第35話 (閑話)ユーファの心の内

「ははっ。こんなのでいいのなら毎日でも作るよ」


 アラン様の言葉に一瞬で頬に熱が集っていくのを感じる。アラン様は軽い冗談で言ったのであろうが、私には夢でまで見た待ちわびた言葉だ。


「あなたのために毎日食事を作る」


 プロポーズを受けた際に返す内容だとルーイーから聞いていた。だからアラン様が軽い冗談で言った言葉であろうとも、私は涙が溢れそうになるのを我慢しカーテシーで答える。


「アラン様。今のお発言嬉しいです! 末長くよろしくお願いします。まずは王に連絡して許可をもらいますね。もしダメなんて言われたら反乱――じゃなかったちゃんと説得しますので!」


 そして抑えられない気持ちのままアラン様へ抱き、そのままの勢いで口付けを交わした。キスってこんな甘美で頭が真っ白になるものだったのか。永遠に続けたい衝動抑えながら、なんとか意識を鮮明にしてアラン様を見つめる。


「ユーファ? なんで?」


 アラン様の戸惑った顔を見ても私は揺るがない。結婚するのに必要な事は全てやってやる。誰にも邪魔はさせない。私が貴族だから平民とは結婚出来ない? 王家に連なる者だから血筋が重要? そんな事は知ったことではない。


 叔父である王が反対しようとも、この気持ちが変わる事はない。


 だって私は世界を救った勇者だもの。少しのわがままは許されてもいいと思っている。申し訳ないけど、ルーイーやマルコさん。それに野営地にいる皆さんが証人だ。


「安心してください。私が本気になったらレーヴァさん以外は誰にも止められないのですから」


 私はアラン様に告げ、満面の笑みを浮かべる。そして先ほど食べたスープの味と共に、アラン様との楽しかった旅を思い出していた。


◇□◇□◇□

 短い期間だったが、アラン様との旅は楽しかった。


 特に野営時にアラン様が作くってくれるスープは、すさんだ私の心を優しく溶かす魔法のスープだった。


「どうか世界を救って欲しい」


 聖剣を使える者として、叔父である王から頼まれた命じられた魔王討伐。突如侵攻してきた魔王軍へ対抗するため、各国が協力しての戦いが始まった。

 だが戦線が広がりすぎ、この力では劣る我々はジリ貧になって負けてしまうだろう。だから少数精鋭の部隊を作り一気に魔王城へと向かう事が決まった。


 魔王が城から出ずに指揮しているとの情報は、我ら人間側に都合が良かった。戦線をわざと膠着こうちゃくさせ、魔族や魔物を城から戦線へ向かわせ減らしていく。


 その隙をついて魔王を倒す。いたって単純な作戦。


 だが、この作戦には欠点があった。私は公爵令嬢として暮らす世間知らずの女の子だ。ダンスや礼儀作法には詳しい。だけどそれ以外の事はさっぱり分からない。

 一緒に選ばれた仲間達も貴族であり、誰も自分の事が出来なかった。


 全て執事やメイドが準備をしてくれ、移動も馬車である。だけど今回はそうはいかない。全て自分たちで行わなければならない。安心できるのは普通の令嬢と違って私は聖剣を扱え、戦い方を叩き込まれた程度だ。


「魔王さえ倒せばいいのだから、多少の苦労は問題ないわ」


 そう自分に言い聞かせ始めた旅路だが、想像以上だった。それに加え各国の期待は私の心をむしばんでいく。何度逃げ出そうとしたか。それを支えてくれたのがパーティーメンバーだった。


 特に賢者のルーイーは隣国の貴族当主だが、自ら志願してパーティーに参加してくれた。姉のように、親友のように接してくれたルーイーには今でも感謝している。


 だが、それ以上に、ある村で会った少年。アラン様には本当に助けられた。テントの張り方から教わり、倒した魔物や動物の解体方法や、お金の使い方まで一般人としての教養を全て学んだ。


 そして野営の中で振る舞ってくれる料理。旅の中での癒しになっていた。食材を節約しないといけない旅の中、アラン様は色々と私たちが満足する料理を作ってくれた。


「毎日でも食べたいですね」


「旅の中だけだよ。美味しいと思うのは」


 そんな私のセリフに当時のアラン様は笑って答えたけど、私たちの事を考え料理をする姿は本当に格好良かった。


◇□ ◇□ ◇□

 激化していく戦闘。


 例え戦線に魔族や魔物が集中しているとはいえ、全てが向かっているわけではない。そんなある日。強力な魔族との戦いでアラン様が負傷してしまう。


 普段通りならルーイーが結界でアラン様を守るのだけど、魔族の強力な攻撃が私に集中し、エクスの力をもってしても防ぎきれなかった。なのでルーイーは私への防御を優先したのだ。


「アラン!」


 戦闘に集中していた私はアラン様に攻撃が向かった事も、ルーイーの悲鳴にも気付くことがなかった。そして魔族を倒して意気揚々と皆の元に戻った私は、横たわるアラン様の姿を目にする事となる。


 幸い、アラン様は軽傷であったが、その日の野営をしているときに深刻な表情でルーイーが私に話しかけてきた。


「これ以上、アランと共に旅をするのは難しいだろう」


 そんなルーイーの言葉に私は反論できなかった。それに今ならアラン様を近くの村へ安全に送ることができる。


 私は悩まなかった。


 料理をするアラン様に近付くと、まずは謝罪する事にした。頭を下げようとする前にアラン様が口を開いた。


「足を引っ張ってごめんね。僕はここまでにするよ」


 私が謝罪する前にアラン様に謝らせてしまった。その発言を聞き、私は顔を歪ませてしまう。涙が溢れそうになるのを抑えるためだ。そんな私を見たアラン様が慌てる。


「ごめんなさい。私から誘っておいて」


「いいよ。楽しかったから。これから厳しい旅になる所なのに離脱してごめんね」


 絞り出した私の言葉にアラン様の優しい言葉。思わず抱き付いてしまった。流れる涙を止める事もできなかった。そんな私をアラン様は優しく抱きしめ返してくれた。


 温かい手と全身で感じるアラン様に私は離れたくないと思ってしまう。そして気付いた。


 そうか。私はアラン様が好きなんだ。


 自分の気持ちに気付いた私はさっさと魔王を倒す事を決める。少しでも早くアラン様と会いたい。その一心で魔王を討伐することが出来た。


 世界に平和が訪れ、アラン様に会えると思ったが、戦勝パーティーや凱旋パレードを各国でしている内に時間が過ぎていく。


 そしてアラン様へアプローチをするのだが、いつも冗談だと思われてしまう。いつのまにかレーヴァさんを腰に差しており、しかもレーヴァさんはアラン様の身体を使って戦うことが出来る。


 もう、私が守る必要はない。愕然とした私だが、どうしようもなかった。だから私は作戦を変える事にした。甘えを前面に出すことにしたのだ。


 そして仲良くした結果、タメ口で話してもらえ、少し強引だがプロポーズも受けた。内堀は埋めたので、後は外堀だけ。


 申し少し待ってくださいアラン様。


 アラン様がエクスを修復してくれて魔王討伐が出来た。それだけでも物凄い実績になる。そして今回、魔族を討伐し上に、ルーイーが持つユグドも修復してくれている。


 それらの実績を元に皆を認めさせますから!

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