第42話 ヘロイーゼの依頼

「え? は? え?」


 レーヴァの言葉にヘロイーゼが唖然として固まる。まさか依頼先である<田舎の修繕神>と呼んでいたのが目の前に居る少年だと思ってもいなかったのだ。

 噂では気難い人物であり、ドワーフの可能性もあるとささやかれていた。しかし目の前のアランと名乗る少年はむしろ話しやすく、なんなら食事も提供してくれた。


「なに? ご飯のお代わり? デザートは後の方がいいかな?」


『いや、スイーツを早う渡せ。食事のお代わりじゃなく、ヘロイーゼが<田舎の修繕神>様に修繕の依頼があるそうじゃ』


「<田舎の修繕神>様ってなにさ?」


 レーヴァは含み笑いで話しているが、アランは<田舎の修繕神>とは何のことかサッパリ分からず首を傾げ、デザートをレーヴァに渡しつつヘロイーゼへと視線を向けた。

 そんな戸惑っているアランを気にすることなく、レーヴァは手渡されたコップに興味津々である。


『これはなんじゃ?』


「え? ああ、これは牛乳と果物を撹拌かくはんしてから一気に冷やしたものだよ。ほんのりとした果物の甘さが牛乳とよく合うんだよね」


『ほぅ。それは楽しみじゃ』


 味合うように飲んだレーヴァの表情が柔らかくなる。一気に飲むもは勿体無い。そう思えるほど高級な味であり、程よい甘さとすり潰された果肉が喉を通り抜けていくと、鼻腔びくうに爽やかな匂いが広がる。


『これは良いものだ。食後にこれを毎回所望しょもうするぞ』


「牛乳が手に入ったらね」


勇者ユーファに言って取り寄せよ』


「無茶言わないでよ」


 かなり気に入ったレーヴァが無茶振りをアランにしてくる。それを苦笑で流しつつ、ヘロイーゼにも飲むように勧める。

 恐る恐る口を付けたヘロイーゼは、口に広がる果物の匂いに精神的な疲れが抜けていく気分を味わい驚いた顔になる。


「美味しい」


「でしょ。滅多に用意が出来ないから運がよかったね。それで依頼ってなにかな? <田舎の修繕神>ってのも気になるけど」


 率直な感想を述べるヘロイーゼにアランが嬉しそうな顔をする。そして依頼とは何かと改めて確認する。


「申し遅れました。私は聖クルード教の聖女であるヘロイーゼ・ヴェリンガー=アンハルトです。<田舎の修繕神>様と名高いアラン様とここにて巡り会えた幸運を神に感謝致します。早速ですが依頼は錫杖を直して頂きたいのです」


 アランはヘロイーゼが持つ錫杖レガリアに視線を向ける。本体はミスリルで構成されており、錫杖の先頭には金剛石が埋め込まれている。確実にアーティファクト級であり、聖女と呼ばれる者が持つにふさわしい錫杖に見える。


 だが、ぱっと見で壊れている様には見えない。アランがそう告げると、ヘロイーゼは悲しそうにかぶりを振った。


「いえ。私が受け継いだ時点で壊れていると言われています。先ほどアラン様が破壊された結界も本来の実力を出し切れていないのです」


「ああ、だから僕の力でも壊せたんだ。確かにほころびがあったもんね。それにしても……ヘロイーゼさんって、あ、聖女様と呼んだ方がいいかな?」


「いえ。ヘロイーゼと呼び捨てにして下さって構いません。<田舎の修繕神>アラン様であり、食事までご馳走になったのですから」


「いやいや。ご飯くらい何度でも作るよ。じゃあ、ヘロイーゼさんって呼ばせてもらうね」


 呼び捨てなんてとんでもないとアランが言っていると、ヘロイーゼが突然正座し、手をついて頭を下げた。驚いたのはアランである。聖クルード教は各国で信仰されている最大の宗教であり、魔王討伐にも積極的に協力していた。

 聖女ヘロイーゼの派遣は、ユーファ達が魔王討伐を早々に成し遂げらたため、間に合わなかったが、補給路の確保を信者が担当するなど多大な貢献をしている。


 そして聖女の地位は教皇に次ぐと言わている。そんな人物に頭を下げられ、アランは慌てていた。

 しかしレーヴァは、聖女の地位に興味も恐れもないために率直な感想を述べる。


『魔王討伐は聖女の力が必要と聞いておったがのぅ。お主は間に合わなんだのか』


「そうなんですよ! 本来は聖女の力を持って魔王を封印するはずでした。ですが、ユーファ様が持つ勇者の力が強力で討伐されてしまったので、私は不要となった感じですね」


 錫杖を持つ資格を得るのに時間がかかってしまったんです。そう告げるヘロイーゼは、少し悔しそうな顔をしていた。


『討伐に参加できなんだのが、それほど残念かのぅ?』


「当然ですよ! 悪の権現ごんげんと言われた魔王の討伐ですよ! 聖クルード教の聖女として正義の力を執行したかったです!」


「えっと、でも魔王も討伐されて平和になったのに修繕が必要なの?」


 ヘロイーゼの表情を見ながらアランが問いかける。もう、錫杖の力は不要なのでは? そう言おうとしたアランだが、ヘロイーゼの視線に気圧けおされ口をつぐんだ。


「私もそう思っていました。これからは各国を巡業して復興の手助けが出来ればと。それが聖女の役割だと。ですが神託が降りたのです」


『神託とな?』


「はい。神は教皇様へ神託で『魔王の復活が近い』と告げられました」


 ヘロイーゼの言葉にアランは森に発生したダンジョンを思い出す。大伯爵級の魔族。魔物を大量に召喚し、ミングウィンの街を襲おうと計画していた。

 そう考えると神託の魔王復活も現実味を帯びてくる。


「だから錫杖を修繕したいって事だね」


「ええ。その通りです。ただ、神殿の中でも意見は分かれておりまして。神託に従い、魔王復活に備えるべきだと唱える派と、勇者が健在なので任せればいい派ですね」


『で、お主は備えるべき派なのじゃな。そしてその派閥に所属する者は少ない。だから一人でやって来たのじゃろう?』


「うっ! その通りです」


 レーヴァのツッコミに一瞬詰まったヘロイーゼであった。

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