第13話 レンの疑問

「あー、ゴホンっ。よろしいですか?」


「ああ、悪かった。それで話しておかねばならぬ事とはなんだ?」


そう尋ねると、イシュメルは真剣な表情で私を見つめた。


「これから話す事柄は陛下とご伴侶さまだけの心の中だけに留めておいてくださいませ」


「わかった」


「我が国の長い歴史の中でご伴侶さまと同じく異世界からお越しになったのは二人いると申し上げました。そのうちのお一人はご伴侶さまと同じく元の世界への帰還を希望されましたが、その方法を探している数ヶ月の間に、時の国王の熱心な求婚に心を動かされ、この世界にとどまる決断をされ、その後、お二人が一緒に息を引き取るその時まで幸せな結婚生活を続けられました」


イシュメルの言葉にレンの表情が明るくなった。

レンも同じように私のそばにいたいと言ってくれたばかりだからな。

私もこのようにレンと息を引き取るその時まで……いや、死しても尚、レンと共にありたいものだ。


「そして、もうひと方も同じく元の世界への帰還を希望されましたが、時の国王はそのことに酷くお怒りになり無理やりそのお方の身体を奪い、しかも、元の世界に戻ることがないように城の裏にある塔に幽閉なさいました。そして、あろうことか国王は側室に手を出され、その側室が懐妊したことを知ったそのお方は自らの命を絶たれたのです」


「――っ、そんな、ひどいっ」


レンが怒りに身体を震わせている。

私はそっとレンの身体を抱きしめながら、イシュメルに尋ねた。


「それで、時の国王はどうなったのだ?」


「そのお方の命が尽きたその時に、雷に打たれて側室と子ども共々お亡くなりになりました。そこから数十年もの間、我が国は神の怒りをかい、生涯の伴侶を得られる指輪を持って生まれてくる次代の王は現れませんでした。その間、王家の血筋であるお方が何人も交代で王を務めては早世され、このことに不安を抱いた国民が国外へと逃げていき、これではいけないと名乗りを上げたのが、時の国王となったサミュエルさまでございます」


「おお、サミュエル国王か」


不遇の時代を乗り越えた王として伝説となっているがまさか、こんな背景があろうとは……。


「サミュエルさまはそのお方が命を絶たれた塔に自らお入りになり、最低限の飲み物と食事だけで1年もの間、祈り続けたのです。そして、雷のような衝撃を受け失神から目覚めたサミュエルさまの手に指輪が入っていたと伝えられております」


「すごい人、ですね……その、サミュエルさまって……」


「ああ、そうだな」


私が父上から教えられた生涯の伴侶についての数々のしきたりはこの歴史を踏まえてのことだったのだ。


「この御二方でしか判断はできないのでございますが、残念ながら元の世界に戻る方法は見つかっておりません。ただ、異世界より現れた生涯のご伴侶さまをどれだけの思いで愛するか、なんの打算もなく、ただご伴侶さまのことだけを思いやることができるか、そのお気持ちが巡り巡ってこの国の繁栄に繋がるということは間違いございません。ですから、私は陛下の本心をお伺いしたかったのでございます。そうしたら、陛下は自分の命をお捨てになってでもご伴侶さまを幸せにしてあげたいと仰った。それが全てでございます」


「もしかして、お前はレンが目を覚ましたことに気づいていたのか?」


「はい。私も医者の端くれ。表情を見ただけで本当に寝ていらっしゃるかどうかはわかります。ですが、ご伴侶さまにも陛下のお気持ちを知っていただく良い機会だと思ったのでございます。どうかお許しくださいませ」


イシュメルは深々と頭を下げるが、いやいや、逆によくやったと褒めてやりたいくらいだ。

お前のおかげでレンは私の思いを知って、この世界に留まってくれると言ってくれたのだからな。


「イシュメル、顔を上げてくれ。私はお前に感謝しかないのだ。私とレンの縁を繋いでくれたのだからな。そうだろう……レン」


腕の中にいるレンにそう問いかけると、レンは少し顔を赤くしながら


「はい。イシュメルさんのおかげです……」


と言ってくれた。


「そう仰っていただけて安心いたしました。それでは少しご伴侶さまの診察をさせていただきましょうか」


「何か心配なところがあるのか?」


「少しお顔の色が悪いようですから、毎日少し長めの睡眠が必要ですね。食事はお身体もお小さくていらっしゃいますので、朝昼晩と時間は気にせずにいつでも食べられるものを食べたいだけ召し上がるようになさってください。ご伴侶さまの体調に合わせた薬を調合いたしますので、それを毎日必ずお召し上がりくださいませ」


「わかった。私が責任持ってレンの体調を管理する」


そうはっきりというと、イシュメルはにっこりと笑みを浮かべ、レンは嬉しそうに私の手を握った。


「それから、ご伴侶さまのお身体のお話で一番大切なことでございますが……」


「なんだ? 早く申せ」


「はい。陛下とレンさまのご体格差を考えますと、お身体をお繋ぎになるのは1ヶ月はお待ちいただく必要がございます」


「なに? それはどういうことだ?」


「ご伴侶さまと同じく異世界から来られたお方もご伴侶さまのように小さく華奢なお身体をされておりました。十分に解しても最初は少し裂けて寝室が血に塗れたと伺っております。ですから、私が後でお持ちいたします薬で1ヶ月ほど拡げられてから、初夜を迎えられることをお約束いただきたいのです」


イシュメルの真剣な表情に私はわかったというしかなかった。

レンの身体は確かに小さいから、それも当然だろう。




「あの……」


少し不安げなレンの声が耳に入ってきた。


「レン、どうした?」


「あの……僕、少し……わからないことがあって……」


「心配事があるならば、イシュメルに何でも話しておくといい。話しにくいなら、私は外に出ていようか?」


きっと怖くなったに違いない。

1ヶ月も解さなければ身体を繋げられないことに。


それはそうだろう。

こんなにも体格が違うのだ。

恐怖を覚えても仕方がない。

だが、レンがそれで私と愛し合うことを嫌がったとしても、私はそれでいい。


レンと同じ異世界からやってきた伴侶の心に寄り添わず、ひどい仕打ちで死に追いやったあの国王のようなことは絶対にしない。

自分を殴りつけてでも、レンの身体を無理やりに奪うようなことは決してしないと誓う。


深く愛し合うことができなかったとしても、レンは元の世界に戻ることよりも私を選んでくれたのだ。

そんなレンと一緒にいられる方が幸せなのだから。

だから私は死ぬまで愛し合えなくてもいい。

その覚悟はできている。



イシュメルと話したいだろうレンのために、ベッドから離れようと腰をあげると、


「えっ……ルーファスさんも一緒にいてください……」


と私の服の袖をそっと掴んでくる。



ぐぅ――っ! かわいいっ!


レンの可愛い姿に思わず大声が出そうになったのを必死に堪えながら


「わ、私もいていいのか?」


と必死に冷静を装いながら尋ねると


「はい。一緒がいいです」


と満面の笑顔を見せてくれる。


ああ、本当にレンは何でこんなに可愛いのだろうな。


「じゃあ、そうしよう」


レンをギュッと腕に抱き、


「何が聞きたいのだ?」


と優しく尋ねると、レンは少し戸惑った様子を見せながらも、ゆっくりと口を開いた。


「あの……身体を繋げるって……どういう意味ですか?」


「「え――っ??」」


レンの言葉に私もイシュメルも言葉が出なかった。


「裂けて血塗れって……どこが血塗れになるんですか? 寝室で……何か痛いことをするんでしょうか?」


不安そうな表情を見せ、必死に私たちに質問を投げかけてくるが、一体何から話せばいいのか……。


レンは21だと言っていたはずだ。

それなのに、身体を繋げる意味を知らないとは……。


まるで天使のような清らかさだ。


もしや、だから神に愛されここに連れてこられたのか?

もしかしたらこの世界に連れてこられる異世界人は皆、レンのように清らかなものなのでは?


だからこそ、あの国王が無理に身体を奪って傷つけた時、あれほどの罰を与えられたのではないか?

いや、そうでなくてもあの国王のやったことは酷かったが……。


「あの……」


レンが不安げに見つめてくる。

ああっ、早く安心させてあげなければ!


だが何と言ってあげたら良いのだろう?


イシュメルに目を向けるとイシュメルもどう教えれば良いのかと悩んでいるようだ。

それもそうだろう。

この国では成人になった途端、結婚する者もいる。


だからこそ自分の相手が男か女かわからない時期から、交わりについては学習するのが一般的なのだ。


この答え如何によっては、レンが私との交わりをどうするかが決まるだろう。


それでも正直に説明してやるしかないな……。


「わからないことばかりで、レンを不安にさせてしまっていたのだな……。申し訳ない」


「そんな……僕が無知なだけです、ごめんなさい……」


「レンが謝ることはないよ。今からちゃんと説明するから、わからないことがあったらその都度、聞いてくれればいい」


そういうと、レンは頷いてくれた。


「レンのいた世界では、男同士や女同士で愛し合うものはいないか?」


「えっ? えっと……いる、と思います。実際そういう人たちにあったことはないですが、結婚できる国もあったりしますから」


「そうか。身体を繋げるというのは深く愛し合うということだ。男女であれば、それで子が出来る」


「子どもが……? ――っ、じゃあ、身体を繋げるって……えっちするってこと、ですか?」


「えっち? レンのいた場所ではそういうのだな。子が出来ることをえっちというのならそうだ」


「えっ、で、でも……僕もルーファスさんも男ですよ。どうやって、身体を繋げるんですか?」


「男同士の場合は、後孔を使うのだ」


「後孔……って、えっ……ここ?」


目を見開いて驚いているが、ここで話を止めるわけにはいかない。


「ああ、そうだ。それを柔らかく解して、挿入する。私とレンであれば、私のをレンのそこに挿入するということになるな」


「あ、だから裂けるって……」


「そうだ。レンたち異世界人は私たちと比べると身体がかなり小さい。だから受け入れる場所を解して柔らかくしてあげなければ、挿入らないだろう」


「ああ、なるほど。そういうことなんですね……」


レンは大きく頷いて見せた。

とりあえず言葉の意味を理解してくれたようだな。


<side月坂蓮>


ルーファスさんの僕への想いを聞いて、絶対に死なせるわけにはいかないと思った。


僕が帰ればとんでもない未来が待っていたとしても、それでも僕が幸せでいてくれたらいい。

そうはっきり言ってくれた時、僕の気持ちは固まった。


こんなにも僕を思ってくれている人を捨てて、元の世界に戻って果たして幸せになれるのか……。

いや、絶対になれない。


きっとあっちに帰っても、ルーファスさんがどうなったかが気になって仕方がないはずだ。

父さんと母さんは僕がいなくなって、いっときは寂しい時を過ごすかもしれない。

それでも二人で生きていける。


でも、ルーファスさんは僕がいなければ生きている意味もない。

そう言ってくれたんだ。


だからこそ、僕はルーファスさんと一緒にいたいと願った。


結局、元の世界に戻る方法はないと言われたけれど、その前に自分で気持ちに踏ん切りがついていたから、悲しいとも何も思わなかった。


ただ唯一の心残りといえば、父さんと母さんにさようならが言えなかったことだけ。

いつか、父さんと母さんに夢の中でいいから会ってここで幸せにしているよと伝えたい。

僕の願いはそれだけだ。


お医者さんのイシュメルさんに診察をしてもらって、食べたいものを食べたい時間に食べたいだけ食べるってことと、よく寝なさいってことと、僕の体調に合わせて作ってくれる薬も飲みなさいってことは理解できた。


だけど、僕の身体で一番大事なことだと言って話してくれた内容は全く理解ができなかった。


身体を繋げるのは1ヶ月待つこと。

それに備えて薬で拡げること。

それをしなければ裂けて寝室が血塗れになるのだということ。


大まかにこういうことをイシュメルさんとルーファスさんは話していたけれど、そもそも身体を繋げるってどういうこと?

裂けて血塗れって一体どこが裂けるの?


二人の中でどんどん話が進んでいくのに水をさすようで申し訳ないと思いつつも、それが気になって仕方がなくて尋ねてみると思いもかけない答えが返ってきた。


「身体を繋げるというのは深く愛し合うということだ。男女であれば、それで子が出来る」


男女であれば子ができる……子が出来る……子が……。


って、それって……。


えっちするってことだよね?


僕はまだ誰ともえっちしたことはないし、そこまで詳しくは知らないけれどそれって男同士でも出来るものなの?

それともこの世界が特殊なの?


いっぱいハテナが浮かんできて、ルーファスさんに男同士でどうやってえっちする……身体を繋げるのかと尋ねてみると、後孔を使うんだと言われて、一瞬、後孔? と思ったけれど、スッとルーファスさんの手が僕のお尻に触れてわかった。


それって、お尻の穴ってこと?


確かにあのあたりは大きな血管も張り巡らされているらしいから、裂けたら血塗れになるのもわかる。


そうならないために薬で拡げて、ルーファスさんのを受け入れられるようにするってことか。

なるほどね。


「あ、あの……」


「んっ? レン、どうした?」


「その拡げる薬って、どうやって使うんですか? 僕にもできますか?」


「「えっ?」」


「早く拡げられるように僕も頑張れたらなと思ってるんですけど、僕にもできますか?」


そう尋ねた瞬間、ルーファスさんの大きな体に抱きしめられた。


「ああっ!! レンっ!! 私は嬉しいぞっ!!!」


「えっ? ど、どうしたんですか?」


ルーファスさんに満面の笑みで抱きしめられながらも、なんでこんなに喜んでくれているのかもわからない。


「私と身体を繋げるために頑張ってくれるのだろう? それは私と身体を繋げても良いと言ってくれているのだな?」


「えっ? あ――っ、あの……そう、いうこと、になるのかな……?」


そういえば、なんでこんなに簡単に受け入れたんだろう?

お尻の穴に男の人の……を挿入いれるなんて、考えてみればとんでもないことなのに。


でも、嫌だとは……そんな思いは微塵もなかった。

裂けて血が出るのは怖いなと少しは思ったけれど、拡げられるならいいかと思ってしまった。


どうしてだろう……。


やっぱりルーファスさんだからかな。

あんなに僕のことを思ってくれる人ならいいと思った。


今まで誰とも考えたことは一度もなかったけれど、ルーファスさんとならいいかなってそう思えたんだ。




「レンさま。ご自分でなさるのは大変かと存じます」


抱き合ったままになっている僕たちをみながら、イシュメルさんが笑顔で教えてくれた。


「あの、じゃあどうやって……?」


「それは――」

「レンっ、私がやるから心配しないでいい」


イシュメルさんの言葉に被さるようにルーファスさんがそう言い出した。


「えっ? ルーファスさんが?」


「ああ、風呂や寝室で私の手に薬を纏わせて、ゆっくりと解していくんだ。まだ一度も受け入れてないそこは硬く窄まっているのだが、そうやって毎日柔らかく解すことで柔軟に拡がるようになるんだよ」


「それって……かなり恥ずかしくないですか?」


「ふふっ。大丈夫。私しか見ないから」


にっこりとそう微笑むけれど、いやいや、自分でも見たことないような場所を毎日毎日触れられて解されるってかなりの羞恥なんだけどな。


でもそこまでしないとできないんだから仕方ないんだろうな……。


「レンさま。陛下にお願いしてもよろしゅうございますか?」


僕が頷くと、イシュメルさんは、僕を抱きしめたまま喜ぶルーファスさんを見ながら、


「何か気になることがあればいつでも主治医の私をお呼びくださいね」


とにっこり微笑んでくれた。


ああ、すごく優しい先生が主治医になってくれて本当によかった。



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