第12話 レンの幸せのために
<sideルーファス>
「少し風が冷たくなってきたな。レンが風邪を引くといけない。そろそろ戻ろうか」
楽しすぎる食事を終え、暖かな日差しの中でレンと心地よい時間を過ごしていたが少し日が陰ってきた。
名残惜しいがそろそろ戻ったほうがいいだろう。
レンに声をかけたと同時にトンっと腕に何かがぶつかった。
この軽い衝撃は……。
さっと横を見るとレンが私の腕に身体を預け、すやすやと眠っていた。
ああ……レン。
こんなに無防備に可愛らしい寝顔を晒すとは……。
どこまで私に心を許してくれているのだろう。
愛くるしいレンの寝顔にギュッと胸を掴まれながら、レンを起こさないようにそっと抱き上げ、私の膝の上に乗せた。
腕でレンを支えながらさっと自分の上着を脱ぎ、レンに被せ、
「レナルド、靴を」
食事の前にレンが脱がしてくれた靴を受け取り靴を履いた。
「お部屋にお戻りになりますか?」
「ああ。ベッドに寝かせてやったほうがよかろう」
「書庫で真剣に本を読んでいらっしゃいましたから、お疲れになったのでしょう」
レナルドの言葉に書庫でのレンの様子を思い出す。
確かにあの膨大な量を読み耽るにはレンの身体には負担がかかりすぎるだろう。
「そうだな。一度イシュメルの診察を受けさせたほうが良いかも知れぬ。レンにあった薬も作ってもらえるだろう。クリフ、手配を」
「承知いたしました」
クリフの言葉に頷き、羽のように軽いレンを抱きかかえたまま立ち上がり、そのまま自室へと向かった。
寝室のベッドに寝かせて、レンの艶やかな髪を優しく撫でているとレンが可愛らしい笑顔を見せた。
ああ、いつまでもこの笑顔を隣で見ていられたら私はどんなことでもできるのに。
しばらくして、部屋の扉が叩かれた。
おそらく先ほど頼んだイシュメルが来たのだろう。
レンを起こさないように寝室の外で返事をしようと思ったが、知らぬうちにレンの手が私の袖を掴んでいて、離すのがかわいそうに思える。
レンを起こさないように配慮しながら
「入れ」
と声を出すと、カチャリと扉が開く音が聞こえた。
レンはまだすやすやと眠りの中だ。
ホッとしたと同時にこんな近くの声すらも聞こえないほど身体が疲弊してしまっているのだと気づく、
もっと私が気遣うべきだったのだ。
後悔しても遅いが、なんとかレンの体調が良くなるように診てもらうしかない。
「陛下。イシュメルでございます」
寝室の扉越しに小さな声が聞こえる。
「入れ」
その言葉にそっと扉を開き入ってきたのはリスティア王国一の腕を誇る王城専属医師・イシュメルだ。
この者なら、レンを診させるのも安心だ。
深々と頭をさげるイシュメルに
「この子の診察を頼む」
というと、イシュメルはゆっくりと顔を上げた。
レンの顔を見た瞬間、イシュメルはハッと表情を変え
「陛下。おそばで拝見させていただいてもよろしゅうございますか?」
と尋ねてきた。
イシュメルの様子を不思議に思いながらも頷くと、イシュメルはそっとレンの傍にいき、布団をゆっくりと捲った。
レンの小さな身体をじっくりと見つめてから、布団を優しく掛け直し
「陛下。このお方は陛下の生涯の伴侶でいらっしゃいますね? そして、この世界の者では無いのでは無いですか?」
と真剣な表情で尋ねてきた。
「イシュメル、なぜそのようなことを尋ねるのだ? お前は何か知っているのか?」
「恐れながら申し上げます。このお方の見た目が我が家に伝わるお方の特徴と酷似しているのでございます」
「見た目が……とは、どういうことだ?」
「陛下もご存じのとおり、我がスウェンソン家は代々王城専属医師として王家に深く関わりを持ち、このリスティア王国が建国されたその時代から、私たちは王家を見守って参りました。ですから、我がスウェンソン家では王家の皆さまよりも生涯の伴侶について詳しい情報が受け継がれております」
確かにそうだ。
王城の書庫にすら残っていない秘匿情報も医師であるスウェンソン家には全て残っているはずだ。
だが、我々当事者である王すらも知らない生涯の伴侶についての詳しい情報とは一体なんなのだろう?
「詳しい情報とはなんだ?」
「次代の王となられる運命を背負ってこの世に生を受ける我が国の王でございますが、このリスティア王国の長い歴史の中で25歳を過ぎてから生涯の伴侶と出逢われた王は、今までに御二方おられます。そして、そのどちらも、その出逢われた生涯の伴侶は異世界からお越しになったお方でございます」
「な――っ、それは本当なのか?」
「はい。ですから、陛下の生涯の伴侶も異世界からお越しになるのではと予測しておりました」
イシュメルの言葉に驚きが隠せない。
だがイシュメルは驚く私をよそに次々と驚くべき情報を話した。
「異世界からお越しになったご伴侶さまは、御二方とも身体が小さく、漆黒の髪色と同色の瞳を持っていらっしゃったと私どもが持っている資料にはそう記載されておりました。ですから、こちらのお方を見た瞬間にすぐに異世界から来られたお方だとわかりました」
なるほど。
そんな資料が残されているのならば、イシュメルがひと目見てレンを私の生涯の伴侶であり、異世界から来た者だと分かったはずだ。
この話が全て真実だとするならば、もしかして、レンが聞きたがっていることをイシュメルが知っているのではないか。
だが、それを聞いていいのか?
もし、その方法があると知れば、私はレンに嘘を突き通すことはできないだろう。
どうする?
いや、私はレンの幸せを選ぶと決めたではないか。
たとえ、レンと離れ離れになろうともレンに誠実であり続けなければいけないのだ。
私はレンのために尋ねることを決めた。
元の世界に戻る方法を知っているか……と。
「イシュメル、生涯の伴侶が異世界から来た王が私の前にも二人いると言ったな?」
「はい。申し上げました」
「その二人の伴侶はどうしたのだ? 素直にここに留まったか? それとも元の世界に戻ったのか?」
「その質問にお答えする前に、陛下がどのような理由からそのことをお知りになりたいのかお尋ねしてもよろしいですか?」
イシュメルの鋭い視線に一瞬言葉に詰まるが、ここは正直に話さねばイシュメルは教えてはくれないだろう。
私が国王だとしてもそれは変わらない。
それが王城専属医師として代々王家に仕えてきたスウェンソン家としての誇りなのだから……。
「私の生涯の伴侶であるこのレンには……あちらにまだ健在の両親がいる。それなのにその両親と突然引き離され、私のためにたった一人でこのリスティア王国に連れてこられたのだ。何もわからず、知らない世界で勝手に私の伴侶だと言われ戸惑うのは当然だろう。レンがこの国にいたくない、元の世界に帰りたいと望むならば私はその願いを叶えてあげたい。だから、お前がその方法を知っているならば、レンのために教えて欲しいのだ」
「……陛下は、それでよろしいのですか? こんなにも待ち続けた生涯の伴侶をようやく手に入れ、やっと幸せを掴んだというのに……。それをみすみす手放すようなことをなさって後悔されませんか?」
「するに決まっているだろう!」
イシュメルの言葉に思わず大きな声が出てしまった。
レンを起こしてしまったかと焦ったが、レンは微動だにせずぐっすりと眠っているようだった。
ホッと息を吐きながら、レンを見つめていると
「ならば、そのような方法などないと最初から仰ればよかったのではありませんか?」
と冷静な声で再び問いかけられ、息を呑んだ。
「――っ! 私も、そう言いたかった……。だが、元の世界に帰りたいと泣くレンを見ていたら私の思いなどどうでもいいと思ったのだ。私はレンに幸せになってほしい。レンの幸せのためならば、私はどうなってもいいのだ。元々、生涯の伴侶に出会うことは諦めていた。それを束の間であったとしても、レンと出会い、幸せな時間を過ごすことができた。それだけで……私は幸せになれたのだ。だから、私はレンを幸せにしてやりたい。ただそれだけだ」
「生涯の伴侶と離れた後、こちらに残された王が非業の最期を遂げることになるとしてもそう言い切れますか?」
「やはりそうなのだな。私自身、レンと離れれば生きてはいけないとわかっていた。だが、例え自分の命と引き換えにしても、レンが望むようにしてやりたい。レンの幸せを思えば、私の命など微々たるものだ。だから、頼む。レンを元の世界に帰す方法を教えてくれ」
キッパリとそう言い切った瞬間、イシュメルが柔らかな微笑みを見せた。
と同時に、
「ルーファスさん! 僕……ここにいます!」
というレンの声が響き渡った。
突然聞こえたレンの声に私は慌ててレンを見ると、レンは身体を起こし私に両手を伸ばしていた。
「――っ! レンっ!!」
何がどうなっているかもわからないまま、さっと身体が動きレンを強く抱きしめた。
「ルーファスさんっ! 死んじゃいやだっ! だから、僕を帰さないで!」
「――っ! レンっ! 私のことなど気にしなくとも良いのだ! 私はレンのためならば――」
「僕のためなら尚更です! 僕、ルーファスさんと一緒にいたい! だからっ、だから……僕を帰さないで……」
涙を流しながら必死に私にしがみついてくるレンに溢れんばかりの愛おしさが募る。
ああ、どうしてこの子はこんなにも……。
「レン……もう一度だけ聞く。これからあとは気持ちが変わっても絶対に離せないから。だから、もう一度だけレンの気持ちを聞かせてくれ……」
私の言葉に涙を潤ませ頷くレンを見つめながら
「レン、お前は元の世界に帰りたいか? それともここに留まって私のそばにいてくれるか?」
と尋ねると、レンはゆっくりと口を開き
「僕は元の世界には帰らない。ルーファスさんのそばで一緒にいたい」
そうはっきりと言い切ってくれた。
「ああ――っ、レンっ!! もう絶対に手放したりしない! 死ぬまでずっと一緒だ!」
レンの言葉が嬉しくて、気づけば私も涙を流しながら、しばらくの間レンを強く抱きしめていた。
「あー、ゴホッ、ゴホッ。少しよろしいでしょうか?」
その声に腕の中にいるレンがビクリと震えた。
ああ、そういえばイシュメルがいるのを忘れていたな。
「悪い、嬉しすぎて忘れていた」
「いえ、お気になさらず。生涯のご伴侶さまがこちらに残られるとご決断されましたところで、私から御二方にお話ししなければならないことがございます」
「それは何だ? もしや、悪いことか?」
そう尋ねるとレンの身体がピクリと震えた。
「ああ、レン。怖がらせてしまったな。申し訳ない。心配せずとも大丈夫だ。私が必ずレンを守る」
「ルーファスさん……」
レンは震えながらも、
「僕だって、ルーファスさんを守りますから安心してください!」
と言ってくれた。
「ふふっ。レンが私を守ってくれるのか。それは心強いな」
「はい。だって、僕はルーファスさんの伴侶ですから……」
そうにっこりと笑うレンの笑顔を見て私はどんな未来が待ち受けようとも、この笑顔を守り抜くのだと心に誓った。
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