第25話 懐かしい味
<sideルーファス>
風呂で愛し合って寝室に戻ると、綺麗に整えられた寝具と共にベッド横のテーブルには新たな薬と栄養剤、そして飲み物が置かれていた。
おそらく我々のためにというよりは、レンのためにイシュメルが用意してくれたものだろう。
解すのに使ったあの薬には栄養剤も含まれていたから、レンの体力も数日は持っていたがそろそろ新しい薬が欲しいと思っていたところだった。
本当に気が利く。
風呂で無理をさせたからか、意識を失って眠ったままのレンに口移しで薬と栄養剤を飲ませ、私も同様に薬を飲みしばしの休息をとる。
寝ている間に体力も戻り、また起きたら愛し合うことができるだろう。
サラサラとした肌触りのいいシーツにレンと裸で横たわり、布団をかけるとレンが私の胸元に顔を擦り寄せてくる。
その嬉しそうな顔を見るだけで私がどれほど幸せを感じているか、レンはわかっているだろうか……。
レンと出会ってから、思いを伝えてから、レンに思いが伝わってから……どれほどこの日を待ち侘びたことか。
レンの中で蜜を飛ばした時、今までに感じたことのない快感を味わった。
本当にレンと身も心も交わってひとつに溶けてしまったような不思議な感覚だった。
レンと出会ってからもう離れることなどできないと思っていたが、レンと愛し合い、身体を繋げた今、さらにレンなしで生きていくことなど考えられなくなった。
このまま一生、私はレンと共に生き、レンと全ての時間を共有するのだ。
命が尽きるその時まで……。
愛しいレンを腕に抱き、幸せを噛み締めながら私は眠りについた。
それから目を覚まして愛し合い、そして、軽く食事を摂ったり風呂に入ったり、そして、心の赴くままにまた愛し合う。
本能のままに動き続けるケモノのような生活を続けて、寝室に篭ってから1週間ほど経っただろうか。
ようやく落ち着きを取り戻し、愛し合う時間よりも2人で話をする時間のほうが長くなってきて、私たちの初夜は終わりを迎えた。
ああ、本当に幸せだ。
「ルーファス……何を笑っているの?」
「ああ、レンとこうしていられるのが幸せだなと思っていたんだ」
「うん。僕も幸せだよ」
レンはこの1週間の間にすっかり私への敬語も抜け、対等に話せるようになった。
それは私を軽んじるようになったわけではない。
レンが私を心から伴侶だと思ってくれた証なのだ。
私はずっとこうでありたいと願っていたレンとの関係にようやくなれたのだ。
幸せすぎて怖いくらいだ。
こんな思いをするのも人生で初めてのこと。
レンは私にいろんな感情を与えてくれる。
「レン……名残惜しいが明日の朝には日常に戻るとしようか」
「もうそんなに経っちゃった?」
「ああ、ここに入ってもう1週間か……」
「えっ? もうそんなに?」
レンは私との時間が楽しすぎて時間の感覚がわかっていなかったようだ。
途中何度も意識を失って眠っていた時間も多かったから当然と言えば当然か。
「ルーファスとずっと一緒だと時間が経つのもあっという間だね」
「寂しく思ってくれるか?」
「もちろん。だって……ずっとくっついていたから、一緒にいるのが当たり前になっちゃったもん」
「ああっ、レン! そうだな、私たちは一緒にいるのが当たり前だ。だから、日常に戻ったとしてもできるだけ私のそばにいてくれるか?」
「たとえばどうしたらいい?」
「執務の時はそばにいてほしい。そうだな、仕事も手伝ってもらえたら嬉しいな。これからは私の伴侶として、そしてこの国の王妃としての仕事もある。それもお願いしたい」
「それは心配しなくても僕にできることはなんでもやるつもりだよ! ルーファスの伴侶になるって決めた時から……。でも、一つだけお願い聞いて欲しいんだけど……」
珍しいな。
レンが私にねだるとは……
ひとつだけと言わず、レンの願いなどなんでも叶えてやるのに本当に奥ゆかしい子だ。
「なんでも言うがいい。何か欲しいものでもあるのか?」
「ううん、違う。父さんと母さんのことなんだけど……」
「お父上とお母上のこと? なんだ、どうした?」
「ここで働きたいって言ってたでしょう?」
「ああ、そう言っていたな。わざわざ働かずとも満足いく生活は保証するがな」
「多分、父さんたちは何もしないのは耐えられないって言いそう。それくらい仕事するのが大好きな人たちなんだ」
レンはそう笑っていたが、きっと両親が働いている間は1人だったのだろう。
だから、ずっと絵を描いていたのだ。
あの美しい絵を描けるまでに黙々と絵を描き続けていたに違いない。
「それで何か考えでもあるのか?」
「実は父さんも母さんも料理が趣味で……。だから、ここでお店でも出せたらきっと楽しく過ごせると思うんだ。ルーファスなら、父さんたちのお店とか出すのを手伝ってもらえるかなって……」
自分のための願いではなく、両親のために……。
本当にレンは心が美しいのだな。
「レンの気持ちはよくわかった。ならば、後でお父上とお母上に話を聞いてみよう。お二人がそれを望むなら、私は喜んで力を貸そう。私たちの幸せのために、わざわざこの世界まで来てくださったのだからな」
「わぁーっ! ありがとう、ルーファス。大好きっ!!」
「礼ならば、レンからキスをしてきて欲しいのだが……」
「――っ! ルーファスったら……」
あれほど愛し合ったと言うのに、キスをねだっただけでこんなにも恥じらいを見せるのだから、本当に可愛くて仕方がない。
<sideルーファス>
婚礼の儀を終えて8日目の朝、身支度を全て済ませようやく寝室を出た。
服を着るのが1週間ぶりか……そう思うと感慨深いものがある。
レンを抱きかかえリビングのソファーに腰を下ろしベルを鳴らすとすぐにクリフが部屋に入ってきた。
「クリフ、お前の世話のおかげで滞りなく初夜も済んだ。礼を言う」
「ルーファスさま、レンさま。ご無事にお済ませになりましたこと感無量にございます。レンさま、ご体調はいかがでございますか?」
「――っ!! あ、あの……」
クリフの言葉にレンの顔が一気に赤くなる。
初夜を済ませた者にかける言葉として特段おかしくはないのだが、奥ゆかしいレンにとっては恥ずかしい質問だったのだろう。
言いづらそうにしているレンに代わって、
「イシュメルの薬のおかげで問題はない。体調も万全だ」
と答えてやると、クリフは安堵の表情を浮かべていた。
「それはようございました。すぐに朝食をお持ちいたしますか?」
「ああ、そうだな。レンも腹を空かせているようだから、すぐに頼む」
「承知いたしました」
この部屋にクリフを呼んだ時点でもう食事の支度はできていたのだろう。
クリフが自分のベルを鳴らすとすぐに食事が運ばれてきた。
「わぁー、美味しそうっ!!」
レンの好きな果物や甘いものがたくさん準備されている。
もうすっかりレン好みの食事が浸透したようだな。
目の前に食事が運ばれてもレンは一切フォークやナイフを持つことはない。
最初の一口は必ず私がレンに食べさせるとわかってくれているからだ。
私がパンケーキを切り分けて口に運んでやると、レンは嬉しそうに口を開けた。
「どうだ?」
「うん、いつも美味しいけど、今日はさらに美味しいよ! ルーファスも食べてみて!」
そう言って、私の手からフォークとナイフをとり綺麗に切り分け、『あ〜ん』という可愛らしい声と共に私の口へと運んでくれる。
苦手な甘いパンケーキであっても、レンが口に運んでくれたものは全てが絶品になるのだから不思議だな。
そんな私たちの様子を見守ってくれているクリフに、
「ところで、レンのご両親はどうしているのだ?」
と尋ねると、クリフは驚くべきこと話し始めた。
「実は、今ミノルさまとヤヨイさまは厨房におられます」
「厨房? なぜそんなところに?」
「そろそろ働きたいと仰られまして、それで今ルーファスさまとレンさまが召し上がっておられます朝食をお作りいただいたのでございます」
「そっかーっ! やっぱりそうだと思った!!」
クリフの言葉に驚く私とは対照的にレンは嬉しそうに声をあげた。
「レン、どういうことだ?」
「このパンケーキに乗っているバターがね、前にここで食べさせてもらったものとは味が違うなぁって思ったんだ。なんとなく懐かしい味がしていたから不思議だと思っていたけど、このバター……父さんたちが作ったものだったんだって思って……」
「なんと……っ、クリフ、そうなのか?」
「はい。レンさまのおっしゃる通りでございます」
「そうか……。レンが、両親が料理が得意だと話をしていたが、まさかここまでの腕前だとは思わなかったな。城の料理人とも差は感じられない」
「ふふっ。ルーファスがそう言ってくれると、父さんたちも喜びます」
レンは私が世辞を言っているのだと思っているかもしれないが、これは私の本心なのだ。
店を出してやりたいと話をしていたが、これならそう難しくなさそうだ。
「レン、食事を終えたら両親と話をしてみよう。レンが望むように両親も思っているのなら、すぐにでも準備を整えてやるとしよう」
「わぁーっ! 本当に? ルーファス、大好きっ!!」
よほど嬉しかったのか、レンが私に抱きついてくる。
クリフがいるというのに、照れもせず抱きついてくれるとは……。
思わず気持ちが昂ってしまったのだろうが、私にとっては嬉しいことに違いはない。
そんなレンの姿にクリフはそっと部屋から出ていった。
さすが気の利く執事の鑑だな。
<side月坂実(蓮の父)>
蓮が湖から忽然と姿を消し、湖に荷物が取り残されたままだと警察から電話があって私たちは一気に奈落の底に落とされたような悲しみを味わった。
ひと気のない山奥の湖での失踪ということで事件・事故・そして自殺の可能性も視野に捜査しているとの話だったが、蓮は自殺など絶対にしない。
それくらい充実した日々を過ごしていたはずだ。
とはいえ、蓮にどのような友達がいるか、大学でどのようなものに特に興味を持ち勉強していたか……そう問われてもすぐに答えることはできなかった。
家族仲は決して悪くはない。
だが、私も妻の弥生も仕事に重きを置いていたのは否めない。
数年おきに夫婦で転勤をくり返し、蓮にも転校を余儀なくさせた。
そのせいだ、蓮に深い友達ができなかったのは。
けれど、蓮はそれに不満を漏らすことなく、あの1人の時間があったからこんなにも絵が好きになれたのだと言ってくれた。
それくらい優しい息子なのだ。
そんな蓮が自殺などするわけがない。
書きかけのスケッチブックがそれを表していた。
私たちの宝である蓮を失って、悲しみに沈んでいたとき突然神が目の前に現れた。
そこで聞いた神の話は到底信じられるものではなかったが、蓮がここからいなくなってしまったのは事実。
私も弥生も蓮の元へ行くことを即決した。
それから数日経って、蓮がこことは異なる世界へ骨を埋める覚悟をした瞬間、我々もこの世界へとやってきた。
リスティア王国。
美しく平和な国。
ここが私たちの終の住処となった。
この世界にやってきたその日は蓮の結婚式があるのだという。
すぐに蓮にもそして、蓮の旦那になるというこの国の王に会えるのだ。
もし、蓮が幸せそうに見えなければ、どんなことをしてでも結婚はやめさせようと思っていたのだが、初めてみる蓮の心からの嬉しそうな笑顔にそんな気は早々に消え去った。
国王であるルーファスさまからも蓮への愛情を全身から感じ、本当に2人は運命で結ばれていたのだとわかった。
あの2人を見ていると、男同士だとか何も関係なくなってしまうのだから不思議だ。
結婚の儀式の後、蓮たちは何やら行事があると言っていたがこういう世界で次に何かあるとすればおそらく……だろう。
すでに夫夫となった2人のそれを反対することなどできるはずもない。
いや、それよりもこの儀式までルーファスさまが待っていてくれたのすら奇跡とも思ってしまう。
それほど蓮のことを大切にしてくれているのだと思うと嬉しかった。
だが、まさかそれが1週間も続くとは夢にも思っていなかったが……。
流石に蓮にも会えないまま、弥生と2人で部屋に篭りっきりなのは耐え難い。
なんせずっと仕事漬けだったのだから。
ゆっくり休む術を知らないのだ。
申し訳ないと思いつつも働きたい、できれば料理を作らせて欲しいと頼むと私たちを厨房へと案内してくれた。
これは蓮とルーファスさまの朝食だという。
蓮がすぐに気づいてくれるだろうかとほんの悪戯心で、いつも食べていた我が家の手作りバターをパンケーキに乗せてみたのだった。
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