第55話 騎士団長と魔剣との模擬線
「まさか儂が引き分けになるとは」
首元にある切先へ視線を向け、フローリアンはため息を吐く。これまで王国最強と言われ、王家を守ってきた。魔王討伐には参加していなかったが、魔王軍との戦いは率先して前線に立っており、王国軍の旗印として活躍してきたのだ。
勇者であるユーファには歯が立たないが、誰にも負けるつもりはない。そう意気込み鍛錬も続けていた。それが目の前の少年と引き分けたのだ。
「姫。良い方を見つけられましたな」
「ふふっ。そうですね。ですがアラン様の強さは私もびっくりなのですー」
納刀し、ユーファに爽やかな笑みを浮かべるフローリアン。その言葉に満足げな微笑みを返しながらも、ユーファはアランの成長に驚いていた。
2ヶ月前とは別人のように強くなっているのだ。いくらレーヴァに鍛えられたとしても、ここまで強くなったとは信じられなかった。アランが勝利したのを喜びながらもユーファは困惑した視線をアランに向ける。
『なんじゃ! 今の戦い方は! 勝てる要素があるのに引き分けなどありえんぞ。吹っ飛ばされたのなら体勢を整え、一気に間合いを詰めるべきじゃろうが!』
視線の先ではアランはレーヴァに叱られていた。
「そんな事を言ったってさ! フローリアンさんの剛力を受けたんだよ。どうやって体勢を整えるってのさ!」
『かーっ! 全く。一から鍛え直しじゃ!』
「なんでだよー。ちゃんと戦ったじゃん!」
『その程度の認識なのが間違っておるのじゃ!』
アランとレーヴァの言い合いを聞いてフローリアンが驚く。王国最強と呼び名の高い自分と引き分けたのだ。これは快挙と言っても問題はない。それなのにアランは叱られているのだ。
「のう。その、レーヴァ殿。今の戦いは一瞬だったとはいえ、素晴らしいものであったのではないか? アラン殿の強さは儂が証明してもよいぞ?」
『ふん。儂を使って引き分けなのが気に食わん。そうじゃ、もうひと勝負どうじゃ? 今度は儂が直々にお主を鍛えてやろう』
「ほう」
フローリアンの言葉にレーヴァが鼻を鳴らす。その言いようにフローリアンはカチンとしたのか、獰猛な笑みを浮かべて再度大剣を抜いた。そして今まで以上の覇気を飛ばし始める。
「そこまで仰るなら、もうひと勝負といきましょうぞ。レーヴァ殿の実力をしかと見せてもらいましょうか」
『その意気やよし』
「ちょっと待って! 休憩が欲し――」
『さあ、始めようかのぅ』
人型のレーヴァが薄く揺らいでいき、
「フローリアン。怪我だけはしないでくださいね」
「姫。それはアラン殿。いや、レーヴァ殿に仰ってくだされ。ここまで言われては儂も引き下がれませんからな」
笑って心配するユーファにフローリアンが言い放つ。先ほどは腕試しもあって少し遠慮をしていた。今度は最初から全力で臨む。
「では、レーヴァ殿。始めましょうか」
『ふはっ。構わん。そっちからかかってくるがよいぞ。まずは腕前を確認してやろぅ』
「むっ。それでは遠慮なく行かせて――」
挑発的なレーヴァの言葉にフローリアンは眉をしかめつつ、一気に間合いを詰めようとして足を止める。雰囲気は先ほどとは違う。それは感じている。だが、先ほどの戦いで実力は把握した。
そう思っていた。
だが、目の前のレーヴァは単に剣をぶら下げている構えをしているが、一切の隙がなく、どこから踏み込んでも一瞬で斬られるイメージしか出てこない。
「くっ、こ、これは……」
まさに格上との戦闘。勇者であるユーファと対峙した時、いや、それ以上の威圧を受けている。フローリアンは全身に冷や汗を流し間合いを測っていく。そして先ほどのアランと向き合った間合いより離れた場所から大きく踏み込むと、
『甘いのぅ』
軽くバックステップを踏んで掬い上げを避けたレーヴァ。
「まだだ! これからだ!」
軽くかわされたフローリアンだが、大きく叫ぶと頭上まで上がった剣先を手首を返し一気に振り下ろす。今までこの技で多くの敵を
『じゃから甘いのじゃ』
そんなフローリアンが放つ必殺の一撃をレーヴァは軽やかに半身になって避ける。そして大剣に片足を乗せると動きを封じ、剣先をフローリアンの喉元にそっと突きつけた。
『ほれ、終いじゃ』
「ぐっ。ま、参りました」
踏まれている大剣を動かそうと力を入れるがピクリとも動かない。突きつけられた切先に乗る殺気は、先ほどのアランとの戦いとは違い、いつでも殺せる状態だと言わんばかりである。
一瞬での決着だが、フローリアンは
◇□◇□◇□
「いやー。参りましたぞ。レーヴァ殿の戦う様はまるで演舞のようでしたぞ!」
『ふはは。それは良いのぅ。まあ、お主もまだまだ強くなれるぞぃ。儂が保証してやろう』
「おお! レーヴァ殿にそう言ってもらえると、これからの鍛錬にも精が出ますぞ!」
その後、数度の模擬戦をしてコテンパンにされたフローリアンだが大笑いでレーヴァと会話をしていた。レーヴァも愚直に戦いを挑み、負ける度に感想を求めるフローリアンが気に入ったようで、弟子に教える態度を取っている。
「なんかレーヴァの態度が僕の時と違くない?」
『当たり前じゃ。こやつは強くなることに貪欲じゃ。お主のように嫌々やっておらん』
アランが頬を膨らせ文句を言うと、レーヴァはカラカラと笑いながら答える。よほどフローリアンが気に入ったのであろう。アランに用意させたワインを注いでいる。
「フローリアンにレーヴァさんが取られた気がしますー」
「だよね。僕の時とは態度が全然違うよ」
用意された食事を美味しそうに食べ、ワインを
「はっはっは。すまんなアラン殿。師匠から学べる事が多過ぎましてな。これほど素晴らしい師匠を持てるアラン殿が羨ましい限りですぞ」
『ほれ聞いたかアラン。本来はこのような態度になるのじゃぞ』
当然とばかりに弟子だと言い放つフローリアンと、それを受けてアランにどや顔を向けるレーヴァにアランは苦笑するしかなかった。
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