第6話 詰問(久之助の眼差し)

『私は、お主ら毛利家に恨みを持つ三村家の亡霊、常山城、城主上野隆徳が妻、鶴じゃ、人は私を鶴姫と呼んでおった。』と鶴姫は、久之助の質問に答え、名を口にした。言葉にすると、やはり恨み事が先に出てしまうと、心の半分で冷静に自分を分析していた。




(常山城、城主上野様の正妻、鶴様、あの三村家親様のご息女で、女で有りながら武芸に秀でた事で有名だったあの鶴姫様なのか・・・)と久之助は自分の記憶の中の彼女に関する持てるだけの記憶を思い出していた。




『毛利家・・・フッ。』と毛利家と聞いて、久之助の口から、ため息のような、自嘲気味の言葉が漏れた。


それを聞いた鶴姫は、『何を笑う!』と自分が愚弄されたと思い、声を大きくし、久之助へ詰める。


『これは、失礼致しました。お名前をお聞きして、いえ、鶴姫様の御身元が分かった事が、可笑しかったのではなく、私を毛利家としてお呼びにになられ、一瞬自分が毛利家であったことを忘れていた事に気づき、思わず、自嘲の笑いが出てしまったのです。』と鶴姫の誤解を解くように久之助は答えた。




『何せ、私は今月、毛利家になったモノでして、未だ、毛利家と呼ばれても、実感湧かないのです・・・。』


『紹介が遅くなりましたな、私は高松城城主清水宗治が家来、竹井久之助と申します!』




久之助の毛利家になったばかりという言葉に、鶴姫は反応した。聡明な彼女は、聡明が為に動揺したのである。


毛利家に対する恨みを、毛利家の家来になったばかりの者にぶつける矛盾、自分の怒りをはらそうとした対象が、恨みをはらして良いという自分に言い聞かせていた自己正当性が揺らいだからである。正に出鼻をくじかれた思いであった。




『毛利家になったばかり、そんな事は関係ない、それでは何故、わが三村家を裏切ったのだ!武士として主君を裏切って恥ずかしくはないのか?』と鶴姫は、この時代の価値観を盾に、自分に言い聞かせるように大きな声で、久之助に再度詰め寄ったのである。




『・・・・恥ずかしいです。』と短い沈黙の後、鶴姫の詰問に久之助は言葉短く答えた。


鶴姫は、久之助が言い訳をしてくると思っていたので、自分達の裏切りを素直に認めた久之助の答えは想定外であった。詰問した鶴姫の表情を、久之助は下を向いていたので見ていなかったが、彼女の表情は明らかに困惑していた。




下を向きながら、久之助は続ける。『裏切る事でしか、生き残る事が出来なかった自分達の弱さが恥ずかしいです。』


久之助のその簡単で素直な答えが、戦国時代の悲しい現実を示しており、鶴姫の心に突き刺さったのである。




『何故じゃ、何故じゃ・・・何故なのじゃ。』悲鳴をあげるような声をあげ、彼女は号泣した。


確かに裏切りは武士の恥、しかし弱肉強食の戦国の世で、弱いという事自体も又悪なのであった。弱い者は裏切られ、又裏切る者は、弱いから裏切る事でしか生き残れない、そんな時代に自分は生きていたと久之助の嘘偽りの無い答えが、鶴姫にその悲しい現実を悟らせたのであった。




泣いている鶴姫を久之助は黙って見続ける事しかできなかった。彼女が泣いている理由を理解する事はできなかったが、見続ける久之助の眼差しは、幽霊を見る眼差しでなく、鶴姫という一人の女性を見つめる眼差しであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る