第7話 レンの素晴らしい才能
この国では次代の王となるものが、生涯の伴侶となる者にぴったりと嵌まる指輪を持って生まれてくる。
レンの指に嵌まった指輪も私が握って生まれてきたのだということ、そして、この国で必ず守らなければいけないしきたりがあり、それが生涯の伴侶以外との婚姻が認められていないこと、もし、生涯の伴侶以外の者と結婚するとこの国に災いが起こるとされていると伝えると、レンは大層驚いていた。
それくらい、自分が持って生まれてきた指輪にぴったりと嵌まる者を見つけるのはこの国にとっても重要なことなのだ。
それを聞いてレンは、自分が元の世界に戻った後の私のことを心配してくれているようだったが、正直言ってどうなるか私にもわからないのだ。
なぜならば、リスティア王国の長い歴史の中で、生涯の伴侶と婚姻することなく生涯を終えた王は未だかつていないからだ。
だから、もし、レンが元の世界に戻れば、その瞬間にこの国に災いが起こることもないとはいえない。
ただ、私が生涯独身を貫けば、災いが起こることは避けられるかもしれないがそれも絶対とは言い切れない。
レンはこの話を聞いて、自分が戻ることに抵抗を覚えているようだ。
だが、この国に災いを起こさないためにレンの気持ちを捻じ曲げてまで私のそばにいさせることはしたくない。
レンの意志で持ってこの国に留まりたいと思って貰えるようにならなければな。
いろんなことをレンに話したが、どうしても話しておきたいことがある。
「レン……これだけは信じてほしい。私にとって、レンが生涯の伴侶ということに変わりはないが、レンが指輪がぴったりと嵌まったから伴侶にしたいわけではないのだ」
私はレンを見た瞬間、身体中の血が沸き立つような不思議な感覚があった。
これを一目惚れと言うのかもしれない。
あの時、レンを見て一瞬にして心惹かれたのだ。
私にしてみれば、生涯の伴侶だから心惹かれたのではなく、心惹かれた相手が生涯の伴侶だったと言う方が正しい。
レンを心から好きになったから一緒にいたいと思ったのだ。
レンも同じように、私を見た時に何か感じなかっただろうか?
そう尋ねると、レンは少し考えながら、
「ルーファスさんを見て、今もドキドキしてますけど……それが好きっていう気持ちなのかはわからなくて……」
と恥ずかしそうに話してくれた。
私を見てドキドキすると言うのなら、おそらく私のことを意識はしてくれているはずだ。
きっとレンは今まで人を好きになったことがないのだろう。
だから、私を意識していることに気づいていないのだ。
そうだとすれば、まだ勝算はある。
レンが元の世界に戻る方法を調べるにはしばらく時間がかかるだろう。
その間に私のことをもっと好きになってもらえれば、レンの意志で私のそばにいたいと言ってくれるかもしれない。
決してレンが元の世界に戻ることを邪魔はしない。
元の世界に戻れる方法があるなら必ず返してやる。
だから、その間だけ私にもチャンスが欲しい。
それだけだ。
レンに調べる間、私の部屋で生活を共にするようにというと、私が国王だからと遠慮しているようであったが、私は国王の前にレンの伴侶となるべき相手なのだ。
そんな私がレンと離れて過ごすなどあっていい訳が無い。
私の生涯の伴侶を一人で居させるなんて、とんでもないことだ。
あまりにも感情が昂って大声を出すと、レンがびくりと身体を震わせた。
ああ、こんなにも小さな身体を怖がらせてしまった。
慌ててレンのそばに寄り謝ると、レンは驚きながらも許してくれた。
「レンがこの部屋で生活するにあたり、さっき会ったクリフにレンのことを話してくる。しばらく一人で部屋で待っていられるか?」
「はい。大丈夫です」
「レン、いいか。絶対に外に出てはいけないよ」
「ふふっ。大丈夫です。勝手に出歩いたりしませんから」
「そうか、よかった。ああ、一人でいる間、時間を持て余すかもしれないな。寝室の隣に書斎があるが、好きに本を読んでくれていていいぞ」
「はい。ありがとうございます。あ、もしできるなら、絵を描いて待っていたいのですが、そんな道具はありますか?」
「そうか……レンは絵描きだったな。本格的な道具は後で揃えてあげよう。今は紙とペンでもいいか?」
「はい。嬉しいです」
私は書斎の棚に置いていた少し厚めの紙と墨ペンを渡すとレンは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「絵が描けたらぜひ見せてくれないか?」
「ちょっと恥ずかしいですけど……ルーファスさんにだけ見せるなら、いいですよ」
「――っ!」
恥じらいを見せるレンの表情にドキドキが止まらなかった。
書斎で絵を描くと言うレンをその場に残し、私は部屋を出るとちょうど部屋に来ようとしていたレナルドと部屋の前で会った。
「陛下。どこかへお出かけでございますか?」
レナルドは、城内では、二人っきりの時の気楽な話し方から一気に公式の態度に変わる。
「クリフと話がしたいから、すぐに執務室に呼んでくれ。それから、彼を部屋に一人で残しているから、部屋から出ないように見張りをつけてくれ。だが、決して中には入るな。何かあればすぐに私を呼びにくるように。そう指示をしておけ」
「はっ。承知いたしました」
私が執務室に着くとすぐにクリフがやってきた。
「ルーファスさま。お待たせいたしまして申し訳ございません」
「お前に話しておかねばならぬことがあって呼んだのだが、想像はついているか?」
「はい。先ほど、ルーファスさまが抱きかかえていらっしゃったあのお美しいお方のことでございますか? 大事なお客さまだと仰っておいででございましたが」
「そうだ。あの者はお前が待ちに待っていた私の生涯の伴侶だ」
「――――っ!!!!!」
私の言葉に、クリフはそのまま倒れてしまいそうなほど目を丸くして驚いていた。
「あ、えっ……あ、あのお方が……ご、ご伴侶さま……?」
「そうだ。レンという名だ」
「…………」
「おい、クリフ? 聞いているか?」
私を見ながら茫然とその場に佇むクリフの前で手を振ると、我に返るや否や、
「おおっ! なんということでしょうっ! ルーファスさまのご伴侶さまがとうとうお越しになられた!! ああーっ、こんなにめでたいことがありましょうか! すぐに国内中に知らせて、すぐにでも婚礼の儀を執り行いましょう!」
と興奮しきった様子で大声で捲し立て始めた。
ああー、やはりこうなったか……。
まぁあれだけ待ち侘びていたのだからな。
騒いでしまう気持ちはわかる。
私とて同じだ。
だが、とりあえず、落ち着かせなければな。
「クリフ! 少し落ち着け」
「これが落ち着いていられましょうか! ああ、ようやくエルヴィスさまの御前にご報告ができます」
興奮冷めやらぬ様子で天を仰ぎ見るクリフに
「いいから、少し落ち着いて私の話を聞け!」
大声を出すとクリフも何かしらの違和感に気づいたのか、静かにこちらを向いた。
「私の伴侶について大事な話があるのだ」
私の真剣な表情にクリフはようやく落ち着きを取り戻したように見えた。
「実はな……私の生涯の伴侶・レンはこの世のものではない」
「――っ、えっ? この世のものではない? どういうことでございますか?」
「正確に言えば、レンは異世界からこの世界の私の元へ連れてこられたのだ。あの王家の湖によってな」
「い、異世界から……? そんなことが……?」
「ああ。あの私の指輪が異世界からレンを連れてきたようだ」
あれほどの宝石を使ってでもレンをこの世界に迎え入れたかったのだろうな。
ということはレンはこの世界に無くてはならない重要人物だとも言える。
「しかし、レンは自分の世界に戻りたいと訴えている」
「えっ? それは……っ」
「ああ。私としてもようやく見つかった生涯の伴侶だ。手放しなどしたくはない。だが……レンはあちらの世界に家族がいる。両親との突然の別れが辛いことは私もよくわかっている」
「……はい。その通りでございます」
父上と母上を事故で亡くしたあの日、どれほどの後悔をしたか……。
もっと話をしておけばよかった。
もっと自分の気持ちを伝えておけばよかったと何度思ったか知れやしない。
「もし、元の世界に戻れる方法があるのならば、私はレンを帰してやりたいと思っているのだ」
「ルーファスさま……それでよろしいのですか?」
「もちろん正直に言えば、レンを帰したくない。レンに会う前ならともかく、レンと出会ってしまった今は離れるのは身体を半分もぎ取られるような思いだ。きっとレンがいなくなった後は私はおそらく廃人のようになるだろう」
「ならば――」
「それでも! レンが家族の元で幸せになれるというのなら、私はそうさせるしかない。伴侶の悲しむ顔など見たくないのだ……」
「ルーファスさま……」
そうだ。
私の思いはただ一つ。
レンが幸せでいられるかということだけ。
「王家の書庫にこの国の全ての情報が入っております。そこで探して見つからなければ、おそらく元に戻るのは無理かと……」
「そうだな、わかった。それでは明日から探すとしよう。全ての書物を調べるまではレンの発表は控えてくれ」
「承知いたしました。それではルーファスさまのお客さまということで丁重におもてなしさせていただきます。ご伴侶さまはレンさまとお呼びいたします。レンさまは客間をお使いになりますか?」
「いや、私と同じ部屋だ。決まっているだろう? 一人にさせて私の伴侶に何かあっては問題だからな」
「承知いたしました」
「それから、レンの世話は全て私がやる」
「全て……と仰いますと?」
クリフは目を丸くして聞き返してきたが、
「だから、全てだ。着替えも食事も風呂も寝るのも全て私が世話をする。そして、お前たちは決してそれに異を唱えるな。レンはこちらの風習は何も知らないのだ。レンは素直な子だから、着替えも食事も風呂も手伝って貰うものだと言えばその通りにするはずだ」
というと
「ですが、それは……」
と流石に難色を示した。
レンが私の生涯の伴侶とは知らない使用人たちから見れば国王が客人の世話をするなど確実におかしな光景だからな。
「私には時間がない。もし、レンが自分の世界に戻っていけば、私はレンの思い出だけを糧に生きていかねばならぬ。そのための思い出を作らせてくれてもいいだろう? それに同じ時間を共有して私のことを少しでも思ってくれれば、こちらにいたいと留まってくれるかも知れぬ」
「――っ、なるほど」
私の言葉にクリフは納得してくれたようだ。
レンにここに留まって欲しいのは私だけでなく、クリフも、そしてリスティア王国の皆が思うことだからな。
「あの……つかぬことをお伺い致しますが……」
「なんだ?」
「レンさまはお幾つでいらっしゃいますか? 流石に成人にも満たないお方に淫らなことは……」
「安心しろ。レンは21だ、とっくに成人している」
「えっ??? 21歳??? それはまことでございますか?」
「ああ。間違いない。言っておくが数の数え方もこちらと同じだ。あちらの世界は小柄で童顔なものが多いのかも知れないな」
「成人なさっているとのことでひとまず安心いたしました。ですが、ルーファスさま! くれぐれも無理強いなどなさりませんように……」
「わかってる! 無理強いなどするわけがないだろう! 私をなんだと思っているのだ!」
クリフの反応は気になるが、ひとまずこれでレンへの対応は大丈夫だろう。
早く部屋に戻るとするか。
執務室を出るとレナルドがすぐにやってきた。
「陛下。お話はお済みですか?」
「ああ。それよりも部屋の前の見張りは誰をつけている?」
「ケヴィンとルースをつけておりますのでご安心ください」
「ああ、あの二人なら安心だな」
騎士団の中でも特に腕の立つ二人だ。
しかも、二人とも騎士団に旦那がいる
レンの近くで警護をするものは全て
「それでクリフとの話は?」
ふふっ。城内では常に公式の態度を重んじるレナルドにしては、ここで素の顔を出してくるとは珍しい。
よほどクリフとの話が気になっているとみえる。
「ああ、とりあえず全てを話した。レンが異世界からやってきた私の生涯の伴侶であるとな。それに……元の世界に戻りたいと話しているということもな」
「クリフは驚いていただろう?」
「ああ、そりゃあもう。最初、生涯の伴侶だとわかった時にはすぐにでも婚礼の儀を執り行おうとしていたぞ。慌てて止めたがな」
「クリフらしいな。それで、どうしたんだ?」
「とりあえず、レンが戻れる方法があるかを王家の書庫にある書物で探す。その間、レンは私の部屋で生活を共にすることにした。レンは私の大切な客人ということにしておくからな。お前もそのつもりで騎士たちに伝えておけ」
「ああ、わかった」
「そうだ、お前に話しておかないといけないことがある。きっとお前も勘違いしているだろうからな」
「勘違い? なんだ?」
「レンは21歳でとっくに成人しているそうだ」
「はっ?」
私の言葉の意味が理解できなかったのか、それとも驚きすぎて頭が追いついていないのか、私の顔を見つめたままその場に茫然と立ち尽くしていた。
「レナルド! 聞いてるか?」
レナルドの前で手を振るとようやく我に返ったが、
「ハハッ。さっきのは冗談か? お前が冗談を言うなんて」
とまだ信じられない様子だ。
「冗談じゃない。本当のことだ。数の数え方も私たちと同じ。レンは正真正銘21歳だ」
「本当なのか……。すごいな、あれで21? これぞ神の奇跡だな」
「ふふっ。確かに。だから、私がレンとどのような戯れをしていたとしても決して止めるな」
「それは……流石に限度はあるぞ?」
「何を考えてるんだ。そこまでのことは考えてない」
「ふーん」
そう言ったが、レナルドは信じていない様子だ。
まぁ、無理もない。
15年も待ち続けた生涯の伴侶と同じ部屋で共に生活をするのだ。
手を出さないでいられるほうがおかしい。
だが、私は決して最後の一線だけは越えない。
本当にレンが心から私のそばにいたいと思ってくれる日までは……。
レナルドと共に部屋に向かうと、ケヴィンとルースがしっかりと部屋を見張っていた。
「問題はないか?」
「はい。物音ひとつ聞いておりません」
「よし。じゃあ、このあとも警護を頼むぞ」
「はっ」
レンとも年が近い二人だ。
慣れればレンの良き話し相手になるかもしれんな。
部屋に入ると、しんと静まり返っている。
もしや、まだ書斎にいるのだろうか?
それほど集中しているのであれば驚かせないようにしなくてはな。
足音を立てないようにそっと書斎に向かうと、レンが一心不乱に墨ペンを滑らせ絵を描いているのが見える。
その真剣な表情に思わずドキッとしてしまう。
この表情だけ見れば、21と言われても驚きもしない。
ああ、なんと美しいのだろう。
これが芸術家の表情か。
レンの美しい横顔に魅入っていると、目の前の椅子に気づかずにカタンと音を立ててしまった。
ビクリと身体を震わせてこちらを見る。
「レン、驚かせてすまない」
「あっ、ルーファスさんですか。よかった」
「――っ!!!」
あんなに怯えていたのに、私だと知ってあんなにも安心した可愛らしい表情を浮かべてくれるとは……。
絵を描いていたさっきまでの凛々しい姿とはまた違った天使のような柔らかな微笑みに胸が高鳴る。
本当に私はレンの全てに心を奪われているようだ。
「あれから、ずっと描いていたのか?」
「はい。この墨ペンが描きやすくて楽しくて」
「レンの描いた絵を見せてくれないか?」
「描きかけですけど……どうぞ」
「こ、これは……」
レンの見せてくれた絵には、私とザカリーが描かれていた。
「なぜ、この絵を?」
「ルーファスさんとザカリーの信頼関係がすごくいいなと思って。ルーファスさんがザカリーのこと、兄弟だって言ってたのすごく素敵だと思ったので……」
ザカリーが本当に嬉しい時にだけ見せる表情が上手く描けている。
それに……この私の表情。
私はこんな笑顔をザカリーに向けているのか……知らなかった。
私とザカリーが一緒にいるのをよく見ているレナルドならきっと、この絵にものすごく共感するのだろうな。
それくらい、レンの絵は見ているだけで心が穏やかになる。
ああ、レンは人を幸せにする絵が描けるのか。
素晴らしい才能だな。
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