10話:痛みの後に見える世界

いったいどのくらい意識を失っていたのだろう。


もう起きる気力もない。



夢であってくれと心から願ったが、やはり横ではルカが死んでいた。





その時、誰かに静かに声をかけられた。お迎えがようやくきたようだ。


「ぉ~~ぃ・・」


「だぃじょぅぶかぁ~~~・・・?」


ずいぶん小さな声だなと思ったが、自分の耳に血が詰まっているだけだとやがて気づいた。



「おい!じじい、どうしたんだ、大丈夫か!!」


お天道さまはこんな声かけはしない。それに俺はじじいではない。


「ぁ、ぁ・・・」


口の中は傷だらけなのに加え、砂で乾燥しきっており、声にならない。


「おい!なんだ!こっちは孫か息子か?死んじまってるようだが・・・」


さすがに孫はないだろ、と思ったとき、再度意識を失った。




「おい、リュウ、ルカ!行くぞ!」


幼いころの俺はたまに父マルクスの仕事に付いていくことがあった。クリスタル加工の仕事がメインではあったが、家のドア修理や壁紙張り直しなど小さな内装の仕事もすることも多くあった。俺たちは親父と一緒にでかけるのが大好きだった。


それは、ルカも連れて3人で行くのは初めての時だった。


「リュウは大きくなったら何になりたいんだ?」


車の中で父マルクスは俺に質問している。自分の跡継ぎと言ってほしそうな顔だ。それを分かっていながら俺は毎回「まだ分からないよ」とだけ答えていた。


「なぁ、リュウ、ルカ、真の力は心の中にあるぞ。頑張ろうな」


たまに父はわけの分からないことを言う。


車はトンネルを抜けると、真っ白な光の中に飛び込んでいった。




「・・・」


「・・・」


「・・・・・ぅ」


気づくと、天井が見える。なるほど、あの世には天井があるんだな、と思った。


病院で意識を取り戻すまで1週間かかったことが後から聞かされた。携帯電話や財布はもちろん、クリスタルとピンクルピーは盗られていた。死んだルカはどこに行ったのか分からない。


「大丈夫ですか?ここがどこだか分かりますか?」


看護師らしいハキハキした話し方をする女だ。


「ああ、な、なんとかな…」


「お名前を教えてもらえますか?東方人ですよね?シンメイ人ですか?」


「いや、、、」


「わ、分からない」


シンメイはヤポンの隣にある国だ。独裁国家であり、好戦的、そのくせやたら人口は多く、そのせいかひとりひとりがとにかくうるさい。近隣の国とは基本的に仲が悪いのが世の中の常だ。だが、最近の好景気により金持ちも多い。


俺は半分意識が混濁していたのもあるが、それよりは傷だらけのこの身体に燃え上がる怒りをどう解決するかに頭をフルスロットルで回転させていた。身元を明かすのは得策では無い気もする。


「大丈夫ですよ。ゆっくり治していきましょう」


次の日、目が覚めると看護師は身体をふいてくれた。まだあちこちが痛く、骨も折れているようだ。だが、運がいいことに、テントにはそこそこの金が隠されていたらしく、入院費に問題はないということだった。ルカのおかげだ。



そして、久しぶりに手鏡で顔を見て驚愕した。


「誰だよ、これ」


顔があざだらけで、目は腫れあがっている。とはいえ眼光は鋭く何かを訴えているようにも見える。切り傷が数えきれないほどあり、体重も20kgは減っていそうだ。肌に水分はまったく感じられずカサカサしていた。


・・・そして何より、髪も髭もすべて白くなっていた。


恐怖のせいか怒りのせいか、それとも砂漠の強力な日射の影響か分からないが、自分が理解していた自分の年齢より20は老けてみえる。


「ふ、ふふ」


笑けてきたが、今はまだ休みたい。


その後、なんとか歩けるようになるまで、治療には丸々2か月かかった。

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