろう。この場合Xは何乗になるんだ?」


「え・・・・・・と、その・・・・・・」


「お前なぁ、これから追い込みかける受験生のレベルじゃないぞ」


数学の教師からは酷く叱責された。


教室内に笑いが響いた。


顔を赤らめた愛は、すぐさま広志を見た。


広志は軽く笑って見せた。


愛は更に恥ずかしくなって、机の上の教科書をジッと見つめた。




愛は何処にでも居る普通の中学生だった。


来年には、受験が控えている。


志望校等、何処でも良かった。


ただ、好きな美術を続けられれば、本当に何処でも良かった。


昼休みのチャイムが校内に響き渡る。



「ねぇ、愛。今度、広志君と渡辺君誘って遊びに行こうよ」

 

カナは渡辺と付き合っていた。カナの話ではAの後半まで済んでいるらしい。


そんなカナをしり目に、自分はCの限界値まで行っている等と口が裂けても言えなった。


愛は、大好きな広志とそう言う関係になりたかった。


小学校の頃からずっと好きだった広志と、キスをして見たかった。


「どこ行くの?」


「カラオケ行こうよ。愛も広志君の歌、聴きたいでしょう?」


「カラオケかぁ・・・・・・。う~ん」


そこまで言うと、渡辺が話に割り込んで来た。


「何、話してんの?あっ、今度の土曜日?カラオケ?行く、行く!広志も行くだろ?」


広志は軽く頷きながら、いいよと言った。



     2



「ほら、愛ちゃん。大きな口開けて」


塁はいつもの手順と手つきで、愛の頭を掴んでいた。


自分のペニスを愛の喉奥まで突っ込むのが、塁のお気に入りのプレイだった。


「あぁ、そう。もっと舌先を使って。そうそう」


世間一般ではイラマチオと呼ばれる行為だった。


塁はパンパンに膨れ上がったペニスにコンドームを付けた。


「ほら、愛ちゃん、挿れるよ」


愛は小学校高学年から続いているこの行為に、何一つ感じなかった。


自分の父親とするセックスは、ペニスを挿れられる度に死にたくなった。


生理的に体が反応して気持ち良くなる時もあったが、行為が終われば愛はリストカットをした。


自分の父親からの性行為に対して、反応している自分の体が憎らしかった。


小学校五年生の時、フェラチオを教えられた。


中学生に上がった時、処女を捨てた。


ママが寝静まった頃を見計らってアイツはやって来る。


大きな鼻息をつきながら。


自分の娘に対して性的興奮を覚えるアイツは、変態だった。性的倒錯者だろう。


この間はバイブを挿れられた。


行為の間、愛は一言も発しない。


ただ、アイツの思うがままにされるだけだ。


万が一、妊娠すれば大変だとコンドームは欠かさなかった。


そんな抜け目の無いアイツに、愛は殺意を覚えていた。


殺すか。死ぬか。


愛は好きな美術をどうすれば続けられるか天秤に掛けていた。


殺せば、逮捕。


死ねば、あの世。


死んでしまったら、もう二度と、カナや渡辺君、そして大好きな広志とも会えなくなる。


もう二度と、デッサンも出来なくなる。


どんな時もキャンバスは私の事を待ってくれている筈だった。


それでも父親との性行為は、誰にも打ち明ける事が出来なかった。


そうして今夜もアイツのザーメンは発射された。



     3



 「今度、お母さんと一緒に来てくれませんか?」

 

パソコンの画面に目をやると、愛の主治医は言った。


「どうしてですか?」


「う~ん・・・・・・ちょっと愛さんの体で気になる事があってね」


「気になる事って何ですか?」


「それは、お母さんが来たら言いますよ」


主治医が愛にそう告げた。


そして、その日も愛は精神安定薬を大量に貰って来た。





     4


愛の気持ちが固まった。


アイツを殺してみた所で逮捕され、私刑になり生き続けるのもバカくさい。


それならば、潔くと愛は死を選んだ。


カナに対して、今まで父親からされて来た蛮行の数々をラインにしたためた。


撮られた動画や、写真も添付した。


警察に行ってくれとも書いた。


そして、広志を好きだったと伝えてくれと。


愛は最後に便せんにこう書き記した。


「ママ、今まで本当にありがとう。

 私はママの子供で幸せだったよ。

 少し先に行くから、ママの事、待ってるね。

 ママ愛してる。ありがとう」


愛は、誰も居ないリビングのテーブルにソッと便せんを置いた。




     5



愛は、この間貰って来た安定薬をODした。


そして、コンビニで買って来たストロングゼロのチューハイを二本、一気飲みした。


そのままの勢いでマンションの非常階段を上って行った。


意識があったのかどうかは、愛にしか分からない。


愛が屋上に着くと、フワッと風が吹いた。


愛は、今から自分もこの風になると思えば、何だか不思議で笑った。


哀しみの涙は流れなかった。


カナに全ての真相を告げてある。


愛は安全柵を乗り越えた。


八階建てのマンションの屋上には、想像以上に突風が吹き抜けて来る。


寒かった。愛の手は、かじかんでいた。小刻みに震える指先をこれでもかと噛んだ。


温かった。その温もりは広志の優しさと似ていた。


愛は、最後に広志の手を握ってみたかった。


好きな人の手は一体、どんな温もりがあるのだろう。


きっと、汚れたアイツの肉体なんか、比べ物にならないだろう。


カナ、ごめんね。最後の最後まで迷惑かけて。


渡辺君、カナの事、大切にしてね。


広志君、ずっとずっと好きだったよ。




私がこの世から居なくなっても、


私が死んでも世界は一ミリも変わらない。


愛は呟いた。


そして、愛は目を瞑り、大きく息を吸い吐き出しながら飛び降りた。


その瞬間に、愛のスマホにカナからの電話が鳴った。


愛の飛び降りるスピードに着信メロディがこだまする。


二度と取る事の出来ない、カナからの電話だった。



愛は真っ白なスケッチブックに、


限りなく黒に近い赤の絵の具を塗だくった様に、アスファルトに叩き付けられた。




そこには、愛の最期の作品が仕上がった夜があった。






 






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「suicide 私が死んでも、世界は1ミリも変わらない ━短編小説━」 織田 由紀夫 @yukio-oda

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