第26話 最後の夜

<side月坂蓮>


目の前のパンケーキを一口食べてすぐにわかった。

ここのところ食べていたバターとは違う、懐かしいバターの味がするなって。


でも本当に父さんたちが作っているとは思っても見なかったから、父さんたちの味だとわかった時は嬉しかった。


食事を終えて、父さんたちを部屋に呼んで話をしたいと言った僕にルーファスは、


「レン、我々が両親の部屋に行くとしよう」


と言ってくれた。


本当なら、国王であるルーファスの方がわざわざ部屋に出向くことはしないんだと思う。

でも、わざわざ父さんたちを僕たちの部屋に呼びつけない理由は、ルーファスが父さんたちを大切に思ってくれているからだ。


父さんたちが厨房から部屋に戻ったと報告があり、僕たちは揃って<暁の間>へと向かった。



「蓮っ!! 元気にしていたの?」


「母さん、何言っているの。1週間前に会ったばかりでしょ?」


「でも、あれから随分と忙しかったんでしょう? あのあと、またすぐに会えるのかと思っていたら婚礼の儀の後に1週間もやらなければいけない行事があるなんて……確かに、一国の王さまを支える王妃になるのだからすべきことはたくさんあるんでしょうけど、蓮は身体もそんなに強くないんだから心配していたのよ。なんだかあの時より少し痩せたみたいだし……」


「――っ、そ、そんなことはないよ! ちゃんと食事も摂っていたし、大丈夫。元気だから安心して」


「ふふっ。そうね。蓮の顔を見たら安心したわ」


母さんたちには婚礼の儀の後のやらなきゃいけないことについては詳しいことは伝えてないみたい。

よかった……。

ルーファスと身も心も繋がったことは僕にとって幸せなことであることには間違いないけど、流石に両親に知られるのは恥ずかしい。

しかも1週間も愛し合っていたなんて……。


そっと隣にいるルーファスに視線を向けると、何も言わずにただ微笑んでいてくれてホッとした。


「そ、それよりも、今日の朝食だけど、あれ、父さんと母さんが作ったんでしょう?」


「おおっ、気づいたか?」


「当たり前だよ!! うちのレモンバターは絶品だもん!」


「蓮が気づくかと思っていたが、本当に気づいてくれるとは……。嬉しいものだな」


「ねぇ、ルーファスも美味しいって言ってたよね?」


僕がそうルーファスに問いかけると、ルーファスは嬉しそうに言葉を返してくれた。


「ああ、今まで食べたことのない爽やかなバターの香り。てっきりうちの料理人の腕が上がったのかと思っていたのだが、まさかお父上とお母上の手作りとは……いやはや本当に驚いたぞ」


「でしょう?」


父さんたちの料理をルーファスが褒めてくれたのが嬉しくて、つい得意げに言ってしまった。


「レン、あの話だが私からしていいのか?」


「あ、うん。お願い」


あの話っていうのは、僕がルーファスにおねだりしたやつ。

一度父さんたちの料理を食べてもらってからと思っていたけれど、今日ああやって父さんたちの料理を食べられる機会に恵まれたし、それで父さんたちさえ良ければって言ってくれたんだ。


「――というわけで、お二人さえ良ければ、私がすぐにでも王都に店を出せるように手配するが如何だろうか?」


「そんな……っ、私たちがお店だなんて……よろしいのですか?」


「我々の幸せのためにお二人はこちらでの生活を選んでくれたのだ。だからこそ、私はお二人がここで幸せに暮らしていけるように手助けをするのは当然のことだと考えている。だから、少しでも店をする気があるのなら、受け取って欲しい」


「国王さま……ありがとうございます。店を出すというのは私たちにとっては本当に夢物語でございました。まさかそれがここで叶うとは驚きではございますが、精一杯頑張らせていただきます」


「そこまで重圧を感じずとも、気楽にやってもらえたら良い。なぁ、レン」


「ルーファス、ありがとう」


「レン、私に礼など要らぬ。私とレンはもう夫夫なのだからな」


「ふふっ。ありがとう」


嬉しくてルーファスにピッタリと寄り添っていると、


「ふふっ。本当に蓮は国王さまが好きなのね。母さん、本当に安心したわ」


と嬉しそうに言われて、恥ずかしくなってしまった。

やっぱり夫夫になったとはいえ、母さんたちの前でルーファスと仲良くするのは当分慣れそうにない。


「早速、お二人の店についての希望を聞くとしよう。どんな店にしたいか、話を聞かせてもらっても良いだろうか?」


ルーファスがそう話すと、父さんと母さんの目が輝いた。

叶わない夢だと思っていたとはいえ、時々話に聞いたことがある。

こんな店を持ってみたかったんだって。


「あっ、僕……父さんたちの店の希望を絵に描くよ。思い思いに話してみて」


前に用意してもらった紙と墨ペンを取りに行こうとすると、すぐにルーファスがクリフさんを呼び出して持ってきてくれるように頼んでくれた。


その紙に僕は父さんたちの希望を詰め込んだ店の絵を描いていった。



  *   *   *



あれから3ヶ月。


王都の一番いい場所にあったお店が閉店することになり、その店をルーファスが父さんたちのために買い取ってくれた上に、国中から優秀な大工さんたちを集めてリフォームしてくれたおかげで、父さんたちの希望を詰め込んだ理想通りのお店があっという間に完成した。


お店ができるまでの間に、父さんたちは新しくできるお店でどんな料理を出すかを悩んでいたようだったけれど、ここでもルーファスがお城の厨房にある食材もなんでも好きに使っていいと許可を出してくれたおかげで、色々な試作品を毎日のように作ることができた。

ルーファスもいつも試食に参加してくれて的確な感想を述べてくれる上に、レナルドさん経由で騎士団の皆さんからも試作品を食べた感想を集めてくれて、父さんたちは感謝しまくっていた。


そんなこんなでオープンから1週間。

ここの食材を駆使して作った和食が殊の外、人気を集めているらしい。

あまりの人気に父さんと母さんだけではお店が回らないので、僕も手伝おうかなとルーファスに話して見たけれど、流石にルーファスに止められてしまった。


まぁ、そうだよね。

父さんたちの息子である前に、僕はこの国の王妃としての仕事もある。

ルーファスと一緒に視察に回ることもあるし、まだまだ勉強もしないといけないこともたくさんある。

そんなんだから、お店で働いている余裕なんてどこにもない。

24時間じゃ足りないくらいだ。


だけど、ルーファスもお店の人気っぷりに父さんたちの忙しさを心配してくれて、レナルドさんに若い騎士さんたちを毎日2〜3人手伝いに行かせるように頼んでくれた。


正直僕が手伝うよりも騎士さんたちに手伝ってもらう方が父さんたちの負担が減って嬉しそうだ。

僕はちょっと複雑だけど……。


それ以外の騎士団の人たちもボリュームたっぷりで美味しい父さんたちの料理が気に入ってくれたみたいで、よく食べに行ってくれるから態度の悪い人やクレームをつける人なんかも現れないし、安全にお店ができているみたい。


元々仕事をするのが好きな両親だったけれど、今は、大好きな料理を楽しんでやることができて、しかも美味しいと言ってもらえて、騎士団の人たちと楽しく仕事ができたりお話しできたりして、毎日がとても楽しいみたいだ。


そんな中、父さんたちは明日からこのお城を出て、お店の2階で生活を始めることになった。

ずっとお城でお世話になるのも申し訳ないらしい。


ルーファスが気にしないでいいと言ってくれたけれど、父さんと母さんのたっての希望だと言うと受け入れてくれたみたいだ。


最後の夜、僕は家族水入らずの夜を過ごした。


「蓮がここにきてくれたおかげで、私たちも第二の人生を楽しく過ごせているよ。ルーファスさんにはなんとお礼を言っていいか……」


父さんと母さんはルーファスのことをずっと国王さまと呼んでいたけれど、もう家族なのだからとルーファスに言われて、ルーファスさんと呼ぶことで折り合いがついたらしい。


母さんはまだ時々国王さまと呼んじゃうみたいだけどね。


「父さんたちを残してこっちに来ちゃったことだけが心配だったから、父さんたちがこっちに来てくれて本当よかったよ。ルーファスもいつか何かのきっかけで僕があっちに戻っちゃうかもしれないと思って不安だったんだって。でも父さんたちがこっちに来てくれたから、僕がもう二度とあっちに戻ることがなくなって喜んでるんだよ。だから、父さんたちの願いはなんでも叶えてあげたいって言ってる」


「お前は本当にいい人に出会えたな。蓮が幸せなら男同士でも気にしないとは思っていたけど、実際にルーファスさんに会うまでは心配していたんだぞ。無理やり結婚させられるんじゃないかとか、力で押さえつけられて言うこと聞かされてるんじゃないかとか正直思ってたんだ。だって、こっちの人たちはみんな身体がでかいだろう?」


「まぁ、確かにね。ルーファスは逆に、初めて僕を見た時10歳くらいだと思ったみたいだし。21だって言ったら驚いていたよ」


「蓮は向こうでも小さい方だったからね。顔も童顔だし、そう思われるのは無理ないかもね」


「だが、神殿でルーファスさんと一緒にいる蓮を見てホッとしたよ。本当に幸せそうだったからな」


「うん、本当に幸せ……」


「お前が幸せなら、私たちはずっと幸せだ。母さんと仲良くあの店を続けて、ルーファスさんにも恩返しするつもりだから、お前はこの国のために、そしてルーファスさんのために頑張ってくれ」


「ありがとう。僕、頑張るよ」


そろそろ時間かなと思っていたタイミングで部屋の扉が叩かれ、ルーファスが入ってきた。


「レン、そろそろ休む時間だぞ」


「うん、ちょうど戻ろうかと思っていたところだったよ」


「そうか、ならよかった」


過保護なルーファスがこうやって時間を作ってくれただけで僕は嬉しい。

おかげで父さんたちとゆっくり話もできた。


ルーファスはにっこりと笑みを浮かべながら、


「ミノル殿、ヤヨイ殿。其方たちはレンの両親だから、外で暮らし始めてもいつでもきてくれて構わない。この部屋は其方たち専用でいつでも泊まれるように整えておくからな」


父さんたちが国王さまに丁寧な言葉遣いをされるのは困ると言ったせいで、ルーファスは父さんたちに対してレナルドさんと話すような言葉遣いに変わった。

うん、やっぱりこっちの方がしっくりくるな。


父さんたちはここが自分たち専用の部屋だと聞いて驚いていたけれど、嬉しそうだ。


何度もお礼を言って、翌日、父さんたちはお城を出て行った。

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