大解剖! 魔法醸女りゝかる霧島の生態
加齢なる霧島さん
それは就職して数ヶ月経った頃、当時二十二歳のことであった。
「あれ? 変身できない?」
変身、と思えば魔法少女に変身できる——はずである。
なのに今日は何度そう思っても、黒のジャージがピンクの魔法少女服に変わることは無かった。
「変身! チェンジリリカル! トランスフォーム!」
——などとあれやこれやと叫んでみたけれども、体は光に包まれることすら無い。
これは少しばかりまずい。魔法少女の魔法というのは、便利な道具を生み出したり、力仕事の際に膂力を強化したりと、生活を豊かにするものであった。
勿論魔法が無くても生活自体はできる——が、電気に満ちたコンクリートジャングルで生きている人間が果たして原始時代の生活に戻れるだろうか?
それと同じで、魔法ありきの生活にすっかり慣れてしまった身としては、魔法を手放すなんて真似はしたくない。
——魔法少女は変身したり、その姿を維持したりすると……あー……特に決まった名前は無いんだけど、エネルギーを消費する。
ボっさんにそう言われたことを思い出した。
が、別に私は直近で酷い怪我を負ったことも無ければ、軽い病気に罹ったことすら無い。
だとしたら、何が理由なのだろうか?
ならば後は簡単。餅は餅屋、だ。
「変身できない、とな?」
家でゴロゴロしている気持ち悪いツルツル触手マン——もといボっさんに聞いてみた。
毎度のことながら許可無く飲んでいる一リットルの牛乳パックを彼はどんと置き、こちらを向き直る。
「うん。何回『変身』って思っても変身できなくて。一応声に出してみたんだけど、それでも変わり無し」
そう言うと彼は腕を組んで頭を上げ、何か考えているような素振りを見せる。
「ぉぁ……そうだな……怪我とか病気とかは?」
「特に」
「変なもん食った?」
「何も」
「メンタルは?」
「メンタル……」
心当たりはあった。ただでさえ仕事の量が多い——まあまだ新入社員なので、普通が分からないだけかもしれないが——のに加え、色々な仕事を振られるし、それから面倒なババアが色々と言ってくるし。
その辺りが心の負担になっているということは、否定できない。
「まあ……仕事で色々とあるかな」
「お」
原因が分かったのだろうか、何かに気付いたかのようにこちらを見て彼は声を零した。
そのままこちらをじっと見て、彼は質問を続ける。
「具体的には?」
「仕事量の多さと、面倒な人」
「仕事内容は?」
「ずっと椅子に座ってパソコンをカタカタ、と」
「他に疲れを感じる時は?」
他に疲れを感じる時、か。
元々あまり体力は無いのだけれど、心なしか以前より疲れを感じるような気がする。
「うーん、出掛けた時とか、階段や坂を上った時とか、かな。他にも色々あると思うけど、パッとは出てこない」
「ぉぁー……」
彼はそう声を漏らして再び頭を上げた。その様子は何かを躊躇っているかのように思えた。
「……最近肌の調子は?」
少し経ってからこちらを向いて、彼が問い掛けてきた。
肌の調子?
肌が悪いと、何か影響が出るのだろうか? だとしたら、それにも心当たりがあるような……
「まあ、最近荒れてきているかな……色々とケアはしているよ」
「髪は?」
髪?
それも何か関係あるの……?
「か、髪……髪も髪で傷んでいるような気が……」
「脂っこいもの食べられる?」
「ちょっと待って」
おかしい。
いや確かにキツいけど、その質問はおかしい。
私が気になるのはあくまで変身ができない理由。だけどその質問——どころか、これまでの質問は——
「まるで私が年取っているかどうか確認しているみた——」
——あ。
言いかけて、気付く。ボっさんの複数の目が、同情の色に染まっているということに。
——これまでの質問が意味することに。
ボっさんは優しくその手を肩に乗せ、言いづらそうに躊躇い——
「加齢です」
加齢。
加齢。
加齢。
加齢。
「クソがァッ!」
「オア————————ッ!?」
怒りと悲しみ、そして絶望が一気に襲い掛かってきて、私は堪らず焼酎一升瓶を買いに行った。
瓶を掲げ、胃に焼酎を流し込み、ボっさんを殴り——その繰り返しである。そうしないとやってられない。
この絶望を忘れる方法なんて、私にはこれくらいしか無い。
分かっていた。いつか加齢が襲い掛かってくることなんて。
でも、三十代とか四十代とかに来るものだと思っていたのに、実際は二十代、しかも二十二歳で来るなんて。
袋に入ったつまみとゴミだらけのテーブルに突っ伏し、決して叶うことの無い夢に思いを馳せ、苦しみと後悔のこもった拳で何度も叩く。
——沢山お金を稼いだら、美味しいお肉やスイーツをたっくさん食べるんだ!
私の胃は簡単に胃もたれを起こす程に弱り、子供の頃の夢を叶えるなんて決してできない。
将来の為と思って大学生時代にアルバイトで苦心して貯めたお金を、もっと好きに使うべきだった。そうすれば、この苦しみも多少は和らいだはずだ。
——私ね! 大人になったらすっごい綺麗な人になりたいの! そう! モデルさんみたいに!
子供の頃の、また別の夢。
その夢の道も、酷く険しい道に変わってしまった。
道を妨げる障害を取り除くかのように、腕を滑らせてテーブル上の袋やゴミを床に落とす。
けれどこれでゴミが消えた訳じゃない。
いくらケアをしても、肌や髪が元通りに綺麗になる訳じゃない——その事実と重なり、胸が更にきゅっときつく締められた。
「ゆ、結衣……一旦落ち着——」
「るせェッ!」
「オア————————ッ!?」
瓶を取り上げようとしたボっさんの顔面に拳を叩き込み、瓶をがっと掴んで掲げる。
口を大きく開けて焼酎を流し込み——
「——ぁ」
焼酎がきれた。僅かに残ったものが、ぽつ、ぽつ、と舌に当たる。
それと同時に、途端に虚しさが湧いて出てきた。こんなことをしても、私の加齢の事実が無くなる訳じゃないのに。
——もう、現実逃避も、夢への憧憬も、何もかも無駄なんだ。
「……寝る」
嗚咽混じりの声でそう呟いて立ち上がり——
「——え?」
体が光に包まれた。
その光は、魔法少女に変身する時のものと同じであった。
やがて光は消え——ピンクのフリフリの魔法少女服が露わになる。
「あれ? 何で……?」
今こうして変身ができたのなら、あの時の変身できなかったのは何だったのだろうか?
その疑問に首を傾げ——
「た、多分……」
弱々しく、また苦しみに満ちたボっさんの声が聞こえてきた。彼の方を向き、這いずってこちらにくる姿を視界に収める。
……ホラー映画みたい。
「加齢によって魔法少女になる為のエネルギーが足りなくなったが……アルコールをエネルギーとして変身している……多分」
「え、そんなことできるの?」
「いや知らん……俺どころか俺の仲間も変身の仕組み分かってない……」
「えぇ……」
変身の能力を持つ種族なのに仕組みを知らないというのは理解できないが……なんであれ、まだ魔法少女になれて良かった。
口からは自然と安堵の溜息が零れた。
「と、年を取って、酒で魔法少女に変身……こりゃまるで……魔法醸女りゝかる霧島——」
「人をババアみてぇに言うのはやめろクソがァ————————ッッッ!!!」
「オア————————ッッッ!!!」
尚、後日『魔法醸女りゝかる霧島』という名前をいたく気に入って自ら名乗るようになったのは別の話。
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