第45話 混乱混乱大慌て

 遠くから大きな声が耳に届く。今は頭痛が激しいから勘弁して欲しい。ヘロイーゼはそう思いつつ眉を顰めゆっくりと目を開ける。


 まだまだ言い合いは続いているようであった。


『そうじゃ! 代理人になってくれるのなら、今なら何と特別に嬢ちゃんがおまけでついてくるぞい!』


『要らん! すでに此奴こやつ勇者ユーファと婚約しておる。それに何より儂がおるのじゃ! 神の代理人なぞ不要じゃ!』


『なんと!? エクスカリバーの守護者たる勇者もたらし込んでおるのか! お主。思った以上にやるのう。ほっほっほ。よきかな、よきかな。若人わこうどはそうでないとのう。それでどうじゃ? 両手に添える華を足してみては?』


「いやいや。ヘロイーゼさんは景品じゃないからね。それに神の代理人に興味ないから」


『なんじゃ! うちの嬢ちゃんが気に入らんとでも言うのか!』


お主レガリア酔っておるのか?』


「ん……私の話をしている?」


 魔力枯渇が起因の頭痛に襲われつつも、ヘロイーゼはゆっくりと身体を起こそうとする。先ほどから聞こえてくる不穏な会話が気になるのだ。


 そして何とか身体を起こすと、周囲を見渡した。


「それで、先ほどから誰が会話を? アラン様とレーヴァさんの声は分かりますが」


 喧騒の発生源へと視線を送るヘロイーゼ。そこには具現化したレガリアが憤怒の表情でアランの胸ぐらを掴んで叫んでいた。


『おおん!? うちの嬢ちゃんはな! そりゃあ性格はいいし、スタイルだって聖服で隠れておるが完璧なのじゃぞ! それの何が不服なのじゃ!? さっさと嬢ちゃんを貰えばいいじゃろうが! そこなレーヴァテインなんぞ具現化しても我と同じくちっこいじゃないか! あと絶対に嬢ちゃんの方が優しいぞい! 結婚式を教会でせんでもいいのじゃ! ちゃっちゃと教皇に祝福を与えさせるだけじゃ』


『……アラン。其奴《レガリア》をさっさと破壊しろ』


「本当に何事ですか!?」


 なぜレガリアが破壊されようとしているのか? いや、そもそもレガリアは何を言っているのだ? 自分をアラン様に差し出そうとしている? 結婚を勧めている?


「それはそれで……。いやいや! 私には民を救う重要な使命が。いや、でも結婚してからでも民は救えますよね。いやいやいや! 結婚はまだまだ早いですね。お付き合いをする前に民を救わないと! そ、それにお互いのことをしっかりと理解してからお付き合いですね。違うんですよ! アラン様が嫌な訳なんてありませんよ。む、むしろ、好きと言うか――」


 混乱した様子で何やら呟いているヘロイーゼに気づいたレーヴァが近付いてきた。


『具合はどうじゃ? 頭痛が酷いはずじゃ。魔力が枯渇しているからのぅ』


「ぴ! あ、あの。その。違くてですね。なんというか、本日はお日柄もよく!」


『何を言っておるのじゃ? おい、アラン。聖女の具合が悪そうじゃ。魔力回復薬を早う持ってまいれ。ヘロイーゼが魔力酔いしておるわ』


 少し混乱しているようだ。そう判断したレーヴァがアランに伝える。なにやらヘロイーゼは魔力枯渇症状である酩酊めいてい感が出ているようで、顔が真っ赤であった。早めに対処した方がいいと判断すると、レーヴァは魔力回復薬を持ってくるようにアランを急かす。


「そうなの? ちょっと待ってね。確か背負子にあると思うから。えーと。あったあった。これじっくりと回復するタイプだから、ゆっくりと飲んでくれたらいいよ」


「ア、アラン様! あ、ありがとうございます。あっ!」


 魔力回復薬を渡される際にアランと手が触れてしまった。ヘロイーゼはさらに顔を赤らめ、思わず手を引っ込めてしまう。

魔力回復薬がヘロイーゼの手をすり抜けて落ちようとしたので、慌てて手に取って握りしめる。


『ふぉっふぉっふぉ。よきかな、よきかな。若人わこうどはこうでないとのう。嬢ちゃんが恥ずかしそうにしておるわい』


『いい加減にせんかレガリア《ジジイ》。おい、聖女よ。アランは儂と真なる契約を結んでおる。それに勇者ユーファと婚約状態じゃ。さっさと諦めてしまうのじゃ』


 レガリアが髭を|《しご》きながら満足そうに何度も頷いている。その横ではレーヴァが呆れた表情でレガリアとヘロイーゼに釘を刺してくる。


「えっと。先ほどから話されているのは結婚の話ですよね?」


 魔力回復薬を飲み頭痛は治ったヘロイーゼが確認する。少し期待するような表情を浮かべている様子に、アランは慌てたように口ごもる。


 そんな動揺しているアランの代わりにレーヴァが教えてくれた。


『そこの馬鹿レガリアがお主を嫁としてアランに売り飛ばし、神の代理人としようとしておるのじゃ』


「ええーー!」


 結婚どころではなく、まさか代理人の話をしているとは思わずヘロイーゼは驚くのだった。


◇⬜︎ ◇⬜︎ ◇⬜︎

「なななな!」


『なぜじゃ? アラン殿の嫁になれば、婚約者である勇者の庇護も受けられる。儂の力だけじゃない強力な力を得られるぞ?』


「ちょっと待ってレガリア! アラン様を神の代理人!? 私じゃないの!? 結婚はともかく、それは譲れないわ!」


『おい、結婚はよいのかぇ?』


「いいに決まってますよ!」


 呆れた様子のレーヴァにヘロイーゼは勢い良く頷く。それを見て、嬉しそうにレガリアがアランの肩を何度も叩く。


『ほれ! どうじゃ! 嬢ちゃんもこう言っておるじゃろう。一人も二人もいいじゃろう!』


「ちょっと落ち着いてもらっていい?」


  興奮状態のレガリアと、恥ずかしそうにもじもじとしているヘロイーゼに、アランは慌てて会話を止めるように伝えるのだった。

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