第8話 美味しい食事とこの世の楽園

<side月坂蓮>


「きゅるるっ」


せっかく自分の描いた絵を褒めてもらっていたのに、空気の読めない僕のお腹が突然音を立ててしまった。

自作のお弁当を食べてからかなり時間が経っているし、さっきもらったお菓子も緊張で食べていない。

せっかく出してくれたのだから食べておけば、恥ずかしい思いをせずに済んだのに……。


今更後悔しても遅いけれど、もしかしたら聞こえてない……なんてことはないかな?


もう鳴らないように必死にお腹を押さえながら、恐る恐る隣に立つルーファスさんを見た。


「あの……聞こえ、ちゃいました?」


「ふふっ。愛らしい音が聞こえたな。まるで天使の声みたいだった」


「天使って……からかわないでください」


「からかってなどいないよ。本当にそう思ったのだ。何か食事を用意させよう。こっちにおいで」


優しく手を取られリビングへと連れていかれると、ソファーに案内された。

ルーファスさんがソファーの横にあるベルをチリンと鳴らすとすぐに扉が叩かれた。

すごいな、こんな小さな音で聞こえるんだ。

どんなシステムなんだろう……。


「ルーファスさま、お呼びでございますか?」


やってきたのはさっきお城に入ってきた時に出会ったルーファスさんの世話役だという執事さん。

名前はなんて言ったっけ……ああ、そうだ。

クリフさんだ。


「レンの食事の支度を頼む。私の分も一緒に用意してくれ」


「承知いたしました」


頭を下げて出て行こうとするクリフさんに、


「あ、あの……クリフ、さん!」


と声をかけると、驚いたような表情で僕に振り返った。


「はい。なんでございましょうか?」


「あの、突然お邪魔して申し訳ありません。しばらくこちらでお世話になりますレンといいます。あの、ご迷惑はかけないようにしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


なんて言ったらいいのかわからなくて、早口になっちゃったけど挨拶だけはちゃんとしておきたかった。

だって、お世話してもらうのに何も言わないなんて気持ち悪いもん。


頭を下げると、すごくびっくりしたような声で


「ルーファスさまっ! お聞きになりましたか? 私にあんなにも素晴らしい挨拶をしてくださったのですよ」


と興奮しているようだ。


えっ……僕……おかしなことしちゃったかな?


「ああ、クリフ。本当に素晴らしいな。私も驚いた。レンはあちらでは貴族だったのか?」


「えっ? 貴族? まさかそんなこと。僕はただの一般人です」


「一般、人? 平民、ということか?」


「平民? うーん、多分そうです」


「平民があれほど素晴らしい挨拶をする世界なのか……。それは素晴らしい。さすがレンのいた世界だな」


なんだかすごいことになってしまってるけど、まぁおかしなことしたんじゃなくてよかった。


「ああ、それよりもクリフ、レンが腹を空かせているから早く頼む」


「申し訳ございません。すぐにご用意いたします」


クリフさんは頭を下げると急いで部屋を出ていった。


それからすぐに食事が運ばれ、ダイニングテーブルには料理がいっぱい並べられた。


「わぁ、美味しそう!」


見た目はすっごく美味しそうだけど、味はどうなのかな……。

日本と同じ味付けだと嬉しいんだけどな。


「さぁ、レン。何から食べる?」


なぜか、ルーファスさんがナイフとフォークを持って僕を見ている。

もしかして食べさせてくれる気とか……?

いやいやいや、自分で食べられるんだけど。


「えっと、あの……僕、自分で食べられます、よ……」


「王家には守らなければいけないしきたりがあると言っただろう? これもその一つだ。生涯の伴侶の世話は必ずしなくてはいけない。大切な伴侶に食事を食べさせるのは当然のことだよ」


そっか。守らないと災いが……って言ってたよね。

元の世界に帰る方法を探してもらうんだし、それまではちゃんとしきたりを守っていた方がいいか。


「あの、じゃあ……お願い、します……」


「ああ。じゃあ、どれがいい?」


僕がお願いした途端、満面の笑みを見せたルーファスさんがとっても可愛くて思わず笑ってしまった。


「じゃあ、この料理食べてみたいです」


そういうと、ルーファスさんは嬉しそうに一口サイズに切り分け、口へ運んでくれた。


「んんっ!! これ、すっごく美味しいですっ!!」


「――っ!! そうか、それはよかった」


「ルーファスさんも食べてみてください」


「いや、レンが食べた方がいい」


「でも……一緒に食べた方がもっと美味しく感じますよ」


「――っ、じゃ、じゃあ私もいただこうか」


そう言って自分で切り分けようとしていたのを僕は慌てて止めた。


「あ、僕が食べさせてあげます」


「えっ?」


「だって、伴侶のお世話をするのは大事なしきたりなんですよね?」


「えっ、あ、ああ。そう、だな……」


「じゃあ、口開けてください。『あ〜ん』」


僕の声かけにルーファスさんが口を開いたのをみてそっと口へ運ぶと、僕をじっとみながらもぐもぐと口を動かした。


「ルーファスさん、美味しいですか?」


「――っ!! ああっ、美味しいな。レンが食べさせてくれたから今までで一番美味しいよ」


「ルーファスさんったら」


その後もずっとお互いに食事を食べさせ合いながら楽しい食事は終わった。




<sideルーファス>


レンの腹から可愛らしい音が鳴り、一気に顔を赤らめるレンの姿が愛おしくてたまらなかった。

こんなに可愛らしい音がこの世にあるとはな……。


まさに天使の声。


あまりの可愛らしさに腹を撫でてやりたいくらいだ。


いつまでもレンを飢えさせるわけにはいかない。


急いでクリフを呼び、食事の支度をさせることにした。


私の指示にすぐに部屋を出て行こうとするクリフを呼び止めたレンが何をするのかと思えば、突然クリフにとても丁寧な挨拶を始めた。


まさかの行動に私も当のクリフも驚きを隠せなかった。


この城に客人が宿泊したことは今までに何度もあるが、こうやって使用人に自ら、世話になると声をかけ、その上、迷惑をかけないようにするからよろしくなどと挨拶をしたものは誰一人いない。

国王である私の客であれば、誰もが自分も偉いとでもいうような振る舞いで使用人を使うというのにそもそもレンにはそのような気配が全くない。

てっきり素晴らしい躾をされた貴族かと思いきや、レンは平民なのだという。

なんと恐ろしく民度の高い世界なのだろう。


レンの素晴らしい一面を知ることになり、私はさらにレンへの想いを強めた。



ダイニングテーブルに並べられた料理をみて感嘆の声を上げるレンを微笑ましく思いながら、ナイフとフォークを手に取りどれから食べるかを尋ねると、レンは自分で食べられるといい出した。


きたっ!

ここでしっかりと話しておけば、素直なレンのことだ。

きっと疑ったりなどしないだろう。


生涯の伴侶の食事の世話をすることも大事なしきたりなのだというと、レンはやはり素直に受け入れてくれた。

ああ、これでこれからの食事の時間が楽しくなるな。


レンが食べたいという料理をレンの口に入るように切り分け、口へと運ぶと小さな口をそっと開けてくれた。

中に赤い小さな舌がみえて、少し興奮してしまう自分がいた。


そんな私の思いなど知らずにレンは興奮気味に美味しいと言ってくれた。


その姿に、扉の近くで我々の様子を見守っていたクリフがレンに気づかれないようによしっ!と拳を上げた。


この世界の料理はどうやらレンの口にも合うようだ。

後で料理長を誉めてやらねばな。


レンは自分だけが食べているのが気になったのか私にも食べるようにと声をかけてくれたが、正直言って自分が食べるよりレンが食べるのをみていたい。


そう思って断ったが、一緒に食べたらもっと美味しく感じるなどと言われては断れるわけもない。

レンの優しさに感動しながら、食事をしようとすると、レンが食べさせてくれるという。


一瞬私の妄想が見せた夢かと思ったが、


伴侶・・のお世話をするのは大事なしきたりなんですよね?」


と言ってくれたのだ。

ということはレンも私を伴侶だと認めてくれているということだ。


ああーっ、なんと幸せなことだろう!!


喜びに震えていると、


「あ〜ん』


と可愛らしい声と共に料理を運んでくれた。


ああ、ここはこの世の楽園か?


幸せすぎてどうにかなりそうだ。


嬉しそうに私の口に料理を運び、美味しいですか? と笑顔で尋ねてくるレンにレンが食べさせてくれたから今までで一番美味しいというと、レンは冗談だと思ったのか可愛らしく笑った。


その後もお互いに食事を食べさせ合い、気づけばクリフは部屋からいなくなっていた。




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