HYOUKA
「雪原の王はワシに向かって前足を振り回してきた、右に、左に。その爪はワシの纏っていた毛皮を切り裂き、胸の前に構えていたハンマーのアタマ部分すらその爪で削っているようじゃった。いつしかワシは尻もちをついていて、そして、雪原の王に組み伏され、ヤツはワシの首の辺りを狙って噛みついてこようとしたんじゃ。その時ワシは最後の抵抗とばかりに、ヤツの口にハンマーのアタマを突っ込んでやった。ひるむのか、激昂するのか、ワシはヤツの挙動を見逃すまいと目を見開いて見ておった」
「うんうん、それで?」
カイが話を急かす。
「すると、雪原の王はワシから離れ、そのハンマーを舐めたり齧ったりし始めた。ヒトのアタマほどある大きさの、そのハンマーヘッドを大事そうに両手で持って」
「なにそれ、どういうことだよ」
カイがそう言っている横でジョージは両手を当てて顔を隠すような恰好をしている。
「雪原の王の気まぐれじゃろうか。でも、ワシはジョージのハンマーのおかげでその場を離れる事ができた。こうやって今も生きておるのはジョージのおかげだ。ありがとう、ジョージ」
ブブ爺はジョージに向かってしみじみと頭を下げる。顔に当てた両手の指の隙間からそれを見たジョージは言った。「ちょっと待ってくれ。なんというか、スマン、ブブ爺」と。
「あのAZハンマー、実用性をまるで考えなかった訳じゃないんだが、そうなんだよな。過酷な環境下では人間の命を守る武器なんだよな。アザラシの狩りに重宝したと聞いた時は素直に喜んだんだが、まさか、そんな危険な目に遭った時の身を守る武器になっただなんて……」
ジョージは両手を床について絞り出すような声でそう言った。
「何を謝ることがある、ジョージ。ワシは感謝しておると言っているのに」
ブブ爺は怪訝な顔でジョージを見ている。
「あのハンマーを渡す時に言ったと思うんだ。これは室内に持って入るなと、常に雪の中に突っ込んでおけと」
「あぁ、そう言っておったな。その言いつけは守っておったぞ」
「暖かくなるころには驚くかもしれない、なんてことも言ったハズだ」
「そうじゃったかの。そんな事を言われた気もするし、言われておらん気もするが」
「オレは日本の企業、イムラ……、あっ、ヒマラヤって勘違いはここからか……。あ、イヤ。オレは井村屋という会社で開発担当をしているんだが。そこでな、あずきバーというとても堅い氷菓でハンマーを作ろうと思い立ったんだ。だから、つまり、その、ブブ爺が絶体絶命の時に手に持っていたのは……」
「まさか、食べ物、氷菓だったっていう事!?」
カイが大きな声を上げる。
「ジョージ……」
ブブ爺はそう言いながら立ち上がり、ジョージに近づいた。
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