りゝかる霧島の妖精ボっさん
りゝかる霧島の妖精ボっさん
某プリ何とかさんがそうであったように、私にも妖精が付いている。
……のだけれど。
「ただいまぁ……」
萎びた声と共に玄関を開け、自宅に入る。出迎えの姿は無く——
「おぁー、おかえりー」
奥のリビングから気怠げな声が響いてきた。いつも通りの返事に嘆息が零れ、靴を脱いでリュックを床へ落とし、リビングに入る。
そこにいるのは、私を魔法少女へと変えた妖精のボっさん。ヒモ。
彼は私のベッドで横になって、煎餅をばりばりと音を立てて食べながらテレビを見ている。
妖精といえば、例えば兎や猫とかの小動物ベースの外観、少女のような高い声、小さいながらに色々と頑張る、といったような見た目も性格も言動も可愛げのある存在だろう。
しかしこのボっさん、そういった妖精とは大違いである。
まず、見た目。詳しくは知らないが例えるなら深海魚のような、或いはクトゥルフ神話に出てきそうな生物らしからぬ見た目だ。
触角のような触手のような、そういった突起物や海藻のようなヒラヒラが生え、いくつもの目が不規則に顔に並ぶ。
形状としては人と同じだが、体格は二メートル以上は確実にあるしやたらとガタイが良い。生殖器は存在せず、肌の色は白に近い灰色、といったところか。
毛が一切生えておらず、常に血色の悪いツルツルの肌を晒している。正直気持ち悪い。
せめてもの救いが、声がすっごいイケボなところだろうか。
人間だったらイケボのイケオジで、多分声優で食っていけるんじゃないだろうか。
「なぁ結衣。今週の『サカナさん』に『戦艦ポチョムキン』なるものが出てきたんだが、知ってるか?」
「いや知らん……自分で調べてよ」
嘆息混じりにそう言うと彼は買い与えたスマホを取り出して調べ始めた。最初からそうしてくれ。
ちなみに『サカナさん』とは、子供向けアニメ『首太! サカナさん』のことである。主人公——いや、主
ネット上では専ら狂気アニメとして話題である。先週はロンゴミニアドなるものが出てきて一部界隈が狂喜乱舞したらしい。
服を脱ぎ捨ててキッチンへ向かい——
「……はぁ」
帰宅後三度目の嘆息を吐いた。
飯は一切用意されていないし、何かを作ったり温めたりして食べた形跡すら無い。
繰り返しになるが、ボっさんはヒモである。この家に住まわせてやっているというのに碌に仕事もせず、かといって家事をする訳でも無い。
スマホを始め生活必需品や彼の欲しいものを買い与えているし、食費光熱費水道費諸々私が負担している。
しかしこんなにも手厚く尽くしているというのに、彼からの見返りが一切無い。
故に彼も私のストレッサーの一つである。
「ねぇボっさん……せめて飯を作っといてくれてもいいんじゃないの?」
呆れと怒りの混ざった声で言うと、
「んぉ、ああ。どうせお前帰ってきたら作るんだから、一緒に作ってオア————————ッ!?」
私の腕は自然と包丁を掴んで放り投げていた。咄嗟に躱した彼の頭上を通り、穴だらけの壁に深々と突き刺さる。
包丁の持ち手と慌てる彼の顔を見て舌打ちを零し、
「外したか」
と呟いた。
「『外したか』じゃねーんだよッ! 今日はマジで死ぬかと思った……」
「碌に働かなければ家事もしないボっさんへの怒りだよ。家事しないんだったらいい加減働けば?」
苛立ち混じりにそう言い、キッチンから出てずかずかと彼に歩み寄る。
「ま、待てッ。何度も言ってるだろ? 人間に変身してその姿を維持するとエネルギーを段々消費して、それが底をついたらこの姿に戻っちまうって」
ボっさんは近寄ってきた私から逃げるように尻をベッドの上で引きずって壁に背を当て、宥めるように言ってきた。
某プリ何とかさんの一部の妖精がそうであったように、ボっさんも変身ができる——というよりは、何かを変化させるのがボっさんの能力だ。
変化させ、その姿を維持するにはエネルギー——特に名称は無いらしく、便宜上そう呼んでいる——を消費し続ける必要がある。
彼の主張としては、そのエネルギーが仕事中に尽きる危険性があり、そうなれば色々と面倒ごとになる、とのことだ。
ちなみに当然ながらりゝかる霧島にも同じルールが適用され、私はアルコールをエネルギーとして用いている。
リアル魔法少女の末路がこんなものだと子供達が知ったら、悲しさとかより同情を強く抱くことであろう。
ともかく、エネルギー問題で彼は働きたくないとのことである。
しかし——
「じゃあ在宅で働けばいいじゃん」
「オアッ!?」
今の世の中、家でできる仕事が沢山ある。そうすれば姿を見せなくて済むし、仮に見せる必要があったとしても、外に出て働きに行くことより回数的にも時間的にも少ないだろうから、彼でも安心して仕事ができる。
……というか、その反応的に知ってて働いてないなコイツ。
彼の複数の目はあちらこちらをきょろきょろと見回し、頭に生えた突起物を指でくるくると弄り始める。
「あー、と……ほ、ほら! 仕事ってどう足掻いても人との交流が避けられないだろ!? だからこの姿がばれる危険性はあるし、その懸念を——」
「じゃあ家事やりなよ」
「オアッ!?」
ダメージを喰らったかのように、ボっさんの背筋がぴんと伸びた。
焦りが強くなったかのように彼の瞳の動きが加速し、取り繕いの言葉を探すかのように「あー」だの「えー」だのと呟きだした。
一応待ってやろう。
「……ほ、ほら! アレだよアレ! 家のものを壊したら怖いし——」
「家事は休日に私が教えるし、壊れたら買い替えればいい。言い訳としては高く見積もっても五点」
「ご、ご無体なぁ!」
「それは私の台詞だよ」
そう言って私は踵を返す。「おぁ?」と彼は疑問の声を零して、安心したかのように黙り——
私は焼酎の一升瓶を手に取った。
「おいィ————————ッッッ!!!」
見事に滑り込んできたボっさんが私の脚にしがみついてきた。振り払おうと脚を動かすが、そのガタイに見合った力もあってなかなか振り払えない。
「待て待て待て待てッ! それこそご無体だろッ! 殺す気かッ!?」
しがみついて懇願するボっさんを呆れと諦めに満ちた目で見下し、吐き捨てるように答える。
「ほら、馬鹿は死なないと治らないって言うじゃない?」
「それは『治す』じゃなくて『消す』だろッ!? 生きていてこその治療だろッ!?」
その言葉を無視して一升瓶を掲げ——ると、
「オアーッストップストップッ! まだ死にたくねェ!」
そう泣き叫んで私の手を力づくで下ろしてきた。
流石に力負けし、瓶を床に置いて嘆息を零す。
荒い呼吸のボっさんが安堵の息を吐き、そして私を見てきた。
「……というか、俺を家に置いておくのが嫌だったら、放っておけばいいんじゃねぇの? そしたら別の奴言いくるめて拾ってもらうし」
「うっ」
思わぬタイミングで図星を突かれた。
確かに彼の指摘は正しい。邪魔なら放っておけばいいだけだ。
……けど。
「……ほら、私がこれまで魔法少女として楽しく生きてこれたり、ストレス発散することができたりって、ボっさんのお陰じゃない……?」
小学生の頃に偶然ボっさんに出会い、私は彼のお陰で魔法少女になれた。
魔法少女の生活は確かに楽しいものであったし、今あのようなストレス発散ができるのはボっさんの存在あってこそのものであるし。
ボっさんがクソな奴だと知っても、それらへの感謝の念は変わらなかった。
だから私は……
「……今度は私がボっさんに恩返しする番かな、って思って……まあ色々と手伝って欲しい気持ちもあるんだけど」
言っててこっ恥ずかしくなり、顔が紅潮した。彼から目線を逸らして床を向き——
——待て。
それに気付き、咄嗟に目線を彼に戻す。
「ボっさん、さっき『別の奴言いくるめて拾ってもらうし』っつったよな?」
その声には自然と怒りが籠っていた。
その言葉が意味すること——私含め、これまでも自身の能力を駆使して人を言いくるめ、都合良く利用してきたのだろう。
「オアッ!?」
失言だったのか、指摘すると再び彼は背筋をぴんと伸ばした。
——ボっさん、私を道具のように見ていたんだ。
彼に掛ける言葉は失せ、汚物を見るかのように睨み——
一升瓶を手に取って掲げ、焼酎を胃に流し込む。
「オアーッ手を下ろせッ! 話せば分かるッ! 話せば分かるッ!」
そう言って私から瓶を取り上げようと、さながら蛙のように跳ねてくる。それを身を翻して躱し——
「……っはぁっ、問答、無用……!」
飲み干すと同時に怒りの言葉が零れ出る。体を焼けるような熱が包み、光り出し——
「ボっさんッ! 懺悔の隙すら与えねェッ!」
ピンクのフリフリの魔法少女服に身が包まれた。一升瓶を掲げ、脳天に憤怒の一撃を叩き込む構えを取る。
「オ、オァ……」
「ちぇすとォ————————ッッッ!!!」
「オア————————ッッッ!!!」
後日色々と話し、結局仲直りしたのはまた別の話。
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