第7話 迷い人(前向きな提案)
鶴姫が泣き止むのを待って、久之助は鶴姫に問いかける様に話しかけた。
『三村家の方々のお恨みは私なりに理解しているつもりですが、鶴姫様のご無念は、私には計れない程深いものでしょう・・。』
『私には、何もできませんが、鶴姫様の胸の内を私に話す事でお気持ちが楽になるのであれば、私に存分にお話下され・・。』
久之助の落ち着いた物言い、彼の優しい心遣いに触れ、鶴姫は思いつくまま、自分の言いたい事を久之助に語り始めたのであった。
最初は、毛利家が三村家を見限り、宇喜多家と結んだ義を欠いた行いへの怒り、家族との日常を失った悲しみを訴え、常山城落城の際に鶴姫が行った行動及びその時の心情、その後、自分だけが成仏できず、現世に残り、今久之助の家に来た迄の経緯を伝えた。
鶴姫自身、初めて出会った久之助に素直に総てを伝えたのは、現世の者と交流する事を諦めかけていた矢先、久之助と出会い、又こうして思いを伝える事が出来る人物と会える保証が無かった事が大きく影響していた。溺れる者、藁をも掴むという状況だったのかもしれない。
鶴姫は、助けを求めていたわけでは無かったが、誰かに自分の思いを聞いて欲しかったのである。
そんな鶴姫の状況を知ってか知らずか、久之助は鶴姫の話を黙って聞き、時には相槌をうつように自分の感想も言ったりして、とことん話を聞いたのであった。
鶴姫が総てを語り切った後、久之助は鶴姫の心の中身を整理するように、自分の感想を鶴姫へ伝え始めた。
『つまり、鶴姫様自身、自分がどうして成仏できなかったか分からないのですね。』
『・・・成仏できないのであれば、皆さま、三村家の皆様の無念を晴らすのが、自分の使命だと、その為にこの世に残されたと、行きついた先が我が殿、清水宗治の処であり、殿に、毛利家への怨みを晴らそうとしたのですね・・ちょうど、その時、私が現れ、貴方が見える私に、話ができる私に、会いに来たと・・・。』
久之助の感想を聞いて、鶴姫は自分の話をきちんと聞いてくれて、自分の状況を冷静に分析してくれた久之助の能力に少し驚きながら、同意したようにコクリと頷いた。
久之助は、少し考える様に鶴姫の頭上の天井に目をやり、そして目を瞑つぶる。短い沈黙の後、久之助は鶴姫に質問するように再び語り始めた。
『鶴姫様が成仏できない理由、いえ、この世に残された理由は、はたして恨みを晴らす為なのでしょうか?恨みを晴らしたら、御仏は鶴姫様を成仏させてくれるのでしょうか?。』
『もしかしたら、別の目的、いや、別の理由があるのではないでしょうか?』
『・・・もし本当に、鶴姫様がお恨みを晴らしたいというのであれば、私には止める事はできない、いや、もともと止める事はできないのですが・・・。』『毛利家の方々、我が殿を含め、誰を討つことによって、其れが為しえた事になるのか?成すまでに何人の者を討つ事になるのでしょうか?その過程に、鶴姫様と同様の恨みを持つ者が増えていくのでございます。そんな悲しい連鎖を御仏は望むのでしょうか、私は望まないと思います。』
『鶴姫様が宜しければ、少し私の考えにお付き合い頂けませんか?恨みを晴らす以外に、鶴姫様がこの現世でしたい事をお教えください。』
『私ができる事が有りましたら、何でも協力致しますので・・・。』と久之助は、鶴姫に前向きな考えを示したのであった。
『何かしたい事ありますか?』という久之助の問いを、鶴姫は暫く考えたが、したい事等浮かんで来なかった。
『分らない。』と鶴姫が短く結論を出した。
『それでは、どうして、我が殿、清水宗治の元へ参られたのですか?』と久之助は諦めない様子で確認する。
『恨みを晴らす為、三村家を裏切って、毛利家側についたからですか?毛利家の大将ではなく、我が殿に??理由は他に有りませぬか?』
久之助は、鶴姫自身気づいていない、動機を探すように辛抱強く聞こうとしたのであった。
暫くして、鶴姫は論功行賞の席で見た、高松城の領民達が小早川隆景に出した直談判の書状の件を思い出し、久之助に伝えたのである。
領民が慕う宗治という男に興味を持ったのが、一つの原因で高松城に残ったと、その表情は、謎を解いたかのような少しすっきりしたものであった。
『清水宗治とは、どういう男じゃ、どうして領民達はあの御仁をそこまで慕うのじゃ?』と、自分が当初持っていた疑問を、鶴姫は宗治の近くにおり、一番知っている筈の久之助に答えを求めたのであった。
『我が殿ですか・・・そうだ!私が紹介するよりも、明日より、暫く私と行動を共にしませんか?自分の目で、殿を見てみてください。』
ようやく、二人の前向きな予定が決まったのであった。
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