第26話:暗転
「セージ!」
「ZZZ……」
セージ宅に乗り込みベッドに眠る
セージ本人に完成したメザメールを飲ませた。
「……う」
セージの瞼がぴくりと動き、次第に閉じていた瞳が開いた。
「なんかよく寝た~! おはようダミ子! 超いい朝だね!」
「いや夕方だが」
マイペースな婚約者の起床に反射神経でツッコミを入れる。
「大丈夫かセージ? どこか具合が悪いところとかないか?」
「平気さ! ぐっすり寝てすっきりだよ」
「そ、そうか、よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす。
よかった。
薬の副作用はないようだ。
ほっとするダミ子を見てセージは花瓶にさしてあったバラを咥え、
「ダミ子が目覚めさせてくれたんだね。さすが僕の愛するフィアンセだ」
「あーはいはいどうもどうも」
復活した途端カッコつける婚約者をいつもの要領でスルーした。
「やりましたねダミ子さん! セージ様も目を覚ましたし、メザメールは治療薬として成功です!」
「ああ。これを量産すれば他の国の
マースとハイタッチをした。
「よし、さっそく国王と研究所に報告して……」
「ぐぅ」
「あれ、セージ?」
「ZZZ……」
ベッドを見ると、セージは再び眠ってしまった。
「おい! どうした! 狸寝入りか? 目を覚ませ!」
揺すり動かしてからの往復ビンタで叩き起こそうとするも、セージが目を覚ますことはなかった。
「どうしてまた眠ってしまうんだ!?」
「ダミ子さん、あれ」
マースが窓の外を指さす。その顔面は蒼白だ。
街の人たちが次々と倒れていくのが見えた。
「おいどうした!」「イビキ? 眠っているのか!?」
倒れる人に駆け寄る通行人が叫ぶ。
次の瞬間、「ぐぅ」通行人も眠ってしまう。
「これは……」
「
部屋の外で大きな音がした。
廊下に出るとセージの父親が大イビキをかいて床に転がっていた。
「親父殿!」
「どういうことです!? メザメールは効いてなかったんですか? それに、どうして一斉に眠りにおちる人が!?」
「……とりあえず王室へ行く。メザメールの結果と現在起きてる事態を報せる。マースくんは倒れてる人たちに二次被害がないか確認、安全なところに移動させるんだ」
◆◆◆
グゥスカ城へ戻ると、城内は異様に静かだった。
床には倒れ眠る人たち。
兵士も執事もメイドも全員眠りに落ちている。
「ここもか……」
玉座に座ったまま国王は鼻提灯を膨らませていた。周囲の護衛も立ったまま眠っている。
「……!」
最後の砦と思っていた薬剤研究所に駆け込むも、希望は儚く散った。カモミールも他の薬剤師たちも床に伏せるようにそれぞれ倒れていた。
「っ…………!」
ダミ子は走っていた。
あの場所は。あの場所だけは。
私の居場所。
大切な唯一の家族。
「お願いだ。無事でいてくれ……!」
自宅のドアをノックする。
返事は返ってこない。
ドアノブに手を伸ばすと鍵がかかっていた。用心深い祖父は家の中にいるときでも鍵をかける。
外出中の可能性も視野に入れたが現在は夕方。既に夕日が沈みかけている。
「ん?」
何かがドアの内側から聞こえた。
「この機械音。ゆロボだ」
小さく機械音が何かを呼んでるように聞こえた。
呼ぶ相手なんて、一人しかいない。
「じいさん!」
自分の持つ自宅の鍵でドアを開ける。
家の中は静かだった。
「あ……」
そこには。
まるで、死んでいるかのように祖父は床に座り込んで眠っていた。
『じーじ、じーじ』
ゆロボが祖父の傍らで祖父を呼んでいる。
祖父は眠ったまま返事をしなかった。
「…………」
「ダミ子さん!!」
肩を強く掴まれた。
いつの間にかマースが目の前に立っていた。
「マースくん……」
「城に行ってもいないからもしかしてって思って……大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ」
「祖父さんが……祖父もダメだった。眠ってしまっていた」
「っ……そうですか」
震える肩を抱くようにマースはダミ子の身体を引き寄せた。
「大丈夫です。絶対目覚めさせましょう。お祖父様も、カモミールさんや研究所の人たち、グゥスカ王国の人たちも皆目を覚ましてくれます。僕たちはまだ起きてる……だから、」
「……」
温かい。
いや、自分が冷えきっていたのか。
信じられないことが次々と目まぐるしく起きて、心が凍てつくような心地だった。
今は人の体温が感じられることが一番安心感を得られた。
「ありがとう。もう、大丈夫だ」
そっとマースから離れ、ダミ子は気を引き締めた。
「そうだな。起きてる私たちがしっかりしないとな」
(大丈夫だ。幸運にも私たちは眠りに堕ちてない)
自分たちにできることはまだある筈だ。
「おーい!」
空から声がした。
スカピー火山のドラゴンがこちらに向かい飛んできた。
「ドラゴン! あんた」
「どうしてグゥスカ王国に!?」
「大変じゃ! あれから村で婆さんとエアロビをしてたら、婆さんが突然眠ってしまったんだ! 村の連中も同じだ。急に倒れて眠り続けている!」
「! グゥスカ王国だけじゃない!?」
ドラゴンの話によると。
ここに来る途中他の村や町の様子を見たが、どこも同じで眠りに倒れる人々だらけだったという。
「世界中の人たちがどんどん眠りに堕ちてるってことか」
「世界中で何が起こってるんですか……!?」
それどころか世界中で
このままでは、全世界が
ドラゴンは二人に背を向けて翼を広げる。
「乗れ! 【全知の森】へ行くぞ! 全知の精霊なら何か知ってるかもしれない!」
ダミ子とマースは顔を見合せ首肯く。
そしてドラゴンに乗るとかつて訪れた全知の森へと急いだ。
◆◆◆
上空を駆け抜けるドラゴンの背に乗り、ダミ子とマースは全知の森を目指す。
「よう。久しぶりじゃのお」
「呑気に挨拶してる場合じゃねー!」
優雅にドクダミンPを飲みながら二人を迎えた久々の精霊にチョップを入れる。
「ごふっ何するんじゃ!」
「あんたあのレシピ嘘っこじゃねぇか! なんも効かんどころか世界が眠り始めてるぞ!」
「はあ? どうゆうことじゃ」
ダミ子は今起きている現状を精霊に伝えた。
「バカな……妾の特効薬の効果が効かないなんて」
「全然全知じゃないじゃんあんた」
「なんたる言いぐさ! そのレシピで完成した薬で
「じゃあどうして起きた途端また寝ちゃったんだよ! それどころかグゥスカ王国なんて私たち以外全滅だぞ!? 一瞬起きたどころか被害は拡大してるんだよどういうことだ!」
「ひゃう~ほっぺたつまむな~」
「ダミ子さんどうどう」
「! すまない」
祖父が眠りダミ子も僅かに焦りが表面上に出てきていた。
「正確には、薬は効いたが新たに眠り病を追加された、しかもさらに強力なもので、広範囲に……といったところか」
ダミ子たちの数歩後ろに佇んでいたドラゴンが口を開いた。
「メザメールは確かに永眠病に効いた。しかし永眠病がそれをさらに上回った。このままではイタチごっこだろう」
ドラゴンは精霊に目を向け言う。
「久しいな。最後に会ったのはいつの日か。なあ、全知の精霊よ」
「お主はスカピー火山の……事態はよほど深刻なようじゃな」
「お二人は知り合いなんですか?」
初対面とは思えない二人(?)の話し方にマースが聞く。
「「うん」」精霊とドラゴンは首肯いた。
「遠い昔の旧友じゃ。お互い人間に興味がなく人間界との繋がりは稀薄だったんじゃが……お主が協力するとは思わなんだ」
「いろいろとあって借りができたのだ……ヨガとか」
「ヨガ?」
「そ、それよりっ」
ダミ子供が二人の間に割り込む。
「それはメザメールに対抗して病も強度を増したということか!?」
「薬剤師なんだろう。抗原抗体にワクチン……ウイルスとのイタチごっこはよくある事例ではないか」
「でもおかしいですよ」
マースが口を挟む。
「セージ殿……患者がメザメールを摂取し目を覚ましてから新たな眠り病に上書きされるのは一瞬でした。いくらなんでも早すぎる。まるで、それをわかっていたかのような反応だった」
「反応?」
「はい。僕は、まるで病に“意思”があるように感じたんです……」
「“意思”だと? 永眠病に?」
「はい」
その言葉に、その場にいた全員の視線がマースに集まった。
「面白いこと言うのう坊主。意思とはつまりこの病は人の作為によって出来たものというのか」
「意思なんぞで病が蔓延できるのかえ? ハートでウイルスが蔓延するなんて妾聞いたことないのー」
「わ、わかりません。根拠や確信などではっきり言えないんですけど、なにか変だな……って、直感というか違和感というか僕の中で引っかかりを感じていて……」
ドラゴンと精霊の圧に押されながらもマースがたじたじと見解を述べた。
「“意思”ね……」
確かにメザメールの特効薬投与からの回復、病の急変の早さは不自然なものがあった。
「いいやありえないだろ医学的に。世界中を巻き込む病気を意思で? だとしたって一体誰が……」
『早く目を覚ますといいわね』
「っ……!?」
なんで。
(なぜだろう)
あの時イバラの森の塔で話した魔女の言葉が記憶の奥底で蠢いた。
(どうして今思い出したんだ)
あの時の彼女のほの暗さを感じる微笑み、言葉がなぜかダミ子の中で引っかかっていた。
引っかかりを感じていたのはもう一つ。
それはあのイバラの魔女自身のこと。
(イバラの森なんて行ったことなかったのに、あの人の顔、初めて会う前から、どこかで見たことあるような気がしたんだ)
ダミ子が思案する後ろでなぜかマースはいきなり背負ってたリュックをガサゴソあさり始めた。
「おいこのガキンチョ急に荷物を物食し始めたぞ!」
「ワシらがつっつきすぎたから……!?」
挙動不審な助手の様子に精霊とドラゴンが怯えていた。
「マースくん何してるの」
「これじゃないあれじゃない」
土を掘るもぐらのように一心不乱にリュックの中身を地面に並べていく。何かを探してる?
「あった! これですダミ子さん!」
「何お腹でも空いてたの……って、これ、」
「あの魔女さん、どこかで見覚えあると思ったんですよ! これです」
彼が手に持つのは一本の瓶だった。
アンゼリカの街でダミ子がお土産に買ったシャンプーの瓶だ。
『聖女のシャンプー』
そう記された瓶に描かれる女性の絵と塔で会った女性の姿が瓜二つだった。
髪型や服装などは違うが雰囲気や柔らかく微笑む表情に面影がある。
「誰かに似てると思ったんですけどこの人ですよ。【聖女・ローズマリー】。イバラの森の塔にいた魔女さんはこのローズマリーにそっくりだったんです!」
ローズマリー。
百年戦争を止めた二人の英雄のうちの一人。
勇者トグルマと共に魔王を倒し、伝説としてアンゼリカの街で称えられている聖女。
「この見覚えはシャンプーのパッケージからだったのか」
「はい。なんか初めて会った気がしなくて頭の中でずっともにょもにょしてたんです」
「よく思い出せたな」
どうやらマースも気になっていたらしい。
塔の女性に疑問を覚えたのは自分だけではなかった。
「って話脱線しすぎたな。いや確かに似てるし納得したけど、仮に同一人物だったとして、今の
「なにローズマリーじゃと?」
その名前に全知の精霊が反応した。
スリーピング・サーガ~世界が眠りに堕ちる前に~ 秋月流弥 @akidukiryuya
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