第20話 運命の花
<sideイシュメル>
「クリフ殿」
「イシュメルさま。もうお話はお済みになったのですか?」
「はい。つつがなく」
「どういったお話かお伺いしてもよろしいのでしょうか?」
クリフ殿の心配そうな表情に全て包み隠さずお知らせしたい気になるが、レンさまのあのお話をするわけには行かない。
だが、
これは知らせておいても構わないだろう。
きっとお二人の仲は上手くいっているはずだろうからな。
「そうですね。お話しできる範囲で申し上げますと……」
含みを持たせた言い方で告げると、クリフさまの喉がゴクリとなる。
どうやら相当心配しているようだ。
「お二人の結婚の日時が早まるでしょう。おそらく明日にでもすぐにと仰るのではないでしょうか。まぁ、ルーファスさまからご報告があるまでお待ちいただくことになるとは思いますが……」
「えっ? そ、それは……まことでございますか?」
「ええ。クリフ殿もお忙しくなられますね」
「いえ、それがまことならこんなにも嬉しいことはございません。この15年、ずっとルーファスさまの結婚式を楽しみにして参りましたから……」
クリフ殿の目がうっすらと潤んでいる。
前国王であられるエルヴィスさまが死の間際にも心配しておられたから、早くそれを墓前に報告して安心させたかったのだろう。
クリフ殿は誰よりもこの日が来るのを待ち望んでいたのだからな。
「ふふっ。そうですね。きっとエルヴィスさまもクレアさまもお喜びのことでしょう」
「もしや、イシュメルさまが早めてくださったのでございますか?」
「いいえ、お二人の……強い愛情が奇跡を起こしたのですよ」
「奇跡を……」
「ええ。あのお二人はきっと素晴らしいご夫夫になられますよ。私が保証いたします」
「イシュメルさまにそう仰っていただけたら、安心でございますね。それでは私はいつ指示を受けてもすぐに結婚式が執り行えるように準備に取り掛かります。今宵は遅くまで本当にありがとうございます」
「いいえ。お気遣いなきように。何かありましたらいつでもお呼びください。私は一度自宅へ戻りますが、結婚式後はこちらで待機いたします」
「はい。よろしくお願い申し上げます」
クリフ殿は深々と頭をさげ去っていった。
クリフ殿のことだ。
もうこの15年の間に全ての準備は整っておられるだろう。
ルーファスさまもおそらく、レンさまと出会ってすぐに婚礼衣装はお作りになっているはずだ。
ということは結婚式は明日の可能性が高いな。
初夜での万が一の事態に備えて、医療道具をここに運んできた方がいいだろうな。
何も使わずに済めばよいに越したことはないが、ルーファスさまのあの興奮っぷりを見る限り、レンさまに煽られて暴走してしまうことは避けられない。
いくら最高の相性といえども、暴走行為までは抑えることはできないのだからな。
何かあればすぐに対処できるようにしておかなければ。
おそらく3日……いや5日は出てこられないだろう……。
数日は眠れなくても済むような薬を用意していくか。
きっとクリフ殿も必要だろうからな。
<sideルーファス>
「レン、早速クリフに結婚式を早めるように指示をしておこう」
「はい。でも、1ヶ月後の予定を組んでいたのなら急な予定変更は難しいんじゃないですか?」
「ふふっ。それは心配ない。神殿で結婚の儀式さえ済ませれば正式に夫夫となるのだ。国内外に伴侶を得たとの報告をしておけば、後で招待客を呼んでパーティーを開けばそれでいい」
「そうなんですね。じゃあ、指輪とかはないんですか?」
「指輪? 指輪ならレンが今つけているだろう?」
私はレンの手を取り、レンの指に嵌っている煌めくあの美しい指輪を見せた。
「あっ、そうか。でも、これじゃなくて……」
「これではない? 何か違うのか?」
「あの、僕のいたところでは結婚して夫婦になると、お揃いの指輪をつける習わしがあるんです。既婚者であるという証でもあり、一緒のものをつけてみんなに夫婦だとわかってもらえるようにという意味もあるんですけど……」
「揃いのもの……なるほどな。それは素晴らしいな」
「でも、確かにもう僕の指にはこんなに綺麗な指輪が嵌っているし、二つもつけるのは無理そうですね」
レンの細くて綺麗な指にはあの美しい指輪がすでに嵌っている。
だが、レンと揃いのものをつける……。
それはぜひ真似をしたい。
指輪以外に何かないか……。
ああっ!!
いいものがあるではないかっ!!!
これなら、私たち二人だけのものであるし、肌身離さずずっとつけていられる。
ああ、これ以上のものはないな!
「レン! 私はレンと揃いの結婚の証が欲しい。協力してはくれぬか?」
「協力? 僕ができることならなんでもしますけど……何をしたら?」
「ふふっ。すぐに用意させる。ちょっと待っていてくれ」
私は急いでベルを鳴らし、クリフを呼び出した。
「ルーファスさま、お呼びでございますか?」
なんだ?
心なしか嬉しそうだな。
「貼り絵の準備を頼む」
「えっ? 貼り絵、でございますか?」
「ああ、そうだ。すぐに準備を」
「絵師もお呼びいたしますか?」
「いや、絵師は必要ない。レンがいるからな」
「レンさまが?」
「そうだ、驚いていないで早く準備を」
クリフは私の言葉に慌てた様子で部屋を出ていき、すぐにリビングのテーブルに貼り絵の支度を整えた。
「お待たせいたしました」
「ああ、少し外で待っていてくれ」
「承知いたしました」
不思議そうな表情で部屋を出て行ったクリフを見送り、私はレンに話の続きを始めた。
「レン、其方へのお願いだが……これに絵を描いて欲しいのだ」
「えっ? 僕が絵を?」
「ああ、そうだ。これは貼り絵用の特別な材料を使っていて、描き上がった絵をそこから取り外し、身体に貼り付けると皮膚と一体化して一生取れることはないのだ。私はレンの絵を揃いの指輪の代わりに結婚の証として身に付けたい。レン、どうだろう? 受けてはくれぬか?」
「でも……一生消えることがないのに、僕の絵でいいんですか?」
「ああ。レンの絵が欲しいのだ」
「……わかりました。やってみます。どんな絵がいいかリクエストはありますか?」
「そうだな……ずっとつけているものだから、レンを感じられるものがいい」
そういうと、レンは少し考えた様子だったけれど、一度下絵を描いてみますと言ってサラサラと美しい絵を描き始めた。
<side月坂蓮>
「これはどうですか?」
「こ、これは……パドマ……レンが何故これを?」
「パドマ? これは
「な――っ、そんなことが……?」
僕を感じられるものがいいとリクエストされて、一番最初に思いついたのが蓮の花だった。
月坂という苗字の月も可愛くていいかななんて思ったけれど、月は見るたびに形を変えてしまうのが心変わりを表しそうだし、それに何より月は女性の象徴だと聞いたことがある。
それよりは綺麗な花を大きく開き、上品な香りを放つ、僕の名前と同じ蓮の花をルーファスさんにつけてもらえるならそれが一番嬉しいと思った。
けれど、ルーファスさんは僕の絵を見て驚きの表情をみせ、そのまま言葉に詰まったようだった。
「あの……気に入らないなら、他の絵でも……」
「ちが――っ、違うんだっ! このパドマの花は……私の
そう言って見せてくれたのは、ルーファスさんの腰につけている短刀。
その
「本当だ!!」
「私が握って生まれてきたその
ルーファスさんが教えてくれる話があまりにも凄すぎて、今度は僕の方が言葉に詰まってしまった。
「あの……じゃあ、僕たち二人の名前が同じ花から付けられたということですか……?」
「ああ、そういうことになるな」
「すごいっ! これって、偶然……?」
「いや、ここまで重なれば必然だろう。私たちはもう出会った時から……いや、生まれた時から一生を共にする運命にあったんだ」
ただ単に偶然が重なったのかもしれない……。
それでも僕はルーファスさんの話したように運命だと思いたい。
だって、こうやって巡り会えたのがそもそも運命なのだから……。
「レン……この花をお揃いで付けてはくれぬか?」
「はい。僕もルーファスさんとお揃いの花を付けたいです」
「ああっ! レンっ!! 私は本当に幸せだ」
本当に幸せそうな表情で僕を抱きしめてくれるルーファスさんがとても愛おしくて僕は嬉しくてたまらなかった。
「これをどこに付けますか? それによってお花の大きさを変えないと」
「そうだな、見える位置でないと意味がないからな。あまり大きすぎるとレンの小さな手には似合わなくなってしまうから……そうだな、手の甲の親指と人差し指の下に一輪の蓮の花を付けようか」
親指と人差し指の下……ああ、ここならいつでも目に入っていいかも!
「いいですね!! じゃあ、そこにしましょう。この貼り絵に直接絵を描いていくんですか?」
「ああ、そうだ。描き上がったら言ってくれ。私はうまく貼り付ける。レンはそれを見て、私のを付けてくれるか?」
「わっ、結構重要ですね! わかりました、頑張ります!!」
「レン、これはどれくらいで描き終わる?」
「それくらいのサイズならすぐに描けますよ」
「そうか。なら、少し待っていてくれ。クリフに結婚式を明日にするように指示するから」
そう言って急いで扉へと向かった。
そうか、僕の絵がいつ完成するかわからなかったからクリフさんを待たせていたんだ。
ルーファスさんは扉の外で待っていたクリフさんと話してすぐに僕のところに戻ってきた。
「レン、待たせたな。じゃあ、頼む」
僕はドキドキしながら、貼り絵用の筆を手に取り蓮の花を描き始めた。
ルーファスさんの名前の意味でもある赤い蓮の花を可愛らしいサイズで二つ描きあげて、
「これでどうですか?」
と見せると、ルーファスさんは
「素晴らしい出来だな!!」
と何度も僕の描いた絵に目を落としては嬉しそうに微笑んでいた。
「これを貼ると、もう取れなくなるんですか?」
「ああ、貼って1分ほどで皮膚と一体化するんだ」
「本当すごいなぁ……」
こんなの向こうにはなかったな……。
多分。
「じゃあ、レンのから付けるぞ。どっちの手にする?」
「どちらの手でも構わないんですか?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ、左手にはルーファスさんからもらった指輪があるので、貼り絵は右手にします」
「そうか、そうだな。じゃあ右手だ!」
ルーファスさんが絵を持ち上げ、僕の手にそっと乗せると、本当に1分ほどでスッと吸い込まれるように皮膚に移った。
「わぁっ! 本当に移ってる! すごい!!」
なんか自分の絵が自分の身体から一生取れないなんて……不思議だな。
「じゃあ、レン。次は私のも頼むよ」
そう言って右手を出そうとしたルーファスさんに
「あの、ルーファスさんは左手で……」
というと、少し驚いているように見えた。
「あ、あの……その方が手を繋いだときに重なり合うかなって……」
お揃いが嫌だと勘違いさせてしまったのかと思って慌てて理由を告げると、ルーファスさんの表情が一気に明るくなった。
「そういうことか! ああ、ならそうしよう! レンがそう思ってくれて嬉しいよ」
喜んでくれるルーファスさんを前に僕は震える手で自分の描いた絵を取り、そっとルーファスさんの左手に乗せた。
じっと見ていると、同じようにスッとルーファスさんの手に移っていく。
すごいな、何度見ても不思議だ。
ルーファスさんを見ると、感慨深そうな表情で嬉しそうに蓮の花を見つめていた。
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