第5話 美しい指輪とルーファスさんの気持ち
「とりあえず、レンが元の世界に戻る方法がわかるまでは私のそばにいてくれないか? 絶対に悪いようにはしないから」
ルーファスさんの真剣な表情に僕は黙って頷いた。
僕の頷きにホッとした後で、
「レナルド、城に帰るぞ」
と言って、僕を抱きかかえた。
「あ、あの……僕、歩けますよ」
「今下ろしてもザカリーに乗るときにまた抱きかかえるからこのままでいてくれたらいい」
そういうと、スタスタと玄関へと歩いていった。
さっと馬に飛び乗った彼は、僕をまるで宝物のように優しく抱きしめると
「ザカリー、城に戻るぞ」
と首を優しく撫でた。
その声に反応するように馬はゆっくりと歩き始めた。
ルーファスさんとこの馬……ザカリーって言ったっけ。
すごく信頼関係があるんだな。
まるで言葉が伝わっているみたいだ。
ルーファスさん、すごく優しいんだよね。
国王さまってもっと怖くて、近寄り難いのかと思ってた。
「そんなにレンに見つめられると照れてしまうな」
「あ、ごめんなさい」
「いや、謝ることではないよ。でも、どうした? 何か気になることでも?」
「あ、いえ。僕のイメージだと、国王さまってもっと威張ってて、怖そうだと思ってたので……。ルーファスさんがすごく優しいからびっくりしちゃって。このお馬さんもルーファスさんのことすごく信頼しているみたいだし、本当に心から優しい人なんだろうなって……」
「レン……」
「ごめんなさい、勝手なことを偉そうに言ってしまって……」
「そんなことはない。レンに優しい人だなんて思ってもらえて嬉しいよ。ザカリーは私が子どもの頃から育てた馬なんだ。ある意味、兄弟のようなものさ。だから、思っていることが伝わる。今日もレンを乗せられてすごく喜んでいるよ」
なんて嬉しそうに笑うんだろう。
僕まで嬉しくなってきちゃうな。
いつの間にか森を抜け、目の前に街が見えてきた。
「あっちに見えるのが今から向かう城だ」
「わぁー、すごい!」
本当に中世ヨーロッパの世界だ。
街にある建物もみんな煉瓦造りですごく趣がある。
こういう見慣れない景色を見ていると絵が描きたくなっちゃうな。
「ルーファス、目立つと面倒だからこっちから行こう」
レナルドさんに先導され、誰にも出会うことなく無事にお城に辿り着いた。
「ここがお城の入り口ですか?」
「いや、先にザカリーとレナルドの愛馬・クライヴを厩舎に戻すから裏口に回ったんだ」
大きな厩舎の前で僕を抱えたままスタッと降りると、ルーファスさんはレナルドさんに声をかけた。
「レナルド、後は頼む」
「ああ、大丈夫。任せておいてくれ」
ザカリーを彼に任せて、ルーファスさんは僕を抱いたまま城内へと向かった。
中に入るとすぐにロマンスグレーのダンディな黒服の紳士が近づいてきて頭をさげる。
「ルーファスさま。おかえりなさいませ」
顔を上げ、僕と目が合った瞬間、彼は目を丸くして驚愕の表情を浮かべた。
「あ、あの……ル、ルーファス、さま……こちらの、お方は?」
「私の大事な客人だ。大切にもてなすように」
そういうと、彼をその場に置き去りにして、スタスタと先へ進んでいった。
「あの、今の方はどなたなんですか?」
「この城の筆頭執事で私の世話役でもある、クリフだ」
「クリフ、さん……。僕を見て随分と驚かれていたようですけど、何か気づかれてしまったんでしょうか?」
この国の人間じゃないってバレちゃったのかな……。
まぁ、どこを見ても黒髪は見当たらなかったから珍しいと思ったのかもしれないけど。
「いや、私がレンを抱いていたから驚いたのだろう」
「えっ?」
「私が他人に興味を持つことなどなかったからな。レンのように誰かを抱きかかえたことなど生まれてこの方一度もないのだ」
僕が初めて……。
こんなに優しいルーファスさんが僕以外にこんなふうにしたことがないなんて……。
なんだろう、すっごく嬉しいんだけど……。
「さぁ、ここが私の部屋だ」
僕を抱きかかえたまま、器用に扉を開ける。
目の前にはさすが国王さまのお部屋だと思えるほど、広いリビングと豪華な調度品で溢れていた。
ルーファスさんは部屋の中で一際存在感を放っている大きなソファーに僕をそっと座らせた。
「飲み物を用意してくるから、ゆっくりしていてくれ」
ゆっくりと言われても、ものすごく高価そうなソファーに緊張しちゃうんだけど。
でも……このソファーびっくりするくらい座り心地がいい。
ここなら何時間座ってても疲れなさそうだな。
ルーファスさんは香りのいい紅茶と焼き菓子を持って戻ってきた。
「レン、口にあったら良いのだが……」
「はい。ありがとうございます」
美味しそうな紅茶を一口飲むと、ふわりと花の香りが広がった。
「これ、すごく美味しいです」
「そうか、よかった。それで……これからのことなんだが……レンはやはり元の世界に戻りたいのだな?」
「……はい。ごめんなさい」
「いや、急に連れてこられて困る気持ちはわかる。帰り方を調べるためにもレンのことをもう少し詳しく聞いてもいいかな?」
「はい。なんでも聞いてください」
「レンは幾つなのだ?」
「僕、21歳です」
「えっ?? 今、なんと??」
さっきのクリフさんの驚いた顔よりもずっとずっと驚いた顔で聞き返してきたルーファスさんにもう一度、21歳だと告げると、
「もしかしたら、数の数え方が違うのだろうか?」
と言われてしまった。
確認のために一緒に数を数えてみたけれど、やっぱり同じで
「信じられない…………」
目をぱちくりさせながら、何度もその言葉を呟いていた。
確かに僕は童顔だし、高校生なんかにみられることもあるけどさすがにそんなに驚くほどじゃないと思うんだけどな……。
日本人は特に若く見えるって言うし、そういうものなのかも……。
「じゃあ、レンはもう成人なのだな?」
「はい。18で成人なんでもうとっくに大人ですよ」
「それで、仕事は何をしていたのだ?」
「仕事ではなくて、将来絵の道に進みたくてその勉強をしていました」
大学なんていってもわからないだろうからな。
「絵を学んでいたとは……素晴らしいな」
「あの湖にも絵を描きに行っていたんです。風景画を描きたくて」
「青い湖が夕焼けで赤く染まったら、突然白い光に包まれたと話していたな」
「はい。だからびっくりして……」
「レンの指に嵌まった指輪の宝石を見てもらえないか?」
「宝石を?」
ものすごく綺麗な宝石だったけど、何かあるのかな?
左手をあげ視線を向けると、青い宝石だと思っていた石が赤く変わる。
そして、それが白くなっていく。
「――っ! すごい、色が見るたびに変わってく」
「この色、レンが見たという湖の色に似ていないか?」
そう言われれば、そうかも。
この血のように鮮やかな赤い色。
でも、恐ろしくなんか感じない。
何時間でも見ていたいくらい綺麗で魅入ってしまうほどだ。
「ルーファスさん、この宝石はこの国でよく採れるものなんですか?」
「いや、この宝石はこの世に二つとないんだ」
「えっ?」
「私が生まれる時に手に握り締めて生まれてきたのだよ。生涯の伴侶のためにピッタリと嵌まる指輪を持ってね」
「それが……この指輪、なんですか?」
僕の言葉にルーファスさんはゆっくりと頷いた。
「我が国で王となるものは必ず美しい宝石のついた指輪を握りしめて生まれる。指輪を持って生まれるということが王の証だというわけだ。そして、この王家に伝わるしきたりで必ず守らなければいけないと言われていることが、その指輪がぴったりと嵌まるものを王の生涯の伴侶とすること。もし、その者以外を伴侶に選べば、この国に災いをもたらすと言われている」
「え――っ! 国に……災い?」
「ああ。それほど自分の持って生まれた指輪がぴったりと嵌まる者を見つけるということは重要なことなのだ」
そんな……。
僕の指にぴったりと嵌まった指輪がそんなにも重要な意味を持つなんて……。
自分の指に嵌められた燦々と輝く指輪が僕の心に重くのしかかる。
「でも、そうだとしたら……もし、僕が元の世界に帰ったら、ルーファスさんは……」
「死ぬまで一人で暮らすことになるだろうが……詳細はわからぬ」
「わからない?」
「リスティア王国建国以来、生涯の伴侶と夫婦とならなかった王は今まで一人もいないのだ。だから、私がもし、レンと夫夫になれなかったとしても、それから先未来はどうなるか予測がつかない。まぁ、それほど重要な意味を持つ相手だ。国に災いが起こるとまでは行かずとも、良い方向には行くことはないだろう。だが、この国のためにレンが犠牲になっていいという理由にはならない。元に戻る方法がわからない今、私のためにこんなところまで連れてこられてしまったレンには詫びることしかできない。レン……本当に申し訳ない」
「そんな……頭をあげてください」
僕なんかに一国の王が頭を下げるなんてあってはいけないことだ。
それに、もし……僕が元の世界に戻ったとして、その後この国に何か災いが起こるようなことがあればそれは僕のせいだ。
そのせいでこの国に住む多くの人たちがとんでもないことにあうなんて……それは嫌だ。
そもそもそんな重要な相手として連れてこられて、元の世界に戻るなんてこと自体、可能なんだろうか?
この国が建国してどれくらい経っているかわかんないけど、もしかしたら僕みたいにどこかの世界から連れてこられた人もいるんじゃないのかな?
それでもここの王さまと夫婦になったってことは、元に帰る方法なんて存在しないんじゃ……。
ルーファスさんは僕のために探してくれると言ったけれど、帰れないっていうことも覚悟しておかないといけないのかもしれないな。
さっきは突然言われて、少しパニックになってしまって泣いちゃったけど、ルーファスさんにも事情があるんだと思ったら僕の気持ちだけを押し付けるのは気が引けてきた。
でも……もう、家族に会えないのは辛すぎる。
その覚悟だけはまだできそうにない。
「レン……これだけは信じてほしい。私にとって、レンが生涯の伴侶ということに変わりはないが、レンに指輪がぴったりと嵌まったから伴侶にしたいわけではないのだ」
「えっ? それはどういう……?」
「あの湖で……レンと目があったあの時、身体中の血が沸き立つような今までに感じたことのない感覚を味わった。レンに出会ってこれが人を好きになるということなのだと初めてわかった。だから、私は生涯の伴侶だからというわけではなく、レン自身を心から好きになったから一緒にいたいのだ」
「ルーファスさん……」
すごく熱を帯びた目で優しく見つめられるとドキドキする。
「レン……レンは私のことを何か感じなかった?」
そう聞かれると困ってしまう。
あの時は驚きの方が大きくてほとんど覚えてないんだ。
でも、レナルドさんに嫉妬していた時のルーファスさんは可愛いと思ったし、抱きかかえられていた時はすごくドキドキした。
それに今もずっとドキドキしてる。
でも、これが人を好きになるってことなのかは僕にはわからない。
だって今まで誰かを好きになったことなんてないんだもん。
「ルーファスさんを見て、今もドキドキしてますけど……それが好きっていう気持ちなのかはわからなくて……」
「そうか……。いや、今はそれでいい」
「いいんですか?」
「ああ、これからレンが戻れるのかどうかも含めて、いろいろと調べなければいけないことがある。その間、この部屋で一緒に過ごしてもらおう」
「ここで一緒に? でも、国王さまのお部屋に僕がいたら迷惑じゃ……」
「迷惑なんてあるわけないだろう! そもそもレンは実際問題、私の指輪が嵌まった生涯の伴侶であることに間違いはないんだ。私の大事な伴侶を一人にさせるなんてことできるわけがない。レンは私のそばにいてもらう。これは決定事項だ」
「――っ!」
急にヒートアップしたルーファスさんに驚いていると、それに気付いたのか
「ああ、レン。大声をだして悪い、怖がらせたな。だが、それくらいレンのことを大事に思っているとわかって欲しかったのだ。許してくれるか?」
と慌てて僕を抱きしめてくれた。
一国の王さまが僕が少し怯えただけでこんなに焦って謝ってくれるなんて……さっきのクリフさんとか見たら驚くんだろうな。
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