第10話 王家の書庫
<sideルーファス>
昨夜は私の夜着を着せて寝かせた。
長い袖を何度も折り曲げ、裾からスラリと細く長い脚を見せるレンの姿はとても愛らしかった。
今日もそのままでいて欲しいくらいだったが、さすがに寝巻きのままでいさせるわけにもいかない。
何よりこの可愛らしい姿を私以外の者が目にするなど許せることではない。
元の世界に戻る方法が見つかるまではレンはここに留まるのだし、服は必要だろう。
今日にでも仕立て屋を呼び、レンの服を誂えるとしよう。
その服ができるまでの間、レンに何を着せようかと考えた時に、思い出したのは私の子ども時代の服だった。
あれならきっとレンにも合うはずだ。
たとえ少しくらい大きくともそれくらいの手直しならすぐにできるはずだ。
私はクローゼットに収められている服の中から、レンが着られそうな大きさのものを選んでレンに手渡した。
成人前に着ていた服だと説明はしたが、あの服を着ていたのは10歳くらいだろうか。
まぁそれでも成人前に変わりはない。
嘘をついたわけではないからいいだろう。
王家の紋章がしっかりとつけられたこの服は、当時王子であった私の持っていた物の中でも特別な物だ。
私がレンを自室に住まわせ、自ら世話をしているという事実だけでも十分すぎるほどの特別待遇だが、レンにこれを着させておけば決して軽んじられることはない。
それくらい特別な意味をもつ服なのだ。
レンはこの服を見て、
「着方は難しいですか?」
と尋ねてきたが、確かに慣れるまでは時間がかかるかもしれない。
だが、決して人の手を借りなければ着られない代物ということではない。
それでも私がこの手でレンに着せてあげたかったのだ。
服を着させ、声をかけるとレンはすぐに鏡の前に向かい自分の姿に驚き感嘆の声をあげながら、鏡の前でくるくると回ったりポーズを決めたりする。
「くっ――!!」
なんだ、この可愛い生き物は……。
これが本当に21歳なのか?
信じられん……。
私が着ていた服とは思えないほど、可愛らしいその姿に思わず膝から崩れ落ちた。
「ルーファスさん?? だ、大丈夫ですか?」
突然の私の奇行に驚き駆け寄ってきてくれたレンが私の手をそっと握りながら、
「どこか苦しいところでもありますか?」
と心配そうに尋ねてくれる。
おそらく病気だと思ったのだろう。
ああ、なんて優しいんだ。
「大丈夫だ。レンがあまりにも可愛くて我慢できなかっただけだ」
「えっ? かわいい――? ああ、この服ですか。ふふっ、これをルーファスさんも着てたんですね。でも、これは可愛いというより、かっこいいですよ。ルーファスさん、この服を着こなしてたんだろうなと思ったら、すっごくかっこいい姿想像しちゃいました」
「えっ? かっこいい? もしかして、鏡を見ながらそう思ってくれていたのか?」
「はい。だって、僕が着るよりルーファスさんが着た方が絶対似合いますから。でも……こうやってルーファスさんが着てたのを着せてもらえるのって、思い出を共有するみたいで楽しいですね」
「思い出を……共有……」
そうだな。
もし、レンが帰ってしまったら……きっと私はこの服を生涯大事にするだろうな。
いや、そもそも生きていられるかはわからんが……。
途端に寂しさが込み上げてきたが、レンの気持ちはものすごく嬉しい。
ただ私の気持ちが追いついていかないだけだ。
「ルーファスさん?」
いきなり黙ってしまった私を心配するようにレンが声をかけてくれる。
今はまだ帰ってしまうことを考えるのはやめよう。
そうだ。
目の前にいるレンのことだけを考えていればいい。
「レン、食事をしたら書庫へ連れて行こう」
「はいっ!」
嬉しそうな声をあげてレンはまた自分の姿を見に鏡へと向かった。
よほど気に入ってくれたようだ。
あの服を着ていると、この世界の者にしか見えないな。
本当にどうして私たちは異なる世界に生まれてしまったのだろう……。
それだけが不思議でならない。
レンが姿見に気を取られている間に私もさっと着替えを済ませた。
「レン、行こうか」
声をかけ寝室から出るとすぐにベルを鳴らし、クリフを呼んだ。
「おはようございます。ルーファスさま。レンさま」
挨拶をし頭を上げた瞬間、レンの姿を見たクリフは驚きの表情を見せた。
「ルーファスさま。その、レンさまの御衣装は……」
「ああ、よく似合っているだろう? これはレンのだからな」
「――っ、承知いたしました。レンさま、よくお似合いでございますよ」
「クリフさん、ありがとうございます」
にっこりと微笑むレンにクリフはとても嬉しそうに微笑み返していた。
クリフのことだ。
私があの服をレンに着せた意味を十二分に理解してくれているだろうからな。
それからすぐに朝食を終え、レンはソワソワと落ち着きがない。
きっと書庫に行くのが待ちきれないのだろう。
大丈夫だ。
レンは帰りたがっているわけではない。
ただ、帰る方法があるのかどうかを知りたいだけだ。
そう自分に言い聞かせるように、私はレンに書庫に案内しようと声をかけた。
自室から王家の書庫は少し離れた場所にある。
「いいか、レン。決して私から離れるでないぞ」
「はい。わかりました。こんな大きなお城で一人になっちゃったら、すぐに迷子になっちゃいそうですからね」
迷子の心配か。
レンらしいな。
部屋を出ると、レナルドが立っていた。
おそらくクリフから書庫に行くと聞いてきたのだろう。
「陛下。私もお供いたします」
「ああ、そうだな。頼む」
「はっ」
書庫に行くだけであるし、本来ならば連れて行くことはないがレナルドは今回の事情を全て知っている。
あの膨大な量の書庫を探すのに人手は多い方がいい。
私とレナルドでレンを挟むように歩きながら、書庫へと向かった。
書庫に入り、鍵をかけるとレナルドは
「レンくん、その格好良く似合ってるね」
とレンに声をかけた。
「ありがとうございます。ルーファスさんが貸してくださったんです」
「へえ、そうか……ルーファスがその服をな……。うん、よく似合ってるよ」
「あの……レナルドさん」
「どうした?」
「なんだかさっきと話し方が違う気がするんですけど、どっちのレナルドさんが本当なんですか?」
「ああ、そこ気になった? 私とルーファスはほとんど同じ年で従兄弟だから、二人で過ごすときやこうして他の人の目がない時は気楽に話しているんだ。公式の場では、一応国王さまと騎士団長だからね。身分を弁えて話さないといけないんだよ」
「なるほど、そうなんですね。でも……」
「んっ?」
「気楽に話している時の方がルーファスさんも楽しそうですね。やっぱりああやって敬語で話されると、少し壁を感じちゃいますもんね。僕、初めてお二人に会った時、すごく仲よさそうでなんでも言い合える人がいるっていいなって羨ましく思っちゃいました」
「レン……」
「レンくん……」
やはりレンは一人で心細いのだろう。
まぁそうだろうな。
突然誰も知り合いもいない世界にやってきて、話ができるのが我々だけ。
私以外にもレンの心を癒せる友達のような存在が必要かもしれないな。
<side月坂蓮>
書庫へと連れて行ってもらおうと部屋から出ると、湖で出会ったレナルドさんが扉の前に立っていた。
ものすごく丁寧な言葉遣いでルーファスさんに話しているのを不思議に思いながら、一緒に書庫まで行ってくれることになった。
書庫に入り、鍵をかけるとレナルドさんはすぐに昨日のような話し方に変わった。
どうしてだろうと気になって尋ねてみると、私的な場と公の場で話し方を変えているのだと教えてくれた。
仲良しの従兄弟なのに、公式の場では守らないといけないようなルールのようなものが存在するんだな。
でも考えてみれば、僕がいた世界の王族や皇族の人たちも公式の場ではお互いに敬語を話していたけれど、きっとあの人たちも家族しかいない場所では気楽に話しているんだろうし、そういうものなんだろうな。
それにしてもレナルドさんって、騎士団長さんだったんだ……。
ってことはとてつもなく強い人ってこと?
だって、騎士団のトップなんだもんね。
もしかしたらこの国で一番強いとか?
すごいな……。
でも、こんな仲良しさんなのに公式の場では身分を弁えて話すとか、間違えちゃったりしないのかな。
思わず気楽に喋っちゃったりとか。
でも、ルーファスさんもレナルドさんと気楽に話している時、すっごく楽しそうなんだよね。
いいなぁ。
僕は転校ばっかりしてたから、こんな気楽に話せる友達なんてなかなかできなかったし、お父さんもお母さんも一人っ子だったから、従兄弟もいないしな……。
そもそも親戚付き合いもほとんどなかったから、従兄弟がいてもここまで仲良しにはなれなかっただろうな。
こういう間柄って羨ましい……。
僕の言葉にルーファスさんもレナルドさんもなんだか真剣な表情で僕を見つめていた。
「あ、ごめんなさい。余計な話をしてしまって……。あの、どこから探したらいいですか?」
「ああ、そうだな。確か、歴代の王と王妃が残していた書物が集められていたはずだ。レナルド、あれはあっちだったか?」
「そうだな。とりあえずそこから調べてみるか」
王妃さまになった人って、僕と同じようにピッタリと指輪が嵌まった人ってことだよね?
みんな、国王さまの伴侶に選ばれて嬉しかったんだろうな。
そうだよね、だって王妃さまになれるんだもん。
僕みたいに結婚を嫌がったりする人なんていなかったのかも……。
「レン、ここだ。ほら、これは私の父上と母上が残した日記だな」
「それぞれあるんですね。ああっ、ちゃんと読めます。よかった。もしかしたら字は読めないのかもって心配してたんです」
「そう言われればそうだな。最初から私たちと会話ができていたし。これも宝石の威力なのかもしれないな」
そう言われて、スッと指輪に目をやると指輪がキラキラと光っているように見えた。
やっぱりこの指輪が何か意味を持っているんだろうか。
「両親の日記を読むことに少し抵抗があるが、何か手掛かりがあるかもしれないからな」
そう言って、ルーファスさんはお父さんの日記を読み始めると、しばらく経ってハッとした表情で僕に本を差し出した。
「ほら、レン。ここを読んでみてくれ」
ルーファスさんのお父さんの日記には
<私の息子ルーファスが握って生まれてきた指輪を受け取ってくれるのは一体誰なのか……。この世のものとは思えないあの宝石がピッタリと嵌まる相手はもしかしたらこの世のものではないのではないか……。いつか突然現れたりするのかもしれない。そういう気がしてならない>
と書かれていた。
「やはり、父上はわかっておられたのだ。私の指輪がピッタリ嵌まる子が異世界よりやってくることを……」
「あの、そんなにこの指輪は特別な宝石なのですか?」
「そうだな。少なくともこの国でこんなにもさまざまな色に変わる美しい宝石は見たことがない。そうだろう、レナルド」
「ああ。私の息子も指輪を握って生まれてきたが、色鮮やかな赤いルビーだった。素晴らしい輝きをしていたが、珍しいとまではいえないな」
「ちなみに母上も大きなダイヤモンドの指輪をつけていたが、大きさや輝きはともかく、ダイヤモンド自体はさほど珍しいものではない」
そうなんだ……。
そんなにこれは珍しいものだったんだ。
でも確かに綺麗すぎて魅入っちゃうもんな。
本当、神さまが作った宝石みたい。
「とにかく、こうやって歴代の王と王妃の書物を見ていけば、もしかしたら何か手掛かりが見つかるかもしれないぞ。手分けして探してみよう」
レナルドさんにそう言われて、僕は一番古そうなものから順々に読んでいくことにした。
それからどれくらい読み耽っていただろう。
かなりの量を読んだと思ったけれど、このリスティア王国の歴史はかなり長いようで、本はまだまだ無限にあるように見える。
今のところまだ、これぞ! という手がかりは見つからず、僕は少し疲れてきてしまった。
「レン休憩しよう。ずっと書庫にいるから、目も疲れているだろう。中庭で食事でもしようか」
「中庭ですか? わぁ、行ってみたいです」
きっと気分転換を考えてくれたのだろう。
見つからないとイライラしちゃう前にこうして声をかけてくれて本当に嬉しい。
やっぱりルーファスさんって優しいな。
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