第8話:VS盗賊団

「早く!急いで!」

『のろのろ~』

解放されたナマケモノたちはのらりくらりと一歩を踏み出す。

そして踏み出してはボーッと立ち止まってみたり戻ってみたりする。

「ダッシュしろダッシュ! また盗賊たちに捕まるぞ!」


もあ~……?


優雅に首を傾けるナマケモノたち。この間十二秒。

ダメだこいつら自分たちがピンチだと思っちゃいない。


牢屋が解放されてからもナマケモノたちはカタツムリが這うかのようなまったりした歩調で牢屋を出ていく。

「このままじゃ一匹残らずまた捕まってしまう!」

「もーっ急いで急いで! ファイト頑張って!」

ナマケモノたちの背を押しやっと牢屋がある部屋から出るも、その先の蟻の巣のようなアジトの道中で次々と盗賊たちと鉢合わせする。その度胡椒瓶ネムクナールをふりかけて逃亡。


ちゃんとついてきてるか後ろを振り返ると胡椒瓶ネムクナールの残り香で地面に倒れ伏すナマケモノ数匹がいたので背負って(火事場の馬鹿力だちくしょう)出口へ向かう。


「やった出口だ!」


洞窟に射し込む光へ飛び込む。


「よっしゃ住民救出&アジト脱出成功……って、」



出口には残りの起きている盗賊暫定20人が待ち構えていた。



「よくもやってくれたなァ」

「覚悟できてんだろうなオラ」

「許さねェぞ」

「どこからさばいてやろうか」

「血祭りにしてやるぜ」

「ひゃっはーッ血・血・血ーーッ!!」


まさかの出待ち。

しかも総動員体制。

しかも全員もれなくデンジャーな香り。


「ダミ子さん胡椒瓶ネムクナールは!?」

「ヤバイ。さっきので消費しまくっちゃった」

胡椒瓶の中身はすっからかんだった。

「これは……戦うパターンか?」

「戦うってどうやって勝つつもりですか盗賊数十人相手に! 僕の攻撃魔法じゃナマケモノさんたちごと巻き込んでしまいます!」

マースが後ろでぞろぞろ歩くナマケモノたちを見て叫ぶ。

「だから、こうやって」

ダミ子は肩にかけたショルダーバックから小型の丸い筒を取り出した。

そしてさらにマッチを取り出しそれに着火。

「そーい」

筒を盗賊たちの方へ投げる。

コロコロと筒は転がり盗賊たちの背後、ちょうど洞窟から出た外の辺りに着地した。


刹那。

筒は凄まじい音を立てて爆発した。


間近にいた盗賊たちは爆撃に直撃しボーリングのピンのように吹き飛ばされる。

「さぁ逃げるか」

ダミ子は転がる盗賊たちの屍(?)を冷めた目で見ると後ろで巻き添えで倒れるナマケモノ数匹を拾い残りの住人たちも同じ要領でバケツリレーのように二人でせっせと出口へ運ぶ。

「いろいろ言いたいことは山ほどありますが盗賊たちピクリとも動かないんですけど」

「安心しろ。先程の胡椒瓶ネムクナールの爆弾版だ。さっきより効き目が強く軽く一日は眠るだろう」

たしかに倒れたナマケモノたちは鼻ちょうちんを浮かべていた。

「だが急いだ方がいい。さっさと退散しよう」

あっけからんとダミ子は言う。


『ZZZ……』

地面に転がる盗賊たちは大イビキをかいて眠っている。


「……ダミ子さんそんな恐ろしいもの持ってたんですね」


「相手が恐ろしいのがいけない」

「さいですか……」


悪びれもなく言う上司にマースはそう返事するしかできなかった。



アジトから脱出した時には夕陽が沈みかかっていた。

救出したナマケモノたちを連れノロノロと橙色に染まる道を歩く。

目指す先は待ち合わせ場所。長老の軽トラ待機場所だ。


「あと、もう少し、ですね」


絶賛息切れ中のマースが呟く。彼は眠ったナマケモノを三匹背負っている。

「長老はちゃんと待ってるだろうか」

忘れて一匹村に帰ってないだろうな。


ダミ子の心配は杞憂に終わった。

向こうに軽トラのシルエットが見える。

軽トラの主はダミ子たちに気づいたのかクラクションを鳴らしこちらまで走ってきた。


「おーいみんな無事かぁ~?」


「村長さん! 無事救出しました!」


「一応全員いるか確認してくれ。私たちじゃ区別がつかん」


ひい、ふう、と長老は住人たちを数える。

「おぉ~全員いるな! よかったよかったぁ~」


安堵のため息を溢す。

ミッションは成功したらしい。


「本当にありがとなぁ。後はワシが村まで運ぶ。乗ってけぇ」


長老はトラックの荷台の方を指差す。

「じゃあお言葉に甘えて」

ダミ子が荷台に乗ろうとすると目の前を横切る残像が目に入った。


ナマケモノたちだ。


住人たちは物凄い速度で荷台に我先と乗っていく。

ナマケモノたちは狂暴さを剥き出しに誰が先に乗るかで喧嘩をしていた。「シャアッ!!」だの「キャシャアッ!!」だの鋭い爪で互いを威嚇しあう姿はすさまじい攻撃性を感じる。


「……あんたたち、盗賊に勝てたんじゃん」


「なまけることに全力の種族なんですね……」


二人は清らかな塩辛い涙を流した。


「さぁー帰ろ~い」


全員が無事荷台に乗ったのを確認するとトラックがエンジンを蒸かす。


ブルルル……と車体が上下に小さく振動すると、トラックはのんびりとした速度で走り出した。


ナマケモノたちはぎゅうぎゅう詰めで全員乗った。

結局最後に荷台に乗ったダミ子とマースくんはトラックの縁に腰かけ足だけを外へ出す姿勢で乗車した。

宙に浮く足をぶらつかせる。

夕陽が出ていた。

道端の草も木もみんなオレンジに染まっている。橙色の光がのどかな歩道を照らしていた。


ダミ子はトラックの中でボーっと座っているナマケモノたちを見る。

ナマケモノ(大量)と軽トラに乗車する経験なんて滅多にない……ていうかシュールすぎる。


「確認だが一名足りないなんてことないよな」

「なに突然不安になってるんですか」

「だって奴らみんな同じ顔じゃん。長老のことだから大丈夫だろうけど長老だからイマイチ安心できないというか」

「村の人たちが見れば一発ですよ。長老さんが一番よくわかってますよ信じましょう」

「やっぱ同じ種族だと見分けがつくのかな」


「ダミ子さんだって薬草の種類を瞬時に見分けられるじゃないですか。僕には全部同じに見えますよ」


「そんなもんかね」

「そんなもんです」


小刻みに揺れるトラックの荷台は絶妙に眠気を催してくる。


うつらうつらと、ダミ子は船を漕いだ。


身体が前に倒れそうになるとマースがダミ子の肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。


「落ちたら危ないですよ」

「あぁ、ありがとう」


ダミ子はお礼を言うと隣に座るマースに少しだけ半身を預けた。


「だ、ダミ子さん?」


「着いたら起こしてくれ。疲れた」


マースに寄りかかるようにしてダミ子はそのまま眠りに落ちていった。


ゴトゴトゴト。


軽トラはゆっくり走っていく。

この調子だと村に到着するのは夜の帳が降りてからだろうか。

マースは一人沈む夕陽を見つめていた。

ダミ子もナマケモノたちも今日の疲れでみんな眠ってしまっていた。

濃い橙色の夕陽は夜の闇へ堕ちていく。静かに侵食される景色は、まるで世界の終焉のように見えた。


「……」


隣を見ればミルクティー色の小さな頭。ウェーブのかかった髪は夕陽を浴びて艶々と輝いている。

左側にかかる微かな重みにマースの心臓が淡く高鳴った。


(しばらく着かなくてもいいや)


そんなことを思いながらゆっくり進む軽トラは橙色の道を後にした。



◇◇◇



ナマケモノの町に到着する頃にはとっぷり夜が更けていたので長老の勧めで長老宅に一泊させてもらうことにした。


長老宅には住民たちが感謝の気持ちとダミ子たちに次々とプレゼントを渡した。

町で作った野菜、果物、毛皮(まさか自分たちの……脱皮?)その他諸々。


料理の得意な住民がエビグラタンと野菜のグリルをふるまってくれた。

えらい待たされた。



「ぐがーっぐごごごっ」

「うるせぇぇ……」

和やかな食事時間を終え就寝時間。

客室の隣部屋の長老のイビキがうるさすぎて熟睡できなかったダミ子は耐えきれずベッドから出て外の空気を吸いに行った。


「……お」


同じだったのか長老宅の前の庭先でマースが夜空に浮かぶ月を見つめていた。


「ダミ子さん」

「君もあのイビキにやられたか」

「長老さんも疲れたんでしょう。僕たちが訪れる前からひとり頑張ってたし。安心したんでしょうね」

「心配するほど無呼吸なんだが」


『zzz……』


ナマケモノの町には長老のイビキと共に健やかな寝息が木霊している。


「全員無事でよかったですね」

「ああ。もう盗賊団に誘拐されることもないしな」


就寝前ダミ子はグゥスカ王国の警備部門宛に手紙を書いた。

コックリ盗賊団が行った悪事についてだ。

ナマケモノの町は郵便が通っているし比較的グゥスカ王国までの距離も近い。

数日の間に王国から警備隊が動くだろう。


「ぬかりないですねぇ」

「再発防止が一番大事だろう」

「まあともかく、ひとつ目の材料は手に入りそうですね」

「こちらとしてはやっとひとつという感じだ」


誰がナマケモノの爪の垢を貰うのに盗賊団と戦うと予想しただろう。


ダミ子は小さくため息を吐く。

「ドラゴンとか魔女とかつく材料はどうなるんだ……」

「なるようになりますよ。案ずるより産むが易し。ダミ子さんは僕が守ってみせます」

「カッコいいこと言うじゃないかマースくん」

「たまには僕だってカッコつけたいです。時折こうやって弱々しいイメージを払拭していかないと貧弱ポイントが貯まってしまいますから」

「ポイント貯まったら粗品と交換しようか?」

「要りませんよ! だから貯めないようにしてるんですって。もう、からかってるでしょう!」

「ははは」


二人は夜空を見上げしばらくお互い無言でいた。

これから起こる未知の未来に思いを馳せて。



「助けてくれてありがとうな。約束通り爪の垢じゃ。受け取ってくれ」


翌朝。

長老宅の前にはズラリとナマケモノたちが縦一列に並んでいた。

ダミ子とマースの手には爪やすりが握られている。

長老に渡された。


「お、おい、まさか全員分コレで削れと?」


「安心せい。捕まっとったから充分に伸びておる。たんと貰っていけ」

「いやそういうことじゃ……」


二人で行儀よく並ぶ住民たちを見る。

全員いる。

ぶっちゃけ全員から採集する必要もないのだが立ち並ぶナマケモノたちはほくほくと心なしか嬉しそう。削ってもらうのを楽しみにしている。


「今度はネイルサロンの仕事かあ……」

「よかったですね副業が見つかって」

「……」


ナマケモノたちの爪を研ぎ終わる頃には夕方になっていた。


「もう一泊するか~?」

「「近くの宿屋に寄るので結構だ(です)」」


ダミ子とマースは盗賊団潜入時の時よりやつれた面持ちでナマケモノの町を出発するのだった。



『一つ目の材料:【ナマケモノの爪の垢】をゲットした!』



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