ハナレバナレ
「お父さんとお母さんは別々に暮らすことになった。お前達には、本当に申し訳ないと思っている、、、」
それまで幸せな生活を送ってきた坂木家の破綻が、父親の口からアイとケイに伝えられたのは、彼女達が小学6年生になったばかりの春だった。
それは、あまりにも突然の事だった。
初めはなにかの冗談かと思い、二人とも真に受けていなかったが、父親の今まで見たことのないような神妙な表情や口調、そして隣で座っている母の涙が、どうやらそれが真実であるということを物語っていた。
やり場のない怒りや悲しみ、戸惑いの感情が入り乱れ、ケイとアイは大声を上げて泣いた。なんとか気持ちを落ち着かせようと、無意識のうちに二人はお互いの手を握り合っていた。
そんな二人に、父親から更に残酷な一言が告げられた。
「お前達は今後、お父さんかお母さんのどちらと暮らしていくのかを早いうちに決めなければならない。二人でよくよく話し合って、どうするか決めてほしい」
「そんな、、、なんでみんなで一緒に暮らせないの、、、」
ケイが漏れ出る嗚咽の合間に、かろうじてそう絞り出した。
「ごめん、、、これは本当にお父さんとお母さんの都合なんだ、、、」
どれだけ理由問い詰めても、両親の口からそうなったいきさつが伝えられる事はなかった。
その晩、部屋に戻った二人は自分達の未来の事について話し合う気にはなれず、代わりに同じベッドで手をつないで眠った。
お父さんとお母さん、これから一緒に暮していくどちらか片方を選ばなければいけない、、、
二人にとって、勿論すぐに下せる決断ではなかった。
ただたとえどんなことがあっても、自分達姉妹が離ればなれになることは決して無いと、二人ともそう信じていた。
そしてその数日後、ケイは学校でさらなる衝撃を受ける事となる。
「なあ坂木、お前の両親が離婚するって本当か?」
同級生のとある男子からケイに突然投げかけられた、あまりにも純粋で、それ故に無遠慮な質問が、彼女の逆鱗に触れた。
「ふざけんな!誰だ、そんなデタラメ言いだしたのは! アンタか!」
「ち、ちげーよ。おれはみんなが噂してたのを又聞きしたたけだよお、、、」
自分よりも体が大きく、運動のできたケイに鬼の形相で詰め寄られたその生徒は、すっかり萎縮して半ベソをかきながらそう答えた。
ケイが問い詰めると、彼女の母親と他のクラスの生徒の父親が良からぬ仲になった事が明るみになったのが原因で、それぞれの家庭が破綻したという噂が流れているということを、その男子の口から聞き出すことができた。
-------私のお母さんが、そんな事をするわけがない、、、
大好きな母親が、学校中で嘲笑の的になっていることが耐え難いほどに悔しかったケイは、目に涙をためながらすぐに荷物をまとめて学校を飛び出した。
勿論向かう先は家しか無く、彼女はじっと自分の部屋で時が経つのを待った。
両親は共に働きに出ているため、家にはケイしかおらず、時計の音をこんなに大きく感じたのは初めてだった。
昼が過ぎ、母親がパートから帰ってきたのが、玄関の扉が開く音で分かった。
ケイはすぐにでも母親の無実を直接彼女の口から確認したかったが、最悪の可能性を考えるとどうしてもその勇気がでず、結局アイの帰りを息を潜めながら部屋で待つことにした。
下校時間が過ぎ、程なくしてアイが部屋に帰ってきた。
「ケイ、、、、、、」
扉を開け、ベッドの上で自分の帰りを座って待っていたケイにアイがつぶやく。
あの後、きっと学校では大きな騒動になっていたのだろう。アイの心配そうな顔をみれば容易に想像がついた。
「アイ、、、嘘だよね。あんな噂、全部デタラメだよね」
「うん、勿論全部嘘だよ」
きっとそう返事してくれると期待していたアイの口から言葉が何も出てこず、沈黙が続く。
「アイ、、、なんか言ってよ、、、」
気付けば、すがるような口調になっていた。
ケイは一刻も早く、アイと一緒にあんな噂は大嘘だと笑い飛ばしたかった。
「、、、ケイはあの噂、今日初めて聞いたんだよね、、、?」
アイがゆっくりと口を開いた。その弱々しい口調に、ケイは胸騒ぎを覚えた。
「そうだよ、、、アイは、知ってたの、、、?」
「、、、うん。」
「だったら、なんで私に教えてくれ、、、」
「確かめたかったの。 ケイの耳に入る前に、噂が嘘だって確かめたかった、、、」
ケイが言い終わるのを、アイが強い口調で遮った。
「だから、お母さんに直接聞いた、、、学校でこんな噂流れてるけど、嘘だよねって、、、」
アイはそう言いながら、ずっと視線を落としている。
「、、、で、お母さんはなんて言ったの?」
ケイは震える声で、アイにそう聞いた。
「、、、私を抱きしめながら、ごめんねって、、、」
アイはそう答えると、泣き出してしまった。
「そんな、、、、」
ケイも限界だった。堰をきったようにとめどなく涙があふれ出た。アイがケイをそっと抱きしめる。
自分達にとって、絶対的な存在であった母親への信頼が粉々に打ち砕かれ、ケイはアイを抱きしめていなければ正気を保てそうになかった。
どれくらいそうしていただろう、自分達がすこし落ち着いたのをお互いに認識しあうと、二人は抱き合うのをやめて見つめあった。
「私は、お父さんについていくよ。 私達を裏切ったあの人についていくなんてあり得ないし。アイももちろん、そのつもりだよね?」
強い口調でそう言ったケイの意志はすでに固まっていた。
「、、、、」
「アイ、、、アンタまさか、、、」
アイが返事をしないことに、ケイは苛立ちと焦燥感を覚えた。
「わたしは、お母さんについていくよ、、、」
アイは消え入りそうな声で、うつむきながらそうつぶやく。
「どういうつもり!? 本気で言ってるの?!」
「ケイがお父さんについていく事になるのは分かってた。ここで、私までお父さんの方に行っちゃったら、お母さんは本当に全てを失ってしまうんだよ」
「そんなの当然の報いじゃない!自分の好き勝手して、私達を裏切って。ホント気持ち悪い!あの人は、もう私達のお母さんなんかじゃない!」
ケイは家にいるであろう母親に聞こえるように、ありったけの大声でそう叫んだ。
「私は、、、たとえお母さんがどれだけ大きな間違いをしたんだとしても、、、そうなふうに割り切れないよ、、、」
アイの声がさらに弱々しくなる。
「アイ、あんたはいっつもそうやって、私と違う道を行こうとするよね。 それは、なにか私への当てつけのつもりなの? わたしの嫌がるような事をして、なにが楽しいのよ!」
今まで、幾度となく抱いてきた。でも、言わずに胸に秘めていた感情を、とうとうケイはアイにぶつけた。
ケイはどんな時もアイと同じでいたかった。ちょっとした意見や考えの違い程度なら、ケイの方からアイに歩み寄るようにしていたし、それで二人の相違が無くなることがケイはすごく心地がよかった。小さいころからずっと。
でもアイは違った。ケイにはケイの、アイにはアイの考えがあって当然だし、たとえそれが相いれないものであってもお互いを尊重するべきだと考えていた。
ケイには、アイのその考えが許せなかった。
ーーー私はこんなにもアイと同じでいたいのに、なぜアイは同じ気持ちでいてくれないの。
二人の考えがすれ違うたび、ケイのフラストレーションは少しずつかさを増やし続けていた。
「違うよ、、、ただ、ケイと私では考え方が違うっていうだけで、、、」
ーーーまた、これだ。
「もういい! アイ、あんたもあの人も同じ裏切り者だ!もう顔も見たくない!」
そういうと、ケイは部屋から出て行った。
それ以降、ケイは父親の部屋で過ごすようになり、家でも二人が顔を合わせる事はほとんど無くなった。
その三日後、アイは母親に連れられ、父親とケイが仕事と学校に行っている昼の間に、逃げるように家を出たのだった。
それが二人にとって、今生の別れとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます