第3話 論功行賞(所領を安堵された男)

乃美宗勝のみ むねかつと共に高松城へ入った鶴姫の目に入ったのが、論功行賞が行われる部屋奥の上座に座る一人の男であった。涼し気な目と、小さい口が印象的な男である。


その男こそ、当時毛利家の頭脳と言われた小早川隆景こばやかわ たかかげであった。彼はこの年42歳。




隆景の周りには、毛利軍の重臣達の席が用意されており、乃美宗勝は隆景の右隣りの席に座った。


座った席の位置が、隆景の宗勝に対する信頼の大きさをを示していた。宗勝の席の近くに鶴姫も立ち、隆景及び、恩賞を受ける武将達を観察したのである。




備中兵乱の論功行賞が始まった。




論功行賞が行われている間、その場の進行は家来に任せて、彼は黙ってそれを観察するように見ている。家来の声は大きく、傍から見ると、家来がその場の主であり、隆景は置物のように存在感を消していた。




論功行賞とは、会議が行われる前に首実験を済ませており、その戦への貢献度を評価したうえで対象になる者を呼び、恩賞を与える事が目的の会議であった。現代でいうプロ野球選手の年棒交渉みたいなものであったと思われる。違うところは、恩賞(査定)を受けた者は不満があっても不平を言えない、否言わないのである。


恩賞への不満が新たな火種を生みかねない、その為、与える者は吟味に吟味を重ねた上で行う。それでも火種が生まれる。アイツは、大したことしていないのに、俺より多い、不公平だと、論功行賞とはそういうモノであった。




毛利家とは戦わず、毛利家へ寝返った旧三村家の武将達は、その誰もが所領安堵を願ってこの論功行賞へ臨んでいるが、それは正に願いである。


侵略された地の者の立場は弱い。ほとんどの者が、領地を削減され、新しい君主への忠誠を誓わされる。命あっての物種という言葉があるように、一時的に領地が少なくなっても命が保証され、もう一度活躍する機会が与えられる事だけでも有難いのである。


だから、領地削減を言い渡されても、寝返った武将達のほとんどは、『有難き、幸せ!!』と心を込めて新君主からの仰せを受けるのであった。




隆景の目は、新たな処遇を受けた武将達の、表情、一挙手一投足に向けられていた。新しい支配者から処遇を受けた者の、心の裏側を、見透かそうとする眼光は静かに光っていたのである。




その中には、鶴姫が知っている顔ぶれも少なからずいたが、その者たちの自信の無い表情、素振りを見て、鶴姫は、負け戦の後、生き残った者もまた大変なものだと思ったものである。但し、彼らには帰れる家があり、元気に家族と一緒に食事ができる幸せが有ると思うと、そんな彼らが憎くなる鶴姫でもあった。




稀まれに、侵略された国の武将でも、所領を安堵される者がいる。合戦が行われる前から敵方に寝返っていた者が多い。


但し、今回の備中兵乱に限っては、毛利軍は8万という大軍で攻め入った事、その大軍をみて、ほとんどの武将が戦意を失い、降伏した為、今回の論功行賞では、所領が安堵される者はいないと、毛利軍の武将たちは口には出さないが、皆そう思っていた。




論功行賞も終盤になり、最後の一人が呼ばれた。


『最後になるが、高松城城主、清水宗治殿、其方は、いちはやくわが軍に寝返った事、その寝返りが他の者に影響した事、戦果に及ぼした影響大であると判断し、所領は安堵、今まで通り、高松城の城主として励みなされ。』と仰せつけられた。


『・・・・今、何と申された・・・・。』と全く予期していなかった仰せを理解できない清水宗春は聞き直してしまった。


その鋭い眼光と、鼻下にある髭が特徴的な武将は、驚いた顔で小早川隆景の方に目を向ける。


『所領は安堵、今まで通り、高松城主として尽くして下され。』と隆景はニコリと笑い、家来が言った事を繰り返し宗治へ伝えた。




『ハッハハァ!!有難き幸せ・・・・。』隆景の言葉を受け、宗治は頭を地につけお礼を述べた。


額を地につけ、頭を下げている宗治は、自分が言い渡された、受けた処遇が想定外であった為、頭が真っ白になっていた。


『面を上げて下され、宗治殿。』と隆景が宗治に優しく語りかける様に伝えた。


宗治が、面を上げ、隆景の顔を見るのを確認すると、隆景は話始めた。




『其方達の城(高松城)を、わが軍の大軍で囲んだ時、半日も経たないうちに、降伏の使者が着た時には、正直、槍を交えず、降伏するとは臆病者よと、ワシは思ったものじゃ。』


『武辺者と聞こえた清水宗治も、噂だおれだと失望したのが本音よ。』


『しかし・・・な、これを見よ。』と5通の書状を隆景は、宗治へ手渡した。




1通の書状を開き宗治は目を通した。


そこには、決して達筆とはいえない字で、我々の領主、清水宗治様は良い領主様ですので、どうか命だけはお助けてくだされますよう、寛大な御処置をお願い致します、と書かれていたのである。宗治の治めていた領地の農民達の代表が、5つの地区の代表がそれぞれ直談判してきた事を隆景が伝えると、宗治はたまらず涙を流したのであった。




『宗治殿、唯聞いておればいい、ワシの独り言じゃ。』と隆景は語りだした。




『この度、所領安堵となる者はお主だけじゃ、多分、心無い者は、お主に対する厚遇に、色々と噂を立てる者もおるじゃろう。』


『心無い事をいう者も必ずいる、それを我慢して下され、その噂を消すのは、今後の宗治殿の働き方次第、肝に免じて下され。』


『宗治殿みたいに、領地の農民から嘆願書が出る武将は、正直毛利家にも少ない、いや嫌われている者が多いのが現実じゃ。』


『ワシは、この備中の国をこれからどう治めていくかを考えなければいけない身なのだが、見知らぬ地で有る為、道案内が必要なのじゃ、優秀な道案内が・・・。』


『優秀というのは、頭が聡いという意味では無くて、実直で信頼に足る人柄を指す言葉じゃ、ワシは其方の領民達の手紙を見て、其方が実直に領民達と接していた事が分かった。その時直感したのじゃ、其方こそワシの道案内人だと。今後どうかワシに、いや毛利家に忠義を尽くしてはくだされぃ~。』と隆景は自分の本心をさらけ出したのである。




『・・・ハッハハァ!!この清水宗治、毛利家に忠誠を誓いまする、終生御供させて頂きまする。』と宗治は泣きながら隆景の本音に応えたのであった。武士に二言は無いという、多分日本で一番正直だった武士もののふが、自分の生きる道を決めた一言であった。




(フン、言葉では何とでも言えるわよ、私達を裏切ったクセに、この裏切り者が・・・私が化けの皮を剝がしてやるわ!)と鶴姫は、宗治に良くも悪くも興味を持ち、高松城へ居座る事を決めたのであった。


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