第52話 愛しの君
「本当に勘弁してよ……もう無理……」
息も絶え絶えな様子で自宅に戻ったアランが勢いよくベッドへダイブする。干したばかりの布団からは太陽の匂いがする。
「なにすんだよ!」
まどろみつつ意識を手放しそうとしたが、あまりの激痛にアランは慌てて起き上がるとレーヴァに抗議する。レーヴァに耳を思い切り引っ張られているのだ。
『腹が減った。早う飯を作れ』
「誰のせいでこんなに疲れ果ててると思っているんだよ」
ブツブツ文句を言いながら台所へと向かう。アランの几帳面な性格を反映した台所は綺麗に片付けられ、全てが収納されている。手慣れた様子で包丁やまな板、ボールなどを取り出すと炊事場へ並べていく。
「よし。今日は肉を薄切りにして焼くか」
アランは冷凍庫から猪肉を取り出し解凍させている間に、ニンジンをみじん切りにする。そして玉ねぎとジャガイモはざく切りにして鍋へと放り込んでいく。少し硬くなったパンは軽く炙ってさいの目切りにすると、それも鍋に放り込んでいく。
「疲れている時には手抜きをしないとね」
『ほう。その心意気やよし。剣術を使う際も手抜きを忘れんようにな。最初から最後まで力いっぱいやっておったら途中で動けんくなるぞ。今のようにな』
「そうだね。それは痛感しているよ……」
肩に乗ったレーヴァの言葉にアランは苦笑する。動けなくなるほど修練を課してくるのはどこの誰ですかね? そうジト目でアランはレーヴァを見るが、全く気にしていないのか、レーヴァは鍋が煮立つ様子を眺めていた。
『料理も剣術も一緒じゃ。何事も慣れが必要じゃぞ。まあ、今の調子でいけば儂の力を6割は引き出せよう』
「確かに身体能力は上がって採取が楽になるからレーヴァの力が使えるのはいいけどさ。解除した後の筋肉痛と脱力感がツライよね」
『くくっ。儂の力をそんな事に使うておるのはお主くらいじゃ。ほれ、もう出来上がるぞ』
「分かってるよ」
レーヴァの声に応えるように、アランは調味料を入れ混ぜて味見すると頷いた。
「うん。いい塩梅だ」
『チーズは必ず入れよ』
「はいはい。この前買ったのがあるからたっぷりと入れてあげるよ」
レーヴァの要望にアランは頷くとチーズを薄切りにして乗せていく。ゆっくりと柔らかくなるチーズを満足そうに見ながらレーヴァは喜んでいた。
そして解凍された肉を確認したアランは、表面を軽く
「なんで先に食べているのさ」
『うむうむ。実に
焼けた肉を皿に盛りつけながらアランは苦笑する。どうやらレーヴァは我慢できなかったようでスープを飲んでおり、皿は空になっていた。
「肉の薄焼きに、チーズ入り野菜スープ。後はパンを焼いたら完成。僕もお腹すいたから早く食べたいんだよ?」
アランは料理を並べ、レーヴァの皿にスープを入れ、コップに水を注ぐとやっと席に着く。レーヴァと自分の二人分であり、洗い物は後でいいや。そう思いながら肉を口に運んで幸せそうに頬を緩める。
次はスープを飲もう。アランがスプーンを皿に運ぼうとしたタイミングでノック音が聞こえてきた。
「え? こんな時間に誰だろう?」
夕食の時刻であり、約束もしていない。来客があるとは思わなかったアランが、疲れがたまった身体をなんとか動かすと扉を開ける。
「はい。どちら様です――え? ユーファ?」
「お久しぶりですぅ。アラン様!」
扉を開けると微笑みを浮かべたユーファがおり、そして勢いよくアランに飛び掛かると抱き付くのだった。
◇□◇□◇□
「アラン様が淹れる紅茶は格別ですね」
机に置かれた紅茶を手に取り、ユーファは嬉しそうに飲んでいる。レーヴァは挨拶はしたものの、それ以降は興味がないとばかりに肉を食べている。
「レーヴァさんは相変わらず
『当然じゃ。食は娯楽。楽しまんでどうする。供の者はどうしたのじゃ? それに
レーヴァは食事の手を止めずに答え、そして質問する。確かにユーファは聖剣であるエクスを腰に差しているが、全く反応が無かった。
「ちょっとお休み中なのですー」
『まあ、静かでよいわぃ』
レーヴァの様子を楽しそうに眺めているユーファの元に、アランが皿を持ってやってきた。食事をしていないと聞いて、ユーファの分を持ってきてくれたのだ。
「ありがとうございますー。やっぱりアラン様は優しいですー」
「それはいいけどさ。レーヴァも言ってたけどお供の人は? 一人で来たんじゃないよね?」
「明日の朝には追い付くんじゃないですかねー。その後に村長さん宅へ挨拶に行くように言いつけてますー」
え? 置いてきたの? あと村長への挨拶ってユーファが行かなくていいの? 色々と疑問がわいてきたが、ユーファは楽しそうに食事を始める。そして、しばらく無言で食べていたが、一息ついたのかアランの疑問に答えてくれた。
「ふふっ。私が挨拶に行ったら村長さんが恐縮するですー。なので私は気を使って愛しのアラン様の下にやってきたのですー。んー。このお肉美味しいですー」
「お供の人を放って来たの?」
「むー。アラン様。放置なんてしないですー。私の移動速度に付いて来れないのが悪いのですー。どうしても一緒に行きたいと言ったのはあっちなのですー」
「じゃあ、今頃は必死に来ようとしてるんだよね? 軽食でも用意しておこう」
『しっかりと料金をとるんじゃぞ。タダで食べささんようにな』
要人であるユーファを護衛するのは当たり前であり、置いて行かれた護衛やお供が必死の表情で村に来ているのを想像したアランが食事の用事をするため立ち上がると、レーヴァがニヤリと笑ってきた。
「そんな事を言わないの。それに作るのは僕だからね。お金なんて取らないよ」
レーヴァの言葉にアランはツッコミを入れ炊事場へと移動する。
「アラン様。急に申し訳ありませんー。お支払いは白金貨でいいですかー」
炊事場へ一緒に着いてきたユーファの言葉にアランの目が見開く。白金貨と言えば、金貨100枚と同じ価値があり、滅多に出回らず特別な報奨金として配られる記念硬貨のような扱いであり、アランも見たことがないのだ。
「いやいや! 白金貨なんて受け取れないよ。なんで2枚も出そうとしているのさ! 普段からポシェットに何枚か入れてる? いやいや、そうじゃなくてさ!」
両手に1枚ずつ白金貨を持つユーファにアランはツッコみを入れるのだった。
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