第44話 レガリアはヘロイーゼを試す

『なぜ力を欲する?』


「これはレガリアの声?」


 ヘロイーゼが驚きつつ手元を眺める。光が激しくなり、手へと伝わる熱は火傷しそうなほど苛烈になってきた。だが、ヘロイーゼはジッとレガリアを眺め続ける。


『すでに過ぎたる力を持ちし聖女よ。これ以上の力を求めてどこを目指す?』


 レガリアの声は年老いて、悟りを開いた聖職者のような重厚感であった。教皇から問い詰められた際の圧力を思い出しつつも、ヘロイーゼはためらうことなく答える。


「民を守るためです」


『民を守る? 結界の範囲はたかが知れておる。すでに持っている力と聖女の肩書きがあれば、十分に民を守れるであろう。レガリアと真なる契約を結ぶ必要があるようには感じられん。それを踏まえて再度問う。汝は何を求める』


 言葉とととに全身へ強烈な圧力が降りかかってくる。まるで巨大な手で押さえつけられているようであり、呼吸もままならない息苦しさにヘロイーズは片膝をつく。


『過去に汝と同じことを言った聖女がいた。結果は凄惨せいさんなものであった。周囲からいいように使われ、そして過労で潰され早死にした。過ぎたる力は不要ではないか? 魔王もすでに存在が感じられない。レガリアの役目はなく、力も不要だ』


 レガリアの声がヘロイーゼへと突き刺さる。その通りだ。なぜ私はレガリアを修繕したいと考えたのだろう。壊れていると聞いたから直したい。それだけではないはずだ。


『聖女の称号を神殿に返し、市井しせいに降り布教する。それでよかろう。我は誰かに再び移譲すればよい。ああ、その際は壊れていないと伝えてくれ』


「それは……」


『何を気にする? 民を守れればいいのであろう?』


 レガリアの声に嘲笑が含まれているのを感じる。まるで考えの底が浅いと言われているようだ。改めてヘロイーゼは自分の気持ちに向き合う。圧力にあらがい脂汗を流しながらも、思考を深めていく。


 そして結論にたどり着いた。


「やはり私は力が欲しい。今よりもずっと。民を救うのは目に見える者だけではない。この世界全ての者を救いたいのです!」


『ほう。それは大きく出たな。我を解放しても、その願いは叶うまい。だが、我の力を求めるのか?』


「だとしても! 今よりさらに力を得る事が出来ます。もう、誰からもお飾り聖女なんて評価はさせません。まっぴらごめんです。私は教皇よりも力を持ち、その力をもって世界を救います。これは勇者も出来なかった偉業になるでしょう。レガリア! 私に力を貸しなさい!」


 ヘロイーゼがレガリアへあらん限りの魔力を注ぎながら言い放つ。魔力が枯渇して倒れそうになるのを歯を食いしばり耐えレガリアを凝視していると、レガリアが徐々に震えだした。


 そして自身にかかっていた圧力が無くなっていることに気付く。


『くくくっ。ははは。気に入ったぞ聖女ヘロイーゼ! そこまでの啖呵を切った者は初めてである。見事やり遂げて見せよ! 我が名はレガリア。神の代理人にして、断罪と慈悲も同時に与える錫杖なり!』


 目も明けられないほどの閃光を周囲にまき散らすレガリア。そして光が収まるとレガリアの形状が変わっていった。


「これが真のレガリアなのですね」


『その通りである。これより汝の心が折れるか、生尽きるまで力を貸すことになる。努々ゆめゆめ先ほどの言葉を忘れないようにせよ』


 天使の羽が金剛石の周囲に現れ、装飾のなかった本体には複雑な文字がびっしりと刻み込まれていた。そして今までとは比べ物にならないほどの存在感を放っている。


 魔力が枯渇し、意識が飛びそうになっているヘロイーゼがレガリアの言葉を聞いていると、突然煙が沸き起こり、そして人型へと具現化していく。


『ほっほっほ。よく頑張ったなお嬢ちゃん。これからよろしく頼むんじゃよ』


 髭を生やした小さな老人がヘロイーゼの肩に乗ると優しく頭を撫でる。ヘロイーゼは返事をするために口を開こうとするが、それよりも先に意識が遠のいていくのを感じるのだった。


◇□◇□◇□

『さすがに力を使い果たしたか。まあ、初めてにしてはよくやった方じゃのう。良きかな良きかな』


『のう、錫杖の。それが本来の話かたかえ?』


 倒れていくヘロイーゼを慌てて抱きとめているアラン。そんなアランとヘロイーゼを気をすることなく、満足げな表情を浮かべているレガリアへ話しかけるレーヴァ。


 レーヴァの言葉にレガリアが視線を向ける。


『改めて話すのは始めてじゃな。まさか神代の魔剣と会話するとは思わなんだわい』


『ふん。今の主人は人間のアランじゃ。争う必要などありゃせんじゃろぅ。そう殺気を放つでないわぃ』


 にこやかに髭をしごきつつレーヴァと会話するレガリアに、レーヴァが鬱陶うっとうしそうな表情を向ける。そんな二人のやりとりを見つつ、アランはヘロイーゼを抱きながら話しかける。


「ねえ。レガリアさん。勧めた僕が言うのもなんだけど、真なる契約をしてもよかったの?」


『ほっほっほ。今世こんせいのレーヴァテインである主人は人が出来ておるのう。こりゃ安心して良さそうじゃわい』


 レガリアは面白そうな表情を浮かべ殺気を消すとアランを見る。どこにでもいそうな純朴な少年。身体能力もそれほど高くなさそうだ。


 だが、アーティファクトであり、と伝えられている魔剣レーヴァテインを従えている。


『ほっほ。どうやってレーヴァテインをたらし込んだのやら。悪の波動も感じないとこを見ると、心清き少年であるのじゃろう。どうじゃ。神の代理人になってみんかのう?』


『ふざけるでない。アランと儂は真なる契約を結んでおる。神の入り込む余地などありゃせん』


 そりゃ残念じゃ。じゃがいつでも待っておるから、そやつに飽きたら声をかけてくれ。そうレガリアは大笑いするのであった。

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