第19話 最高の日
<sideルーファス>
「陛下。イシュメルにございます」
「入れ」
寝室のベッドにレンを寝かせた状態で、イシュメルを中へと呼び寄せた。
「何かお困りのことでもございましたか?」
「いや、そうではない。レンの身体についてイシュメルに話しておかねばならないことができたのでな、其方を呼んだのだ」
「レンさまのお身体……もしや、私の調合した薬が合わなかったのでしょうか?」
「其方の薬に間違いはない。心配するな。実はな、蜜の話なのだが……」
「はっ? 蜜、とは
私の言葉にイシュメルは驚き、レンは顔を赤らめていたが話さないわけにはいかない。
「ああ、そうだ。あの蜜だが……其方はあの蜜が甘く感じることがある、と聞いたことがあるか?」
「――っ!! 甘く? ま、さか……甘く、感じられたのですか?」
さらに目を見開いて驚きの表情を見せるイシュメルを見ながら、私は大きく頷いた。
「お互いの蜜だけを甘く感じたのだ。これは何か意味があるのか?」
「は、はい。まさか、私がこの素晴らしい歴史に立ち会えるとは思いもしませんでした」
「歴史? それはどういう意味だ?」
「このリスティア王国で数百年に一組、最高の相性を持ったご
イシュメルの手が震えている。
これはそれほどまでに素晴らしい出来事なのだ。
「ならば、私とレンは……」
「はい。すぐにでもご夫夫として身体をお繋ぎいただくことは可能でございます」
「そうか……。やはりな」
「と、申しますと……?」
「いや、先ほど風呂場でレンの後孔を解していたのだが、レンが一切痛みを感じる様子もなくほぐれていたのでな。其方の薬が効いているにしては早すぎると思っていたのだ」
「そうでございましたか……」
イシュメルが横たわるレンに目を向けると、レンは恥ずかしそうに布団に潜り込んだ。
ふふっ。実に可愛らしい。
「イシュメル……悪いが、この話は其方の心の中だけに留めておいてはくれないか?」
「理由をお聞かせいただいてもよろしゅうございますか?」
「ああ、レンが恥ずかしいと申すのだ」
「恥ずかしい?」
「レンは奥ゆかしいのでな、閨に関わることは人に知られたくないようだ。私もレンのことを想像されたくもない。だから、今回の件は其方の心の中だけに留めておいてくれぬか?」
イシュメルは私の言葉に大きく頷いた。
「そう仰ると思っておりました。レンさまの前に異世界からお越しになったお方も、閨での出来事は時の国王さまと私ども医師だけにお話しくださったようでございますから。レンさま、ご安心くださいませ。私は医師として決して秘密を漏らしたりはいたしません。ですから、これからも何かございましたら何なりとお話しくださいませ」
「イシュメルさん……はい。ありがとうございます」
レンは嬉しそうに微笑んでいたが、その笑顔すらイシュメルに見せたくないと思ってしまう私は本当に狭量だ。
ここまで心の狭い人間だとは思っていなかったのだがな。
愛しい人ができるとこうも変わってしまうのだな……。
父上に見られたら、きっと驚いたことだろう。
いや、自分とそっくりだと笑うかもしれないな。
「レン、これで其方との婚礼をひと月待つ必要が無くなったわけだが、レンはどうしたい? レンが私との結婚まで時間をかけてゆっくりと考えたいというのなら、予定通りひと月後にするとしよう。もし、レンがすぐにでも私と夫夫になってくれる気持ちがあるのなら、私はすぐにでもレンと結婚したい。私はレンの気持ちを尊重する。どうしたい?」
「あの、僕……」
言いにくそうに黙ってしまったレンを前に、
「言いにくいのであれば、私は席を外していようか? イシュメルになら話せるだろう?」
そういうと、レンは少し悩みながらも小さく頷いた。
「わかった。寝室の外に出ているから、終わったら声をかけてくれ」
「ありがとうございます、ルーファスさん……」
レンの優しげな声に、悪いようにはならないと自分に言い聞かせながらゆっくりと寝室を出た。
声が聞こえないとは思いつつも、私は扉の前から離れることはできなかった。
<side月坂蓮>
パタンと扉が閉まって、途端に寂しさが込み上げる。
そういえば、ずっとそばにいてくれたんだよね。
まさかあの甘い蜜にそんな秘密が隠されているなんて思いもしなかった。
だけど、ちっとも痛くなかったどころか、ものすごく気持ちよかったし相性がいいと言われればそうなのかもしれないと思う。
これで僕が血塗れになることがないと分かれば、すぐにでも結婚式となるのは想像がついた。
だって、もともと僕の……を解すための期間だったんだから。
ルーファスさんがすぐにでもと思うのは無理もない。
でも……僕、怖いんだ。
ルーファスさんの指を入れられただけでもあんなに気持ち良くなっちゃって、おかしくなっちゃったのに……。
あのルーファスさんのが入ってきたら、ルーファスさんに引かれちゃうくらいはしたなく声をあげてしまうんじゃないかって……。
それを見て、もし嫌われちゃったら……?
あれ以上に乱れる姿なんて見せたくない……そう思ってしまった。
だから、ルーファスさんがすぐにでも結婚式を挙げたいと言ってくれたことに頷けなかったんだ。
もし、あんなにも快感を感じなくなるような薬があったら……それを使わせてもらって、ルーファスさんと愛し合いたい。
そうしたら、ルーファスさんに引かれて嫌われちゃうような事態にはならないかもしれない。
イシュメルさんにそれを聞いて見たかったんだ。
「レンさま。何かお悩み事がございますか?」
僕はイシュメルさんに縋るように思いを伝えてみた。
すると黙って話を聞いてくれていたイシュメルさんはにっこりと微笑んで口を開いた。
「レンさま。それは取り越し苦労でございますよ」
「えっ? 取り越し、苦労?」
「はい。陛下にとって、自分の愛撫でレンさまが気持ちよくなられることは至極幸せなことなのです。レンさまがお心のままに感じて声をお上げになることが陛下の最高の幸せなのですよ。レンさまがどれだけ乱れようとも、陛下のレンさまへの想いが増すことはあっても決して減る事など有り得ません」
「本当ですか?」
「はい。これまでずっと王家の歴史を拝見してきたスウェンソン家の私が太鼓判を押します。ルーファスさまはレンさまのどんなお姿をご覧になっても、愛しいと仰いますよ」
その笑顔に心の中の憂いがさーっと晴れるような気がした。
「イシュメルさん、ありがとうございます! 僕、ルーファスさんに自分で話します」
「では、私はお暇いたします。何かありましたらいつでもお声がけください」
「はい」
僕の言葉にイシュメルさんはすぐに寝室を出ると、入れ替わるようにルーファスさんが入ってきた。
<sideルーファス>
イシュメルが寝室に入っていって、どれくらいの時間が経っただろう。
いや、おそらくそれほど経ってはいないはずだ。
だが、私にとっては数時間にも数十時間にも感じてしまうほど長く苦しい時間だった。
私たちの相性が良く、レンの身体が私を受け入れるのに問題がないとわかって、私は天にも昇る心地だった。
レンと身体を繋ぐことができることになったということだからではない。
もちろん、その気持ちがないわけではないが、それよりも何よりもレンとすぐにでも夫夫になれるのだという事実が私を喜ばせたのだ。
あれほど明確に私のそばにいてくれると言ってくれたレンだったが、このひと月の間にもし心変わりでもしたら……。
いや、それこそ元の世界に帰る方法が急に見つかりでもしたら……。
レンが私のそばから消えてしまうのではないかと不安な気持ちも少なからずあったのだ。
それはレンを信頼していないということではない。
ただ、私が弱いだけだ。
自分がこんなにも弱い人間だとは思っても見なかった。
だからこそ、レンとすぐにでも夫夫になれるとわかったらすぐにでも正式な夫夫になりたかったのだ。
そう。
レンを私の元に物理的にも精神的にも繋ぎ止めておきたかった。
もしかしたら、レンはそんな私の打算的な思いに気づいていたのかもしれない。
だから、すぐにでも結婚できるとあっても了承してくれなかったのだろう。
しかも今、レンは私に話せないことをイシュメルに話している。
イシュメルが医師だから、なんでも話すといいと言ったのは私だ。
それでも、イシュメルに嫉妬してしまう。
ああ、私はなんと狭量なのだろう。
だから、レンに即決してもらえないのだ。
ああ……レンの気持ちをもう一度私に向けるためなら、ひと月でも一年でも待ってみせよう。
それでレンがそばにいてくれるのなら我慢くらいしてみせる。
一人で扉の前でただひたすら待ち続けていると、悲観的なことしか考えられなくなってくる。
まだ、レンに結婚が嫌だと言われたわけではないのだ。
そうだ、もう少し希望を持ってみてもいいのではないか?
心に少しだけ希望の光を照らしながら待っていると、鉄の扉のように私とレンとを引き裂いていた寝室の扉がカチャリと音を立てて開いた。
「――っ、イシュメルっ! レンは? レンはどんな様子なのだ?」
「陛下。ご自分でお確かめください。では、私は失礼いたします」
意味ありげに笑みを浮かべながら、イシュメルが立ち去っていくのを見送りながら慌てて寝室に飛び込み、恐る恐るレンの名を呼ぶと
「ルーファスさんっ! 僕、すぐにでもルーファスさんと結婚したいっ!!」
突然レンがそう叫んだ。
――ルーファスさんと結婚したいっ!!
私の頭がその言葉を理解した瞬間、身体が無意識に動き、気づけばレンを強く抱きしめていた。
「ルーファスさん、即答できなくてごめんなさい……」
「そんなことはどうでもいい。レン、無理はしていないか? 私のために無理をしているならすぐに言ってくれ。今ならまだ我慢できる」
「ルーファスさん……どうしていつも僕のことばっかり……。優しすぎです!」
「レン、私は優しいんじゃない。ただ怖いだけなんだ。レンに無理をさせたら私の前からいなくなるんじゃないかと……」
「ルーファスさん……そんな心配しないでください。僕はいなくなったりしませんから……」
「レン……」
レンの優しい言葉にさっきまで悲観的になっていた心が温められていく。
もう大丈夫だと思いつつも、腕の中に抱くレンを手放せずにいる。
それは、レンがイシュメルと何を話したのかが気になって仕方がないからかもしれない。
私はゴクリと息を呑み、意を決してレンに尋ねた。
「レン……イシュメルと、何を話したのだ?」
「えっ、あの……それは……」
途端に言葉に詰まったレンに慌てて、
「いや、なんでもない。気にしないでくれ。無理して話すことはないんだ」
というと、レンは少し緊張している様子だったが、私の目を見つめて口を開いた。
「あの、僕……ルーファスさんに、聞いて欲しいです……」
「レン、本当に無理をしなくていいのだぞ? 私はレンが結婚したいと言ってくれただけで十分幸せなのだから」
「いいえ、僕が聞いて欲しいんです! でも、恥ずかしいから……こう、させてください……」
そういうと、レンは私の胸元に顔を隠しゆっくりと話し始めた。
「僕……怖かったんです……」
ああ、やはりそうだな。
いくら身体が受け入れられると聞かされても、レンのあの小さな身体に受け入れようとするにはかなりの覚悟が必要だろう。
「レン……私は、無理に身体を繋げぬとも――」
「違うんですっ! そうじゃなくて……僕は、……その、気持ち良すぎて……すぐにおかしくなってしまって……」
えっ? 今、レンはなんと言ったのだ?
「指を入れられるだけであんなに気持ちよかったから、ルーファスさんのおっきいので中を擦られたら一体どれだけ気持ちよくなっちゃうんだろうって……ドキドキして……。でも、あんまり乱れすぎて……その、ルーファスさんにはしたない姿見られて……嫌われちゃったら、やだなって……。だから、僕……イシュメルさんにあんまり乱れないように快感を感じなくなるような薬があったら欲しいなって思って……」
はしたなく乱れすぎて嫌われたくない?
これは本当にレンが話していることなのか?
私の願望が見せている夢ではないか?
そう思ってしまうほど、レンの話が嬉しすぎてもうどうにかなってしまいそうだ。
「レンっ! 其方を嫌いになることなどあるはずがない! はしたなく乱れる? そんな姿見せてもらえるなど私にとっては褒美でしかない! レンが私の愛撫に狂ってくれるなら私はどんなことでもしたいと思っているくらいであるのに……!」
「……イシュメルさんの、言った通りだ……」
「イシュメルの? レン、どういうことだ?」
「ルーファスさんが、僕を嫌いになんてなるわけないって……僕が考えていることは全て取り越し苦労だって」
「ああ、その通りだ。だが、悪い。今は他の男の名前は聞きたくない」
「えっ? わっ!」
私はイシュメルに嫉妬心を抱きながら、レンを強く抱きしめた。
「レン、改めて私の想いを伝えよう。私はレンのどんな姿を見ても愛しいと思うだろう。それは生涯の伴侶だからではない。レンのことだけを心から愛しているからだ。ずっとそばにいてほしい。レン……私とすぐに夫夫になってくれないか?」
緊張で胸を震わせながら問いかけると、レンは大きく頷いて
「はい。僕をルーファスさんの
と笑顔で言ってくれた。
ようやく私たちは夫夫になるのだ。
私は今日のこの日を一生忘れることはないだろう。
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