第3章:材料②世界で一番働き者の爪の垢
第9話:テツヤ村
ナマケモノの町を出たダミ子とマースの二人は一時間程歩き東へ移動して草道が続くスピスピ街道沿いにある宿屋『フワワ亭』に泊まることにした。
長老のイビキを二泊連続で聞くのは心身共に堪えるからだ。
フワワ亭で昨夜の寝不足を取り戻すようにぐっすり眠った後、ダミ子たちはフワワ亭の主人に訪ね事をしていた。
“世界で一番働き者”についてだ。
【ナマケモノの爪の垢】←get!
【世界で一番働き者の爪の垢】
【スカピー火山のドラゴンの逆鱗】
【魔女の涙】
これらの材料を揃えるためダミ子は助手のマースと共に各地を巡り旅をしている。
治療薬の材料の一つ、【ナマケモノの爪の垢】を手に入れたダミ子たちは、次なる二つ目の材料を【世界で一番働き者の爪の垢】に決めた。
残りの材料のなかで一番楽にゲットできそうだったからだ。
ナマケモノの次に平和そうだし……ぶっちゃけ消去法。
「んー、世界一の働き者ねえ」
主人は顎に手をあてて唸る。
「どうだご主人心当たりないか」
「俺とか?」
「ははっ冗談はよしてほしい」
「ガーン」
ダミ子のから笑いにショックを受ける主人。
「ダミ子さんご主人ショック受け
ちゃってますから。すみませんご主人、この人もそんな仕事しないタイプなので気にしないでください」
「そうだ私も隙あらばサボってるぞ。気にするな」
「いや俺は適度に働いているんだが……」
フォローのつもりが勝手にぐうたら労働者の印を押された主人はうっすら涙目。
「ご主人の知ってる範囲でいいから心当たりはないか? この辺でコマネズミの如く働いてる奴とか馬車馬のように駆け回ってる奴とか」
「回遊魚のように泳いでないと落ち着かない方とか」
マースが付け加えて言う。
こうやって聞くとナマケモノと正反対だ。
「なんで動物の例えばっか……?」と首を傾げる主人。すると思いだしたようにポンっと手を打ち鳴らす。
「そうだ! 人っていうか村単位なら“テツヤ村”の住民は全員働き者って聞くよ」
「「テツヤ村?」」
名前からして働き者がいそうな村だな。
「なんだその連中眠らないのか?」
「ああ。仮眠しかとらない程多忙な連中でな。なんせ別名出版の村。ほとんどの出版社がここに集合していて、この世に出回ってる出版物は九割あの村で作られてるんだ。出版の村だから漫画家や小説家も多く住んでるし、眠らずに創作ばかりしてる村だって聞くよ」
うわあ仕事命の奴らが集まった村かよ。絶対気が合わないじゃん。嫌だわ~憂鬱だなー。行きたくねぇー。
「って思ったでしょダミ子さん」
「人の心を代弁するな」
テツヤ村まで鬱々と歩きつつも意外と街道から出てすぐにあったので到着してしまった。なんてこった。
『~世界一働く奴らが集合する村【テツヤ村】へようこそ~』
「言っちゃってる……自分たちで言っちゃってる世界一……」
「もしかしてビンゴかもしれませんね。こんなさっくり目処がつくとは」
「おのれフワワ亭のご主人ファインプレーしおって……」
テツヤ村は一見どこも変わったところもない平凡な村に見えた。
建っている家も一般的な造りの普通の民家で、入口手前の広場もそこにある噴水も植えてある木も花壇もどこにでもある代わり映えのないもの、至極普通の外観だ。
外観なのだが、
「なんか、通行人がヤバそうな人しか歩いてないんだけど」
先ほどからヤバい雰囲気を撒き散らした人しか目に入らない。
歩いている人も、店で買い物してる客も、家の前のポストを開く住民ももれなく目がギラついている。
目をギラギラ光らせ白目の部分は全員もれなく血走っていた。
感じるのは世紀末。
「修羅の目をしてますね」
「村は平凡なのに住民だけ戦闘力が異様に高そうなのはなんなんだ」
「さすが出版の村。常に締切と闘っているんでしょう。村の名前通り徹夜なのか」
「睡眠がいかに大切か教えてくれる村だ」
フワワ亭の主人情報だと出版社が集まるテツヤ村は漫画家や小説家などクリエイティブな人材が多く住んでいるという。
締切に追われる作家たちは自然と徹夜を強いられ目がギラつくようになったのだろう。
ボソボソ呟き広場を徘徊するはネタ探しのクリエイターか何かか。
「世界で一番働き者といえば、やはり一番売れている作家だろうな。もし、そこの人」
歩いていたヤバそうな目の一人(通行人)に声をかける。
「この村で一番売れている作家は誰か教えてくれないか?」
ダミ子の質問に震えだす通行人。
「え? 震えてる?」
「そんなの自分が書いた作品が一番に決まってるだろ! 売上なんてクソくらえってんだ! 打ち切りがなんだってんだチクショーーッ!!」
「ちょ、えぇー……」
どうやら売れない作家だったようだ。怒って走っていってしまった。打ち切りドンマイ。
「参ったな。なかなか聞きづらい質問のようだ。彼らのプライドを刺激する」
「これは、たぶん出版社に行っても同じでしょうね。どこも業界一と言い張りそう」
現に民家やお店など建物のいたる箇所に貼ってある漫画のポスターには《今一番売れている!》とキャッチコピーが書いてあった。
「やれやれ地道に探すしかないか。もし、そこの人」
ダミ子がまた道歩く通行人に声をかけようとした時、
「おい」
肩に手を置かれた。
「他社の漫画家に声かけようとしてんじゃねーよ。自社への裏切りか?」
「え?」
振り返ると眉を潜めた青年が立っていた。
スラリと背が高く、線の細い身体と対照的な大きめのちゃんちゃんこを羽織り、その下には上下揃ったジャージを着ている。
若い男にしてはやや地味でどこか古めかしさを感じる格好だ。
それにしても、
「裏切り? なんだそれは」
「とぼけんな。今マドロミ社の漫画家に声かけようとしてたくせに。お前さっきイネムリ社の漫画家と話してただろ。イネムリ社の人間が他社のマドロミ社の漫画家に粉かけてんじゃねぇよ」
「イネムリ社? マドロミ? さっきから何を言ってるんだ。私はどこにも所属してない」
「無所属……フリーランスか? フリーでお前のような奴は見たことないが」
青年はぐいっと両肩を掴みダミ子を引き寄せまじまじと顔を見る。
「ちょっと!」
マースは青年からダミ子を引き離し間に入る。
「何ですか急に! 僕たちは漫画家でもクリエイターでもありません。わけあって世界で一番働き者、いや、一番売れてる作家を探しているだけです!」
「世界で一番売れてる作家……だと?」
青年はマースの言葉を聞くと途端に満面の笑みを浮かべ言った。
「なんだよ最初からそう言えよ!
つーか俺に真っ先に声かけろよ! 」
ガッハッハ! と豪快に笑う青年にダミ子とマースはきょとんと青年を見つめる。
「お、お前も漫画家なのか?」
「もしかして有名だったりする方ですか?」
「なんだお前ら、俺を知らないとはもぐりめ。そうだよ。俺こそ今をときめく世界で一番売れている漫画家……」
そう言いながら懐から一冊の単行本を取り出す。
単行本に巻き付く帯には《祝一千万部》の文字。
「ウタタネ社のディル様だ!! 取材の時間は三十分まで許す!」
『おお、おかえり坊っちゃん』
ディルに導かれ村の奥にある一軒家へ入るとゾンビのような顔色の悪い男たち数人がダミ子たちを迎えた。
「締切直前にどこほっつき歩いてたんですか」
「悪い。思わぬ拾いもんをしてな」
「ったく困りますよ勝手にいなくなられちゃ。指示も貰えないし」
「すまんすまん」
どうやらここがディルの仕事場らしい。
机が並びその上には山積みになった原稿や資料が置いてある。
木の机にはインクや修正液がこびりついていた。
机に向かう男連中は皆ゲッソリやつれている。修羅場のようだ。
「ディル先生ではなく坊っちゃんて呼ばれてるのか」
「あー先生って呼ばれんのこそばゆいんだよなァ」
たしかにこの中でディルが一番最年少に見えた。
「……ん? 坊っちゃん、そこのお嬢さんと兄ちゃんは誰ですかい?」
「ああ」
ディルが指さして言う。
「コイツら助っ人。漫画作業手伝ってくれるって。喜べ」
「「はあ!?」」
ダミ子とマースはディルを見て叫ぶ。
「初耳なんだが!?」
「聞いてないですよ!」
「初めて言ったからな」
「僕たち漫画描けませんよ!? それに僕らやるべきことがあってディルさんについてきたんです」
「ああわかってる」
「ほっ」
「インタビューだろ?」
ズコーーッ!!
部屋の彼方まで飛んでいく助手をスルーしダミ子が身を乗り出す。
「インタビューちゃう! 私ら世界で一番働き者の爪の垢を集めに来たんだよ! 治療薬の材料で必要だから。それで働き者が多いこの村を訪れて偶然アンタに出会ったわけ。爪の垢早々にゲットできるラッキーって!
だから突然漫画作業手伝うことにされててはあ!? って吃驚仰天してんの!!」
「ほう。なかなかわかりやすい前回までのあらすじだ」
誉められた。
「だから漫画作業してる場合じゃないんだってば悪いけど。頼む。爪の垢くれディル」
「だが断る」
「なぜ断る!?」
「なぜなら先日ここを訪れた刺客に俺の爪の垢をくれたばかりだからだ」
ディルは爪を見せた。
爪は綺麗に整えられかなり短い。
「な!? 先客がいただと!?」
「僕たち以外に爪の垢を必要とする人がいる……!?」
ダミ子たちは驚愕の表情を浮かべた。
「おお。なんせ世界一働き者の爪の垢が必要みたいでそれがこのテツヤ村だったらしく欲しいんだと。そう言われて悪い気分はしなかったね」
へッと鼻をかくディル。
「爪の垢渡す条件で原稿作業手伝わせたんだよ。それにしても魔法使いって不器用だな。薬草や魔法を使いこなすから手先が器用な連中だと思ってたぜ。ベタははみ出すわトーンも貼れないわ……」
「まて。刺客とは、魔法使いなのか?」
ダミ子の質問にディルは答える。
「絶対魔法使いだねあの二人は。どっちも真っ黒なローブにマントにトンガリ帽子。箒で飛んできたし。片方の女の子は今ドキのギャルって感じもしたけど。男の方はザ・魔法使いって感じだった」
ディルはうんうんと首肯く。
「男の方は態度も妙に上から目線で、なんだっけ?『自分たちは【ネムーニャ帝国】の誇り高き魔法使いだぞ』ってしきりに言ってたな。生憎缶詰みたいに閉鎖的な村なもんでなんの畏れも抱かなかったけど。あんたらネムーニャって知ってる?」
「ネムーニャ帝国って」
「……っ!」
マースの故郷だ。
彼をスパイとしてグゥスカ王国に送りつけた魔法第一主義の帝国。
ネムーニャ帝国の魔法使いがこの村を訪れた。
ダミ子たちと同じ、世界で一番働き者の爪の垢を求めて。
「まさかネムーニャ帝国側も
だとすれば材料の取り合いになってくる。
稀少性の高いものもあるからには先に向こうに廻られては不利になる。
「…………」
隣を見るといつになく険しい顔でうつむく助手の姿があった。
「マースくん?」
「え? あ、あぁなんでもないです」
首を振り笑顔を向ける。
でもどこか余所余所しい。
(これはなにか隠してるな……)
突如出た故郷の名前に苦い思い出でも思いだしたか。
あるいは、刺客の魔法使いについて何か覚えでもあるのか。
彼の表情はどこか思い詰めてるようにも見えた。
(今、聞くべきではないな)
ダミ子は彼の反応に察するもその場で追求せずディルと話を続けた。
「立て続けに悪いが私たちも爪の垢が必要でな。どうか恵んでくれないだろうか。伸びるまで待つから」
「伸びるまで一週間かかる。ちょうどいい今週は締切直前の修羅場だ。それまで原稿作業を手伝ってもらうぞ」
「やっぱそうなるのか」
結局彼の目論見どおり締切直前の修羅場に
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