第4話
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それからしばらくイズーは今までにましてふさぎこんでいた。ただ前からはた目にはものしずかな生徒だったからまわりは気づいていなかった。
その状態をしっているのは、秘密を話したブロッコ先生だけだった。
それをおもんばかってか、先生方には秘密でブロッコが外に連れ出してあげると提案してくれる。それでいくらか気持ちがうわむくかもしれない、と。
イズーもそうだといいなと期待して遠足の日にこっそりとブロッコとふたりで敷地の外へ出た。
敷地をかこむ森のむこうには人の里がみえた。どこまでも家や建物がひろがっている。
自分も外の世界へ行けるのか、と心をにわかにはずませるイズー。ほかの生徒の話をこっそり立ち聞きした情報では、みんなでお弁当を食べたり、好きなお菓子をお店で買ったりするそうだ。それが本物ではなくても自分も体験できるのだとうれしかった。
ところがブロッコが案内したさきは敷地の裏にある見知らぬ洞窟だった。
「あなたはいないほうがみんな幸せになれる」
うしろからそんな声がした。イズーがふりむくと、いつもやさしく微笑んでいるブロッコが、その微笑を浮かべたまま包丁をイズーにつきおろそうとしていた。
「や、やめて!」
おびえてイズーはうしろずさりながら言う。
するとブロッコはぴたりと一瞬うごきを止めた。
「ここに来たときは魔物のことをどうとも思っていなかったのにねぇ……今はいざ自分の手にかけるとなると、まよってしまうわ。それでも……」
ブロッコはためらうようなそぶりを見せつつも、包丁を手にイズーをおいつめる。
イズーはすこしばかり逃げたもののすぐに行き止まりに当たった。この洞窟は戦死者をまつるお地蔵様をまつっているほこらで、洞窟ではなかった。
もうだめだとあきらめたとき、ネシャとツルギがなぜかこの場にかけつけてきた。
どうやらイズーの味方らしく二人はブロッコを止めようとふたりのあいだに割り込む。
「ブロッコ先生……その手の包丁でなにをしようとしていたんです」
声をふるわせてツルギが問う。
ブロッコは悪びれず、かといってひらきなおりもせず、決意のある表情になる。
「私は反魔物の過激派のスパイなんです。魔物の孤児院をつぶすために悪事の証拠をにぎってやろうと。でもここにいるうちに考えが変わった。いい子たちばかりで人間とそこまで差はない。どうにも手の負えない子もたまにいるけど、自分から野生に帰りたがるならそれもいい。問題はイズーですよ。イズーは覇王ワリックの親戚というだけで、世間にばれたらこの施設じたいの存続があやうくなる。
ワリックは死んだということにされてるけど過激派はそうは思ってない。ほかの過激派にこのことがもれたら彼らがここに攻め込んでくる可能性もある。しかもイズー自身もたぶん人間をうらんでて、第二のワリックになる可能性がある。人間と魔物の平和のためにはイズーはしぬべきだ」
ブロッコはかつて魔物の子供を集める施設など危険すぎると考えスパイとしてイナカハイムに入った。そこでこの施設の意義を知りつぶそうという気はなくなっていたものの、同時期に入ってきたイズーにたいしてだけは危険視せざるを得なかった。
しかし施設内では職員どころかそれ自体が武器になりえる魔物たちの目がある。ブロッコはイズーとふたりになるためにここへ連れてきたのだった。
「スパイだったなんて……」
ネシャは裏切られたことに怒り、どこからともなくハリセンボンのような針の球を魔法で出し手にかまえる。
「暴力はだめだ。なにも解決しないし、それに……」
ツルギが針の玉をブロッコに飛ばそうとするネシャを手で制す。
「施設の外で『魔物が』魔法をつかったら大問題になる、ですよね」
冷たい目でブロッコは自ら説明する。
「ブロッコ先生、いやブロッコ……まったくお前もこの仕事にかかわった身なら余計な仕事を増やすなよ……。あのナイフは、アダマンタイトとオリハルコンがつかわれていて対魔物に特化されてる。お前らはかすっただけでたぶん死ぬ。私が彼女をおさえるから、そのすきにお前たちは逃げろ」
ツルギはそう言って身をていして二人をかばおうとした。
ネシャとイズーは当然とまどったが、ツルギがこういうときに冗談を言うような人じゃないのはわかっていた。彼女がブロッコに突撃したすきにその横を通り抜けようとする。
しかしブロッコはまったく取り乱さず、
「ツルギ先生。ごめんなさい。私はむやみに魔物の子の巣に潜入したわけじゃないんです。こういう状況も――」
想定した、といわんばかりにツルギのえりをつかみ、柔道わざののように足をかけてツルギを地面にたおした。
ブロッコはツルギにはまったく意に介さず、その目をイズーだけに向ける。
ネシャが魔法をつかってイズーを守ろうとしたが間に合わず、ブロッコの持つ奇妙な刻印の入ったナイフがイズーの胸につきたてられた。
イズーは刺されたと思い目を閉じたが痛みがなかった。
なんと刃は刺さらず固い壁がそこにあるかのようにそれ以上どんなにブロッコがりきんでもナイフが進まない。イズーはなにかに守られていた。
ナイフは先から粉々になり、ブロッコも腕の骨がバキバキと音を立てて折れ、ゴムのようにしなった。
しながらうごけなくなっているブロッコをツルギとネシャがおさえる。イズーはミイラ男がかけつけたのを見て、安心して気絶してしまっていた。
イズーが目を覚ますと、いつのまにかイナカハイムの保健室にいた。
ツルギが看病してくれていたようでイズーのベッドのすぐ隣の椅子にすわっていた。
「具合はへいきか?」とツルギがいつになく不安にきいてくる。
「うん。先生、たすけにきてくれてありがとう……。でも、どうして私の場所がわかったの」
「前に、イズーが敷地の外に出たら職員にわかるよう魔法をかけてある。腕輪が光るんだ」
ツルギが腕の飾りを見せてくれる。そういえばツルギが来た時腕輪が光ってたな、と思い出す。ブロッコ先生は外していたのだろうかと思い、そこで彼女のことを考える。
「ブロッコ先生は……」
「ブロッコは、捕まったよ。あいつの言ってたこと気になるだろうけど、今は気にしなくていい。お前はここの生徒なんだから」
おだやかに微笑むツルギ。しかしまだイズーにはふにおちないことがある。
「どうして私は助かったんだろう」
「ああ、それはね……イズーにはもうひとつ秘密があったからだよ。私もブロッコも勘違いしていたんだ」
ツルギはおだやかに語りかける。
「さっき校長からきいた。お前のお母さんは……人なんだ。種族のかきねを越えてご両親は愛し合っていた。イズーのなかの人としての魔法が、魔物だけを切り裂くナイフの力をはねかえしたんだ……ま、いわゆる愛の力、ってやつなのかな」
照れくさそうにおかしなことをいうツルギに、イズーはふっと笑い出す。ツルギも笑っていた。
「イズーの名前の意味は……け。お前のなかにもご両親の愛とおなじものがながれているはずだ。お前はブロッコや、覇王のようにはならないと、私たちは信じてるよ」
ツルギはまっすぐな瞳を向けてくる。イズーはほほえんでうなずいた。
「うん、ならないよ。なぜって、私には父さんと母さんが残してくれた愛があるから。名前っていう……ほんのちょっとしかのこってない愛だけど」
「たとえほんのすこしでも、いずれたくさんの愛がお前のなかにめばえて、そしてほかの者たちの愛も守っていけるさ。私たちがお前にかんじてるように、な」
ツルギは笑ってイズーの頭をなでた。
「実は職員のあいだでもお前を外にだすべきかどうか意見がわかれてたんだ。ミイラ先生は大丈夫だと言っていたけど私は反対だった。お前は……ブライター一家のところでタダ働きさせられていたそうだな。それで人間をうらんでいるかもしれないとおもっていた。そこでもし外に出て、イズーのことが世間にひろまったらお前自身が世間にどう思われるか。それをうけてあなたがどう感じるか考えたら、出せなかったんだ。私だけが強く反対してしまっていたんだ。ごめんね」
「大丈夫だよ。心配いらない。だって私はイズーだから。ワリックじゃない。ブロッコでもない。ここにいる……お父さんとお母さんを遠くでおもってる、イナカハイムが大好きな、私だよ」
ふたりはしずかにうなずきあう。
「それもそうね」ほかのだれかの声がとびこんできた。
校長である。ぼさぼさの髪をしている。悪い人間ではないが、立場が高いというだけでイズーはすこし彼女に今まで苦手意識があった。そういったものがトラウマになるような環境にいたから。
「特別扱いはやめましょう。ここの生徒はみな私の家族。ワリックの家族じゃない。あなたも、あなたも」
校長が言う。イズーはすこしきょとんとなっていた。
「あなたも次から外に出られるということですよイズー。どのみちまだまだこの施設じたいが世間から冷たい目で見られているのです。それがちょっとどうこうなったからって痛くもかゆくもありません」
イズーはとまどいながらも、目をいっそうかがやかせて、同じようにしているツルギとよろこびをわかちあった。
そうして、イナカハイムのみんなで外へ行くことができた。
人の町は人がいっぱいいた。魔物の子たちはとても目立っているようだったが、いままでのイズーはちがっていた。
通りすがる町のおじさんおばさんたちに「こんにちは!」と自分から声をかける。「はいこんにちは」とやさしい声がかえってくる。
それにイズーはそれまでよりほかの生徒たちとも打ち解けられるようになっていた。
前からしたかった遠足や、お菓子の買い物体験もできた。
丘の上の公園にて、みんなでお弁当を食べて遊具などであそぶ。やっていることは施設にいるときとあまりかわらないが、はじめてくる場所をたのしむことで、いつもよりどこまでが世界がひろがっているのをかんじた。
「やっと遠足にこれて、すごくうれしい。でも、出たら出たで施設のあったかいお風呂が恋しいや」
イズーは笑って、施設の仲間たちに言う。仲間たちも同じ意見だった。
「帰ろう」
イズーが言って、
「うん!」
とほかの子供たちも賛成する。
それからイナカハイムも彼女も、なにごともない平和な日々をすごしたという。
めでたしめでたし
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