第6話:住人が見当たらない

軽トラを追いダミ子たちはその先に見えたナマケモノの町に入ることにした。

「これが、ナマケモノの町?」

「人間たちが住む町と全く同じじゃないですか」

驚いたことに、ナマケモノの町は人間の住む町そのものだった。

まず家が建っている。

木製の家が並び、そのなかには丸太を使ったログハウス的なものもある。立派な煙突付き。

町の奥にある広い畑にはこの時期に採れる野菜がたくさん実り、その隣には彩り豊か果物が実をぶら下げていた。なんなら田んぼもあった。水路がちゃんと引かれている。

「ナマケモノの町はちゃんと町だった」

「なんですかその語彙力のない説明は」

「いや、ナマケモノって凄ぇんだなって」

ここが人間の町だと言っても信じられる程の出来だった。


ただ一つだけ気になる点があった。


「なんか、物凄く静かなんだけど」

「外に誰もいない……誰も家からも出てきませんね」

まだ明るいというのに広い町には誰一人いない。物音も一切なく町は静まり返っている。

「まあナマケモノだから昼間っからウロウロしないか」

「いやでも静かすぎません? 生きものの気配がしないっていうか、これ誰も住んでないんじゃないですか?」

「さっき軽トラ運転してた奴いたじゃんか。それに空き家ならもっと家はボロくなるし畑の作物だってこんなたわわに実りっぱなしにならないだろ」

たしかに住民の生活音が聞こえない。

しかしダミ子はこの町の家が空き家とは思えなかった。

空き家にしては住んでいた者たちの温もりが多すぎる。そう、ついこないだまでここで生活していたような。


「おやお客さんかい」


声をかけてきたのは先ほど軽トラを運転していたナマケモノだった。


目の前の人語を喋る動物をしばらく見つめやっと脳の処理が追いつく。

「「な、ナマケモノが喋った!」」

思わず勢いよくふんぞり返る二人を見てナマケモノはほほほ、と朗らかに笑ってみせた。

「その認識であっとるよ。このナマケモノの町で人語が喋れるのはワシ一匹だけじゃからの」

「そ、そうなんですか」

「ならなんであんただけ会話能力が発達してるんだ」

「それは町の長だからかのぉ。長年生きてるうち語彙力が達者になってしもうた」

「あんた長老なのか」

ダミ子の言葉に首肯くナマケモノ。


「いかにも。ナマケモノの町・長老の“ミユビ”と申す」


「あ、ども」

「ご丁寧に……」


ぺこりと頭を下げるナマケモノにつられてこちらも一礼。


「ナマケモノの町へようこそ。ここへ客人が来るなんて珍しい。しかし旅行客には見えないが……何か用があってこの町に?」

白衣を羽織りそれぞれショルダーバッグやリュックを背負うダミ子とマースを見て長老が首を傾げる。

このナマケモノ、察しがいい。


「ああ、実は今流行ってる奇病を治す治療薬の材料を集めていて。その材料のひとつに【ナマケモノの爪の垢】が必要なんだ。差し支えなければ爪の垢をわけていただきたい」


「んーいいよ。何グラム欲しい?」


あっさり了承を得た。


「んーと」ダミ子はレシピを見る。

そういえば細かなグラム数まで目を通してなかった。

「500グラム、だそうだ」

「ちょっとワシ一匹じゃ足りないのぉ。村の奴らがおれば余裕なんじゃが」


残念そうに爪をさする長老にマースは「あのー」と手を挙げる。


「なんじゃ青年?」

「そういえば村の住人の方って他にいないんですか? なんか物凄く静かだし、この町に来てから長老さん以外のナマケモノを見ないんですけど」

「あー捕まった」


「「は!?」」

「二週間前にこの町の近くに住む盗賊団にワシ以外連れてかれた」



長老は当時のことを話した。


盗賊団がナマケモノの町にやってきたのは約二週間前。

何やら知らない集団が町を彷徨いているなと認識。

皆同じような衣装を着ていたので仲良しな観光客だな~と思った。

ある日、畑で農作業をしていたナマケモノが数匹いなくなった。

何かの勘違いかと思ったが、次の日その次の日となんか数が少なくなっている気がする。

でも気のせいかと思ってやり過ごす。

日に日にナマケモノたちの数が減っていきいよいよ住人が自分しかいないことに気づく。

そしてそこには置き手紙。


『住民の命が惜しければ町の作物をアジトへ献上しろ。納めた期間だけナマケモノの命は保証してやる! ふはははは! ~コックリ盗賊団より~』


ここで長老は盗賊団によって住民たちが誘拐されてたことに気づいたという。

「なんかムカつく手紙だな」

「いつもより数が少ないなーと思っていたんよ。特に気にしなかったら気づいたら町にワシ一匹だった」

「いや気づけよ!」

思わずツッコミを入れてしまう。

「大事件じゃねーか!」

「だ、大丈夫なんですか住民のナマケモノさんたち」

「大丈夫じゃよ。手紙の要求にさえ従っていれば奴らも住人に手を出さないと言っとるし」

ちょうど今軽トラで奴らのアジトへ作物を届けてきたところじゃ、と言う長老。

あーあれ帰り道だったんだ。じゃなくて!

「まんま奴らの言いなりじゃないか! それにアジトまで行って人質助けずに帰ってきたのかよ!」

呑気にほほほ、と笑うナマケモノの肩を掴み揺さぶる。

「ダ、ダミ子さん、ナマケモノといってもお年寄りですし」

どうどう、とダミ子を止める。

「だってよく考えてみぃ。ワシ一人が大暴れしたところで盗賊×40を退治できると思うか?」

「げ。40人もいるのかよ」

「ま、まあ確かに長老さんの言い分もわかりますね……」

「そーそー」


しまりなく笑う長老の言い分は冷静な思考からくるものなのか単に面倒という本来の性質からなのかは謎だが言ってることは概ね正しい。

ナマケモノ一匹が大暴れしたところで住人全員の救出は無理だろう。

ミイラとりがミイラになるだけだ。

盗賊団に無抵抗で連れ去られるナマケモノたちの姿が目に浮かんだ。


「だからせめて仲間の命は助けてもらおうと足しげく物資をアジトへ届けているのじゃ。盗賊たちも物資を届ける条件さえ守れば人質は傷つけないと言っとるし。それに我々は寝てる方が多いから作物は貯まる一方での」

たしかに見る限り畑には作物がまだたくさんある。貯蓄は十分あった。


だが。

それはそういう問題ではない。


「無理な条件つきつけて要求呑ませて利用してる奴らは許せねぇよな」

「ダミ子さん……」

姑息で卑怯な手を使う盗賊団に怒りを感じた。善良な住民たちを利用して美味しい思いをし続けるなんて許せない。


「はれ? ワシ利用されとるのか?」


ズコーーッ!!


ダミ子たちは地面に倒れ伏せた。


「そうだよ! わかってないの!?

あんたいいように利用されてんの! 騙されてるんだよ!」

「はて……?」

しばらく考えを巡らせた後鼻ちょうちんを膨らませるナマケモノを見てダミ子は頭を抱えた。

ダメだ、考えることを放棄している。あぁしょせんナマケモノ。

「あ~面倒くさい時に来てしまった」

「ダミ子さん正直すぎます」

パチンと長老の鼻ちょうちんが弾けた。

「まあ代わりにワシの臍のゴマでも。こっちはたくさんあるぞ」

「「いらねーッ!!」」


ボリボリと臍をかく長老をダミ子とマースは全力で止めた。

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