第23話 笑顔溢れる

<sideルーファス>


「それでは婚礼の儀を始めましょう」


神殿長の言葉にレンはすぐに両親から離れ私の元へとやってきた。

その顔はなんの憂いも無くなったというような実に晴れやかな笑顔だった。


神殿長の傍らにレンの両親が並び、厳かながらも柔らかな雰囲気が漂う。


神殿長が神から賜わった祝いの言葉を読み上げた後で、


「陛下、レンさまに誓いの言葉をお願いいたします。続けて、レンさまも陛下に誓いの言葉をお願いいたします」


と笑顔を向けた。


神殿長の言葉にレンが嬉しそうな表情で私と向かい合う。

私もこの上なく嬉しいが、これまでひたすら待ち望んできた瞬間だからか、緊張が隠せない。

それでもここで失敗をするわけにはいかない。


私は大きく深呼吸をして、レンの前に片膝をついて左手を差し出した。


「レン……私、ルーファス・フォン・リスティアは全身全霊をかけ、生涯レンだけを愛し続けることをここに誓う」


レンは私の差し出した左手にそっと手を乗せると、


「僕はルーファスさんが命をかけて僕の幸せを願ってくれたことを一生忘れません。今度は僕の番です。僕が一生ルーファスさんを幸せにします。だからずっとそばにいてください」


と涙を浮かべながらにこやかに微笑んだ。


「レン……ありがとう」


幸せそうに微笑むレンの左手をとり、指輪にそっと口づけを贈ると指輪がキラキラと輝き始めた。


「おおっ!!」


真っ白な神殿に宝石の色が映るほど、神殿中が赤、白、青の眩い光に包まれた。


しばらく光を放ち続け、ようやく光がおさまったかと思った瞬間、目に飛び込んできたのは驚きの光景だった。


「レン……実に美しい……」


「ルーファスさんも」


我々が着ていた真っ白な婚礼衣装が先ほどの美しい光を吸い込んだかのように色鮮やかな衣装に変化していたのだ。


「神殿長……これは一体?」


「お二人の強い愛が神に認められたという証でございます」


その言葉にレンは嬉しそうに笑った。


「これでお二人は神によって正式に夫夫と認められました。末長くお幸せにお過ごしになることを祈っております」


神殿長が深々と頭を下げると、傍らでレンの両親が号泣しているのが目に入った。


「レン、おいで」


レンの手を取り、ゆっくりと両親の元へ向かう。


「蓮、おめでとう。国王さま……どうか蓮を末長くよろしくお願いいたします」


涙を流しながら頭を下げるレンの父上に


「どうか顔をあげてください。レンのご両親ならば、私にとっても両親と同じ。私の実の両親はすでに他界致しましたので、お二人を本当の両親だと思って接してもよろしいですか?」


と声をかけると、


「そんな……もったいない」


と謙虚な答えを返してきた。


「我々の幸せのために何もわからない世界に飛び込んできてくださったのです。これからの生活はどうかご心配なきように」


「いえ、私たちは遊んで暮らす気など毛頭ございません。元気な身体があるのです。どうか働かせてください」


レンの父上の言葉に私も、そして神殿長も驚いた。

普通なら、自分の子が王妃になればこれからの生活が安泰だと喜ぶことだろう。


それが働きたいと言い出すとは……。

やはり心美しいレンの両親なのだな。


「それではこれからのことは、おいおい考えることにしてまずはゆっくりとお身体を休ませてください。まだこちらにきたばかりで慣れないでしょうから」


「はい。ありがとうございます」


母上と嬉しそうに話しているレンに声をかけ、揃って神殿から外に出た。


色鮮やかな婚礼衣装を身につけたまま、支度部屋から出るとレナルドは私たちの姿を見て驚き、そして、後ろからついてきたレンの両親を見てもう一度驚いた。


「えっ? あ、あの……陛下。この方々は?」


「レンの両親だ。今日からこの世界で一緒に暮らすことになった」


「な――っ? えっ? はっ?」


目を丸くして驚くレナルドを見て、私もレンも、そしてレンの両親も笑いが堪えきれず、楽しい声が響き渡った。



<sideレナルド>


ルーファスとレンくんを神殿に送り届け、無事に結婚の儀を終えられるように入り口で祈りを捧げる。


相変わらずここは不思議な空間だ。

ルーファスをこの神殿に送り届けたのはこれで二度目。

前回は前国王・エルヴィスさまの逝去に伴い、ルーファスが国王となる戴冠の儀式を行った時だった。


あの日も私はこうして祈りを捧げていた。

ルーファスに伴侶が現れて、その伴侶とともにこのリスティア王国に平和をもたらしてくれるようにと。


あの日から数年。

ようやくこの場にルーファスを送り届けることができた。

きっと今頃、エルヴィスさまとクレアさまもお喜びになっていることだろう。


それにしても、ひと月後だと言われたその日のうちに、結婚の儀が翌日になると誰が想像しただろう。

ルーファスはそれについて詳細を教えてはくれなかったが、きっとレンくんが絡んでいるということは察せられた。

だから敢えて深く追及はしなかったがおそらくルーファスとレンくんの相性がよかったということなのだろうな。


今頃、中では滞りなく儀式が進んでいるだろうか。

儀式を終え、無事に夫夫になった二人に会うのが楽しみだな。


儀式は小一時間程度だと聞いていたが、もうすでに2時間近く経とうとしている。

もしや、何かトラブルでも起こったのだろうか?


だが、神殿には神殿長が許可した者以外入ることはできない決まりになっている。

だから私はどれだけ時間が経とうともここで待ち続けるしかないのだ。


ああ、無事に終えられるように……。

私は二人の素晴らしい未来をひたすら祈り続けた。


それからしばらくしてルーファスの気配を感じた気がして、様子を伺っていると神殿の入り口がゆっくりと開き、ルーファスの姿が見えた。

すぐ隣にはレンくんの姿も見える。


あれ?

これはどういうことだ?


真っ白なはずの婚礼衣装がなんとも形容し難い色鮮やかな様相を見せている。

だが、それは驚くほど美しくそして二人によく似合っている。

特にレンくんの美しさは声にならないほどだ。


騎士団長という仕事柄、いつでも冷静に行動することを心がけているが、その私でさえ、二人の姿には驚きを隠すことができなかった。


驚いている私の目に続いて飛び込んできたのは、見たことのない男性と女性の姿。

神殿長に仕える神官たちか?

いや、それにしては服装が違う。

だが、神官でもないものが神殿から出てくるわけがない。

一体誰なんだ?


恐る恐るルーファスに尋ねると、予想だにしない人物の名が告げられた。


「レンの両親だ。今日からこの世界で一緒に暮らすことになった」


はっ?

今、ルーファスはなんといった?


レンの両親?

レンの両親と言ったか?

しかも、今日からこの世界で一緒に暮らすと?


「な――っ? えっ? はっ?」


予想を超える言葉に頭が混乱して何と言葉を返していいかもわからない。


そもそもレンくんは異世界からこのリスティアにきたはずだ。

だからこそ、元の世界に帰りたいと願っていただろう。


それなのに、レンくんの両親がここにいるのはなぜだ?

しかもここで生活をすると?


ああ、一体どういうことなんだ?


頭を抱える私の目の前でルーファスもレンくんも、そしてそのレンくんの両親とやらも楽しげに笑っている。


私だけが何もわかっていないことに段々と腹が立ってきて、公の場にも関わらず思わず叫んでしまった。


「ルーファス、一体どういうことなんだ? いい加減教えてくれ!」


「ははっ。お前がここで普段の口調を見せるとは……よほど驚いたようだな」


「あっ、失礼いたしました。陛下」


「ふふっ。まぁいい。とりあえずここではゆっくり話ができないから、応接室へ行こうか。ああ、クリフも同席させよう。呼んでくれ」


そう言ってルーファスはレンくんとその両親を連れ、応接室へ向かった。


私は慌てて部下にクリフを呼ぶように指示を出し、急いで後を追った。



我々が応接室に着くと同時にクリフが現れ、皆で中に入る。

レンくんの両親とやらが並んで席に着く。

正面からじっくり見ると、やはりよく似ている。

レンくんはどちらにも似ているが、特に母上に似ているようだな。


ということはあの二人がレンくんの両親だということは間違いないようだ。


レンくんの表情が明るいのもなんの憂いも無くなったからだろうな。


「先ほどレナルドにも少し話したが、ここに居られる方はレンのご両親だ。神がご両親の願いを叶え、レンの元に連れてきてくださったのだ」


「なんと……っ!」


クリフはあまりの驚きに身体を震わせている。


「私の伴侶となったレンの両親は、私の両親も同然。ここで一生安泰に暮らしてもらおうと思っていたのだが、お二人はどうやらそれを望んではいないようだ」


「えっ? それはどういうことでございますか?」


「お二人は仕事がしたいそうだ。だから、クリフとレナルドにはこれから二人の仕事の世話を頼みたい。住む家も城内で暮らしてもらってもいいし、王都に家を用意してもいい。二人の希望を聞いてやってくれ」


「承知いたしました。レンさまのお父上とお母上。私、この城で執事を任されておりますクリフと申します。どうぞ何なりとお申し付けください」


「あ、あのご丁寧にどうもありがとうございます。私は蓮の父でみのる。こちらは妻の弥生やよいと申します」


「ミノルさまとヤヨイさまでございますね」


「いや、さま付けなんて……なぁ」


「ええ。私たちにさまなんて……」


「いえ、そういうわけには参りませぬ。レンさまはこの国の王妃になられたのです。そのお父上とお母上にはそれ相応の対応が必要でございます」


クリフは相変わらずだな。

もう少し頭を柔らかくしても良いのだが……。


ルーファスとレンくんも苦笑いを浮かべている。

レンくんはともかく、ルーファスは早く話を終わらせて初夜に向かいたいのだろう。


大事な従兄弟のためだ。


私が助け舟を出してやるとするか。

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