人が好意を寄せる相手を見る力

佐々井 サイジ

人が好意を寄せる相手を見る力

 入社式の四月一日だったことをはっきり覚えてるんだよ。忘れられるわけがない。その日から街で行き交う人の額に名前が刻まれてるのが見えるようになったんだよ。夢だと思って頬を抓ったり、瞼を閉じたり開いたりしたけど覚める夢はなかった。現実だったんだ。最初はその人の名前かと思ったけど、女性の見た目で男性の名前だったり、その逆だったりが多くてすぐ違うことはわかった。


 気づいたのはトイレに入ったときでさ、鏡に映る自分の額には〈大隣絵里〉が刻まれていたんだよ。どうやら好きな人の名前が刻まれるらしいって理解した。奇妙だけど面白い能力が手に入ったと思ったよ。だから、すぐに君にLINEしたんだけど「本当に?」っていうリスのスタンプを送ってきたから全然信じてなかったよね。そりゃそうか。


 職場の先輩に鈴木孝仁さんっていう人がいるんだよ。既婚者なんだけど、三好由佳っていう名前が刻まれていたんだよ。そうそう、三好さんも同じ職場。でさ、なんと三好さんには鈴木さんの名前が書かれていたんだ。びっくりだよね。たぶん、そういうことだよね。もちろん他の既婚者の人は普通に奥さんの名前が書かれている人も多かったよ。でも社内恋愛とか社内不倫とか余計なこと知っちゃっても誰にも話せないもどかしさがあるんだよね。


 こういう話をさ、直接したいんだけど、絵里最近忙しいだよね? そうか。最近会えなくて寂しいよ俺。でもこうやって絵里と電話できてるだけでも幸せなんだよな。昭和の時代とか家の電話でやらなくちゃいけなかったんだろ? きついよね。

 ねえ、ビデオ通話してみない? 俺、やったことないんだ。いいじゃん今さら恥ずかしがらなくて。もう何回も顔合わせてんだしさ。


 ……あ、見えた、よ。


 そうかあ、それでビデオ通話したくなかったんだね。いや、俺の方こそごめん。仕事で疲れて休みの日はゆっくり家で過ごしたかったから。でも自分のことばっかり考えてたな。絵里のこと考えてなかった。そうか、そうなんだな、うん……。


 いやあ、そうかあ。ごめん、なんかこうやって絵里とだらだら楽しく喋るのがずっと続くと思ってたからさあ。やっぱ遠距離って難しいよな。いやいやいや、謝んのは俺の方だよ。ごめん本当に。ありがとう。俺、見苦しいけど今でも絵里のこと大好きだよ。


 じゃあ、そろそろ切るわ。その、吉野守さん、と幸せになってくれよ、絵里。

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