りゝかる霧島の魔法のある生活
戦闘時は基本的に一升瓶でぶん殴るくらいしかしないが、魔法少——魔法醸女である以上魔法を使うことができる。
ただ、今や変身に一升瓶もの焼酎が必要な程度には加齢が進んでいる為、頻繁に使うことはできない。
一度変身するにあたり安くても千円以上かかるので、頻繁に使えば月の出費が数万円に及びかねない
まだ三十路手前なのに。
「……さて」
前々から買い替えようとは思っていたが、先日ある事情でボっさんとバチボコに殴り合った際に箪笥が壊れてしまった。
そんな訳で新しい箪笥を買った。服も増えてきたので、以前より大きいものである。
マンションの自室の前に置かれた新品ぴかぴかの箪笥を高揚した気分と共に眺めつつ——それを肴に焼酎を流し込む。
口から溢れた液体が顔を、首を伝い、胸の坂を下って下着を濡らす。変身の為、下着以外服は着ていない。
やがて体は光に包まれ——無からピンクのフリフリの服が生じ、私の体を包んだ。
咄嗟に自室に戻り、パーカーを着て再び外へ出る。これから真っ昼間の人目の付く場所で活動する以上、この服はあまり見られたくない。
絶対ヤバい人に思われるもん。
まあこのパーカーもパーカーで、前面に萌え萌えメンヘラ美少女のプリントされたものであるが、これは私の趣味なので気にならない。
さて、魔法少女になるともれなく貰えるものがある。この状況で分かるかもしれないが——
「ふんっ!」
力、パワーである。しかもめっちゃ強い。
何キロまでいけるかは試したことは無いが、少なくとも軽自動車を軽々と持ち上げられる程度の力はある。
軽自動車で軽々なのだ、箪笥なんて何かでかくて硬い風船と思える程の軽さである。
ひょいと持ち上げて部屋の中に入り、軽い足取りで壊れた箪笥の置いてある場所まで運ぶ。
運んでいた箪笥を置いてもう一方を持ち上げてずらす。そしてその空いた場所に新品の箪笥を置いた。
以上、一分程度で完了。
これを人にやってもらうと、お金はかかるわ時間もかかるわ汚部屋も見られるわで、魔法でやった方が早く安く、そして安心もできるのだ。
さて、箪笥を置き換えたのであれば、前まで使っていたぼろぼろ箪笥君の処理をしなければならない。
その箪笥を持ち上げ、今度は外へ運ぶ。玄関の前にどすんと置き、空いた一升瓶——もとい魔法のステッキを手に取る。
そう、魔法少女や某プリ何とかさんは往々にして杖とか小道具とかを持っているが、魔法醸女りゝかる霧島にとってのそれが、先程飲み干して空になった一升瓶だ。
周囲に人がいないかきょろきょろと見回し、そしてまるで酔っ払っているかのように一升瓶を高く掲げ——
「まじかるぅ~! とうめいになるぅ~!」
——などと大の大人として恥ずかしい謎の呪文を、さながら演歌を歌うかのように唱え——
一升瓶が輝き、私の体と一升瓶、そして箪笥が透明になった。
魔法は——まあ不可能なこともあるらしいけど——何でもアリだ。透明になれるし、パチンコやソシャゲのガチャの確率をいじれるし、糞上司をこの世から数時間消すこともできる。
しっかりと透明になれているか念の為確認し、そして再び一升瓶を掲げ——
「まじかるぅ~! そらをとぶぅ~!」
そう呪文を唱えるや否や、私と掴んでいた箪笥が宙に浮かんだ。
これこそがりゝかる霧島お得意の運搬コンボ。魔法醸女になって強大なパワーを獲得し、姿を消して空を飛ぶ。早く安く安心——私の好きな言葉だ。
移動方法は——まあ実際当人達がどうやっているのかは分からないけど——某ドラ何とかの空を舞う例の術と同じ……なのかな?
頭で進みたい方向を思うと、そっちの方向へ飛ぶ。スピード調整も同様で、「速く!」と思えば速くなるし、「遅く!」と思えば遅くなる。
早速私はジャンプするかのように空へ飛び立ち、車と同じくらいのスピードで飛行する。
信号も無ければ妨害するものも無く、速度制限も無い。私の住む場所があっという間に遠くの景色となり——
「よっと」
あっという間に私の住む街から離れた、人気の無い廃墟に着いた。
透明な箪笥を置き、一升瓶を向け——
「まじかるぅ~! もやすぅ~!」
透明な箪笥のある場所に、火が燃え立った。
燃やせるものはいつもこのように燃やしている。法とか条例とか的にも、人としてどうかとも思うが、まあ人間なんて自分達の都合で好き勝手やる生き物だしね。
それにばれなきゃ犯罪じゃないしね。日々のストレスもあってか、その辺りのストッパーはとっくにイカれてしまった。
ちなみに直接消すこともできなくは無いが、魔法はものによってはエネルギーの消費量が多い。
以前消す魔法を使ったことがあるが、一度使っただけで魔法少女の状態が解除されただけでなく、酷い倦怠感が数日も続いた。
一方でこのやり方だとそういった事態にはならず、よって緊急時でも無い限りこちらの方法を取っている。
消えるまでじっと炎を見つめ——消えたと同時に廃墟を後にした。
翌日、仕事に行く前にテレビを見ていた。
「これが視聴者から送られてきた、何も無い所で発生した炎の映像です」
テレビに映し出されたのは、昨日箪笥を燃やしに行った廃墟と、何も無い所で燃え盛る炎——否、透明な箪笥を燃やしている炎であった。
「…………」
「やっちったな、結衣」
「……やっちった」
これの所為で私を探す警察の目が一週間くらい厳しくなり、その間ストレス発散ができなくなってしまった。
魔法を使う時は、ちゃんと周囲に人がいないか確認しよう。
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