第0次エネルギー革命

@10luck

第0次エネルギー革命

「革命だー!」「やったぞぉー!」

 おびただしい数の口から、喜びや感動の声がとどろく。人々の目線の先には、巨大な構造物。一つの都市が丸々入りそうなほど大きなそれは、全人類の熱い視線を一身に受けてそびえる。それを背に手前に歩いてきた豆粒のような人影が止まると、両側面の中空に現れたスクリーンが老齢の男の満面の笑みを映し出した。

「ついにできました!人類が待ちに待った、ごみから大量のエネルギーをとりだすことができる発電所です!」


 人々は新しい時代の到来に喜び踊り狂った。生活や産業活動から出るあらゆるごみが、エネルギー源となる。もうごみの処分先や電力不足に悩む必要はない。それどころか、生活に必須の資源の奪い合いは起きなくなり、世界平和が訪れた。安定した社会で人々は思いのままにやりたいことをやり、行きたいところへ旅し、自動化と無縁の人間らしい職に就いた。ただし、経済のシステムが根本から変わるわけではない。次第にごみは金と並ぶほど重要なものとして扱われ、ごみ価格が高騰した。人々はごみの副産物として大量のものをつくり、暮らしをますます快適にしていった。


 人々は豊かな生活をもたらしたこの夢の発電所をもっとたくさんつくりたいと思った。しかし、それは難しかった。科学者によれば、この夢の発電所は、建設に100年かかるうえ、もう一つ造るとなるとそれはもう膨大なエネルギーがかかるとのこと。1基目をつくるのに、地球の全化石燃料を投入する大博打に出たことは、周知の事実である。であるならば、もっとエネルギーをつくればいい。再生可能エネルギーなんてのは回りくどいうえに公害のもとだ。やはり、ごみこそがすべてを解決してくれる。


 もっとごみを、もっとごみを!


 国際通貨基金がごみ本位制を真剣に考え始めた頃、ごみの価値は絶対的となっていた。ごみ出しは手すきの家族に押し付ける雑用では、もはやない。ごみをごみ輸送車か買取所に運び、その重量に応じて金と交換できるようになったのだから。豊かさを求めた人々は、目につくものを手あたり次第ごみに変えはじめた。道路にくっついて真っ黒になったガムを、誰も読んでないであろう地域の掲示物を、ばれないようにちょっとだけ剥がした隣人の家の壁を、ごみ輸送車に詰め込んだ。かつて近所で見かけたごみ拾いボランティアは姿を消し、かわりに物々しく武装したごみ拾い企業が台頭した。まだ誰にも見つかっていないごみを探すごみ発見運動がブームとなり、自宅の天井裏からアマゾンの密林まで、地上に人の目が届いたことのない空間は消え失せた。


 もっとごみを、もっとごみを!


 気に入らないヤツをごみ輸送車にぶち込む事件(運転席にではない。)が社会問題化し始めたころ、もっとずっと衝撃的な事件が起きた。われらのごみ発電所が、テロリストに占拠されたというのだ。この一報により世界は混乱を極めた。ごみで生計を立てていた人は途方に暮れ、ごみ関連産業はすべてストップしてしまった。もっと深刻な問題は、ごみ発電に支えられた社会は既存の発電方法をナンセンスなものとして廃止したことだ。電気を生むのは地域の小規模な発電所しか残されていない。つまり、このままでは電気はまったく足りなくなり、多くの人の生死にかかわるだろう。


「こんなことが起きるなんて。」

 ごみ電力会社と国連、各国政府のトップは、緊急会議の場でみな一様に頭を抱えた。あんなに豊かな社会を実現したのに、こんな悲劇が起きるなんて信じられない。ここにいる誰もが同じ気持ちだった。会議が開幕するとすぐ、発電所立地国の軍人が入室した。テロリストの声明文を携えている。自動翻訳された声明文を読んだ各国首脳の顔色は、瞬く間に真っ青から真っ赤に変わった。

「けしからん!」「ばかげている!」「しんじられない!」

多言語の罵詈雑言が一通り吐かれてからの会議の雰囲気は、ピンと張りつめた糸のような緊張感をともなった。

「つまり、テロリストどもはごみ発電システムからの脱却と自分たちの独立国家の承認を要求、できないなら発電所を二度と稼働できなくする、というんだな?」

「私たちの生活を返せ、だと?ごみさえ差し出せば何不自由ない暮らしができたというのに、それをしなかった奴らは愚か者だ。」

「時間がありません。こうしている間にも停電に伴う死者がでています。」

ここにいるのは世界有数のエリートたちだが、彼らですら絶望の表情を隠せないほどに追い込まれていた。ホログラムで彩られたオンラインの会議場は、ほかの何物でもない焦りと恐怖によってその実在感を際立たせた。

「ごみがなくては世界は終わりだ。それにしても、発電所を稼働できなくする、とはどういう意味だ。」

誰も答えを持ち合わせていなかった。電力会社の人間も、ごみ発電の技術的な知識を網羅しているわけではない。ごみ発電は人智の結晶であり、あらゆる科学的専門分野に精通している設計者たちはすでに亡き者たちである。もう創り手ほどの知識をもつ人間はおらず、緊急招集された科学者たちは、論文を読み漁れば理解できるの一点張りで、この切迫した事態においてはまるであてにならないことが証明された。

「は…はったりだ!連中の、テロリストの脅しに屈してはならない!」

「仮に使えなくされたのなら、また直せばいいじゃないかっ。」

「皆様!こちらを!」

補佐官がモニターの映像を指さした。なんと、発電所の広大な敷地内のごみ集積場から、ロケットが飛び立っているではないか。一同は仰天した。

「こ、こ、これはっ!どこへの攻撃だっ!」

軍人がきびきびと答える。

「この飛翔体は宇宙に向けて飛ばされたものです。地表の目標に向けて発射されたものではありません。」

「では、なぜそのような…」

「ロケットはごみを積載して飛び立ちました」

「ま、まさか!」

テロリストはごみを宇宙に捨てたのだ。一度宇宙に放り出されたごみを回収することが困難であることは想像に難くない。山積みにされたごみでカモフラージュされていた発射台が次々と顕わになる。ロケットは一つ、また一つ、飛び立っていった。

「どういうことだ!」

電力会社の面々に一斉に視線が注がれる。作業服にヘルメットの彼らは口をつぐんでいるが、奇妙なことに、どの面持ちにもある種の清々しさが見て取れた。首脳の一人が吠えた。

「貴様ら、謀ったな!」

作業服の一人がおもむろに口を開く。

「人類のためだ。」

「何ぃ?!」

「いびつなごみ社会の汚れ仕事をわが社に押し付ける世界に復讐したのだ!この意味が分からないとは言うまいな!」

首脳たちの顔には嫌悪や憎しみの色がにじみ出ている。だがそれが目の前の作業服に向けられているのか、モニターの向こうのテロ一味に向けられたものなのか、はたまた自分たちに向けたものなのか。おそらくすべてだろう。


 もっとごみを、もっとごみを!


 実は、ごみ発電は、ごみによってエネルギーを得るのではない。しかし、ごみの持つ魅力におぼれた人類は、ごみを生み出すことに夢中になってしまった。結果的に、発電量はどんどん増えていき、生活は豊かになった。だが、彼らは過ちを犯した。発電所に放り込まれたごみの中身は、実にさまざまであった。あらゆる地域から届いたあらゆる種類の無機物と有機物。投入口から炉までの長大なベルトコンベアーからは、何人もの人間が救出された。浮浪者、犯罪者から、ごみ発電について研究する学者、発電所の労働問題に携わる顧問弁護士まで。ごみ至上社会に伝統的な生活を破壊されたり、単にごみ至上社会に辟易とした、ただそれだけの人々もいた。


「そいつらをひっ捕らえろっ!」

作業服の姿が消えた。ホログラムの残滓をすさまじい剣幕で睨む首脳。

「くそっ!連中め、後悔させてやる!」

「攻撃だ。それしか手はない。」

「我が国の準備は万端だ。有志連合軍による攻撃許可を求む。」

首脳たちの表情はさまざまであった。議論とも口論ともつかぬ言い争いの末、何人かは部屋を退出した。残った者たちもいくつか言葉を交わした末、消えた。


 数分後、夢のごみ発電所は完膚なきまでに破壊された。主要各国から打ち込まれた数百のミサイルによって、離陸前のいくつかのロケットとともに激しく爆散した。


 往時の喧騒など想像もつかないほどの静寂に包まれ、いまはがれきの山となったごみ発電所跡にヘリコプターのけたたましいローター音が孤独に響き渡る。がれきには少数だが人の姿があり、熱心にがれきをあさっては、車に詰め込んでいるようだ。ヘリが着陸し、某国の元首脳が降り立った。元首脳は目を細めて変わり果てた発電所を一瞥すると、目についた人影の中で比較的近くの者の方へ歩いて行った。がれきをかき集める若者に元首脳は聞いた。

「そこの君、それはただのごみだ。何の役にも立たん。なぜそうまでして持ち帰ろうとするのか。」

振り向いた若者はきょとんとしてしばらく元首脳を見つめたのち、ただ一言こう返した。

「さあ?」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 麻でできた衣服と熊の毛皮に身をつつんだ男が、火打石を打ち付ける。長老の、第0次エネルギー革命と呼ばれる人類の悲劇的荒廃の話は、耳にタコができるほど何度も聞かされた。少なくとも、6才になる娘以外はみんな知っている。ただの昔話だ。そんなことより、湿気ているのか火が一向につかない。うんざりしていると娘がぽつり。

「どうして」

表情は柔らかいまま、ただそうつぶやいた。話を聞いたうえで何か疑問が生まれたのか、話の内容でわからないことがあったのか、長老のだっこに嫌気がさしているのか。まあ、ちょっと難しいうえに想像しづらい話だから、よくわからなかったんだろう。…妙に印象に残った娘の何気ない言葉について再度考え始めた途端、

「あっつ!」

ようやく火が付いた。冬のかじかんだ手を温めるには十分すぎる熱だった。






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